蚊帳の外
大災害を生き残る約千名が集まる拠点は危機にあった。
――機関砲、弾切れだ!
――うあああっ、蜂が屋根を食い破ってっ
騎士蜂による襲撃は、いよいよ拠点の壁を破壊するに至る。璃音謹製の魔導機関砲は沈黙し、弓手も狩人の複眼を見て硬直した。
「諦めちゃダメっ!」
拠点内が狂乱に陥ろうとした正にその時、避難者千人に等しく響いた声があった。
色素の薄い髪、花柄のワンピースを輝かせる少女、織使真理愛。神がかったとしか言えぬ清い光は、恐怖に飲まれた人々の心を静める。
「だいじょーぶっ。魔導隊とオークの皆が戦ってくれてる! わたし、みんなを信じるよ」
年端もいかない少女が群衆を扇動する異質な光景。
騎士蜂を迎撃せんとした鋼城勝也も、真理愛の発するカリスマに飲まれていた。そして理解が及ばない不気味さも感じた。
「(なんなんだよあの子。異常だ、ありえない。シクルナちゃんがあの子を無視できないのもわかる。声だけでこの人数が騒ぎ出すのを止めるなんて……どうかしてるだろ)」
さらに奇跡は続いた。鋭い爆発音と爆炎が迸り、拠点に取りついた蜂が飛び立ち離れていく。
さざ波の様に起こる歓声、数多の人間が真理愛を称える。少女が魔物を追い払ったと思ったのだ。
それを以前よりも恨みがましく見つめる幼い目は、影に消え私室へと走る。
鋼城は爆発の理由を知る為、窓から外を見た。
「……火?」
外の夜空で、火の玉がジェット機並みの速度で飛んでいるのだ。
「(璃音がなにか作ったのか? 璃音も、墨谷もっ……愛魚ちゃんだって、此処に来て変わった。妙な力を手に入れて、浮かれて……あげくオークの男とあんなっ……なに考えてるんだ! なんでオレだけ、こんな上手くいかない!?)」
叫び声にも聞こえる飛翔音。外で命がけの戦いが続く中、怖気づき拠点に閉じこもる自らを棚に上げる鋼城。苦痛と流血を伴わない室内で、心だけは戦う人間以上に陰鬱と沈む。
「(そうだ、愛魚ちゃんは拠点に残ってるはず。確かめるんだ、いまからでも遅くない。きっとオークの協力を失わないよう、愛魚ちゃんは……。オークと仲がいい墨谷にでもせがまれたのかっ? そうならあのダンとかいう男、いい気味だ! オレにはどうしようも無かった。愛魚ちゃんは優しい子だ、オークでも目の前で死なれて……自分のせいだと思ってショックだったんだろう。部屋に閉じこもった後からオレも会えてない。墨谷め、“行かない方がいい”なんて、デタラメを)」
見当違いな思いから、いてもたってもいられなくなった鋼城は、ひとり不満をまくし立て階段を上る。
そこには焦げ付き、外が見える大穴の空いた部屋。そして放心し、膝立ちで外を眺める墨谷七郎が居た。
「……愛魚ちゃんは?」
妙な状況に驚きながらも、愛魚が居たはずの部屋が酷い有様になっていたことで、混乱した鋼城の頭に血が昇る。
「オイ墨谷! なんだコレはっ? 愛魚ちゃんはどうしたんだよ!?」
「…………」
「答えろよっっ」
大穴の向こう、夜空の向こうで火炎の流星が、光線のような火矢をばら撒く。その矢が正確に、そして執拗に騎士蜂を穿ち落としていくのが微かに見える。
それが何の光景かもわからず、鋼城は墨谷の胸倉をつかみ怒鳴りつけた。
「墨谷!!」
「彼女はダンの仇をとる」
「はあっ!? 意味がわからない」
「彼女はあそこだ」
悲痛を隠さないまま、墨谷は夜空を指さす。あの火矢が愛魚だと言っているのだ。許容できない現実に、鋼城はついに理性を失い掴み上げた男を殴る。
「っ! 痛ぅっ。墨谷、オマエ……」
だが痛みに喘ぐことになったのは鋼城。殴打した墨谷の顔は鋼鉄の様に硬く、拳に激痛が走る。
まるで戦いの経験値の差を見せつけるような光景。鋼城もさすがに自分が惨めになる。ダメージが無い七郎は立ち上がり、部屋を一瞥。
「彼女、弓を……置いてあったマナスペシャル、持って行ったのか……」
「あ?」
「一緒に来てくれ。彼女がどんな姿になっても関係ない。仲間だろう」
「なに言ってるんだよ、墨谷……愛魚ちゃんに何したんだ。あんなになるまで止めなかったのかっ?。何がどうなってっ……。お前のせいだっ。お前が愛魚ちゃんを、オークなんかと一緒に連れ出して戦わせたからっ」
「……そうかもな。よくわかった」
鋼城は、向けられた視線から悲しみを感じた。それは同時に怒りを含む色合い。
「(そんな眼でオレを見るなよ)」
鉄の強度を持つとは思えない、男の弱弱しいうしろ姿。鋼城はそれでも後を追う勇気を持てず佇むだけだった。
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