憎悪の炎翼
放たれる鉄矢の雨が騎士蜂の薄羽を脅かし、赤熱する魔弾が甲殻を貫く。
矢による防衛など時代遅れも甚だしいが、魔導機関砲なる兵器のおかげで、拠点は一気に要塞と化した。
まさしく対空砲火。拠点外壁から突き出るように配置した大型の、ジープにあった機関銃に似た火力兵器。そのトリガーを陸軍兵士が引く。
外に出て見たところ機関砲は2門しかないようだが、驚くべき連射力で騎士蜂を寄せ付けない。
「どうだい七郎っ。ボクの作った魔導機関砲は」
「いつのまにこんな……。そういえば、俺と工員に作らせた妙な部品は」
「アレの銃身と薬莢の一部だよ。まあ時間や素材も限られてたし、弾数に余裕があるわけじゃない。だから後は、騎士蜂の巣へ向かった獣牙種部隊の攻撃が成功するのを……、言いたくないけど、祈るしかない」
璃音によると、あの機関砲は鉄と魔物の素材から組み上げたらしい。銃身の刻印魔術機構により、素材魔力と空気中の魔力で弾薬が燃焼加速し発射される。
ニーナ教官に魔術式を習ったと言うが、いつの間に……。
正直理屈は理解できないが、それはさして重要ではない。結局、俺達は窮地にあることに変わりないのだ。
拠点を、怯える人々を守り続け、騎士蜂達の気を引きながら反撃の糸口を待つ。
この時の為に食料をたらふく与えた鷲獅子が、獣牙種の戦士を乗せて走っていると信じて。
賭けに勝ち巣を破壊できたとしても、残る兵隊蜂が拠点の攻め手を緩める保証も無いと、不安に思いながら。
―― !? 攻撃部隊ガ、モドッテきたゾ
―― ドウダ、巣はアッタカ!? 他ノ戦士ハっ?
入口から待ち望んだ報せ。機関砲の射撃音が続く中、重傷を負う獣牙種が2人。ほかに8人ほど、それこそセギンが率いる部隊を除く、大多数の戦士が巣の駆除に向かったはずだが……?
魔法を使える戦士の選抜部隊。今ある戦力では、魔導隊も遠く及ばない最高火力集団。
不穏な様子に、璃音も焦りを隠せず戻った戦士へ問い詰める。
「巣はっ!? あったのかい? 他の獣牙種は?」
「アッタ、巣はたしかニ。だが道デ不死軍に襲わレ……、ハイシャリョウオキバとやらニ居たのは“城”ダッタ。鉄の城ダ。魔法でも削り切れず、撤退しタがまた不死軍に出くわシ……ッ。ミナ、コノ事を伝えよト……皆……!」
「……なんてことだい……」
巣は璃音の予想した地点にあった。始まりの魔力異常地点のひとつ、廃車両置き場。しかし何人もの戦士を失いながら破壊できなかった。
蜂の発生源は健在、拠点を守る対空防御も、そう長くは続かないだろう。矢弾には限りがある。
「シチロウッ」
絶望感に苛まれる中、こちらもただ事ではない様子のセギンが駆けてきた。どんな報せかと身構える。
「マナが……ッ」
「!」
血の気が引き、セギンの言葉が続かないうちに上階へと走り出す。騎士蜂が壁に突っ込んだのか、揺れと破壊音が聞こえる。
これ以上仲間を失いたくない。ダンを失った彼女をひとりにしたことが間違いだった。嫌な予感が頭を離れず、不安に突き動かされてしまう。
「(――階段の上が、明るい?)」
火事かと疑う光と熱。
不思議なことだが、俺は見ていないにも関わらず熱源を愛魚だと確信する。
その時、廊下奥から愛魚の見守りを任せた獣牙種の戦士が現れた。手には見覚えのある槍が握られている。
「何があったんだ?」
「コレヲ……。カノジョがしきりにダンを呼ぶ。見テラレナイ。だからダンの名残を与エル」
握られていたのは確かにダンの槍。それに彼の血が着いた服の切れ端が巻かれている。
上は皮膚が爛れるような熱、これを渡しに行くのは仲間の役目だろう。
「……これは、俺が渡しに行く。あなたはセギンの所へ」
「承知シタ。武運を祈ル」
拳を打ち合わせ、踵を返す戦士。見送りもそこそこに俺は階段を上がる。
その先には熱の揺らめきと小さな稲妻。電流が俺の頬を掠め火傷をつくる。
熱で歪んだ扉をこじ開け……言葉を失う。
胸に刺さった不安の結末。驚愕と諦めにも似た無力感が、拍子抜けするほどすんなりと胸に落ちてくるのだった。
・
・
・
赤くて、綺麗で、はじけて消える流れ星。金星みたいにきらめいて。
「だ、ん。ダ、ァン」
いくら呼んでも、恋しい人は応えない。
彼はどこ? 欠片でもいい。少しでも彼を感じたい。あの優しさを、響くような律動と声を。
――……、これを
長く一緒に戦った仲間の声。大きな槍、柄に結ばれる服の切れ端。求めていた男の香りを渡される。
「あアぁぁぁアア」
顔を擦り付けるようにむしゃぶりついた。胸を満たす残り香と、現実を教える夥しい血の香り。
失った、二度と会えない、彼に“愛してる”が届かない。
意識が砕け、集まり、崩れ、また固まる。
壊れていく私だったもの。燃え盛り、無限の熱を吐きだす私の魂。
窓の外には青い羽。撃ち落とすべき憎い羽。
恨みの一矢が届かないなら、憎しみの炎でアナタの元へ。
わタシは、青をコRoス翼ガHoshiイ
苦痛に溺れる、ダンの“宝”であった哀れな女性。彼女に惜別を送る墨谷七郎は、火山のような炎と雷に後ずさる。
そこに居るだけで火傷を負う熱波の中で、男はたしかに見た。
細身の体が鋭い外殻に覆われていく。彼女が長く着ていた、黒の鎧に何処か似るカタチ。
両脚の付け根から”黒”が噴出し、2枚の大翼へと置き換わる。翼は羽ばたくモノでなく、炎を吐き、絞り、肉体を空へ撃ち出す異形の機構。
「H、i、イ、アア、AAaaaaaaaaa!!」
獣と変じた女が叫ぶ。同時にまき散らしていた熱を、体に閉じ込め凝縮した。
もはや炎は、足の両翼のみに燃え。赤黒く鋭利な火を貯める。
両翼の火は推力。
全身体積の大部分を占める大翼が生む力が、徐々に愛魚の足から上を持ち上げる。
上半身は女性らしいフォルムを残しながら、黒の外殻に覆われる。
頭はくちばし……いや、側頭部から生えた2本の角が先端を合わせ、鋭利なひとつの矢じりと化す。
そして何より、角の下で輝く十字の瞳が、どんな炎よりも鮮烈に燃え盛っていた。
凝縮音、閃光、爆風! 壁に空く大穴。
滅す火こそは命を燃やし、却ることなく尽きるを決す。
仲間が、憎悪の矢となり射出する。飛び出した火矢の残響が、男の、心のひびを広げていった。
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