烈剣姫の敗北(1)
顔面にめり込んだ蹴り。
伽藍は、自らを理由なく恐怖させる男の無力化を確信する。
魔力で強化された蹴りが鼻頭に入っているのだ。
普通の人間なら悶絶必至。鼻の骨も折れるだろう。
相手が魔力で肉体を強化していようと、この一撃では相当のダメージが入る。
―― やった
目の前の暗い瞳の男が吹き飛び、倒れ込むことを疑わない。
だが予想に反し、男の体は少しも後ろへ下がらなかった。
「は?」
びくともしない。
魔力で強化してなお、自分が蹴っているのは山程の鉄塊なのではと錯覚する。
そのまま男は一歩前へ進み、伽藍の空中にある体が衝撃の反動を受けた。
「っっっが!」
吹き飛ばされ、無様に床へ転がったのは蹴りを繰り出した伽藍。
暗い瞳の男……墨谷七郎が手に持つ縄で、倒れた少女を拘束していく。
金糸が編み込まれた黒縄がひとりでに巻き付いていった。
「や、やめ」
幼気な抗議の声もむなしく、一瞬で拘束が終わる。
七郎は場の制圧を確認し少女を見下ろすのだった。
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「いったい、何が?」
櫻井桜の支離滅裂な説明しか聞いておらず、状況が把握できない。
とりあえず少女と単独で戦っていたであろう辻京弥に説明を求めた。
「あー……七郎さん……」
「敵襲…? なぜここに?」
「……なあ、七郎さん」
「単独? ……手の空いてる義瑠土職員は、水影山へ連絡と周辺警戒」
「聞いてください。……聞けって」
「ケガは? まだ戦えるな?」
「おい!!」
ナチュラルに戦闘継続の可否を確認する七郎に若干の恐ろしさを感じつつ、京弥にはまず言わなければならないことがあった。
「なんで! 縛るのに! 亀甲縛りである必要があるんだよ!?」
そう。床に倒れた伽藍は、黒縄による亀甲縛りで拘束されていた。
転がる少女からくぐもった声が聞こえる。
頼みの剣も、床に転がった際に手から離れてしまっている。
身動きのできない伽藍は自らの状態を恥じ、顔を赤く染め、目に涙を貯めて……学生服を着る年齢の青い果実が縛られ悶える様は背徳的であった。
「……昔……仕込まれて……」
京弥の当然の疑問に、遠い目をしながら返す。
なにか触れてはいけない記憶に触れてしまった京弥であったが、流石に年若い少女の亀甲縛りはマズイと七郎に抗議する。
「そーっス。これは非道いッス。あんまりッス」
いつの間にか京弥の後ろにいた櫻井桜がひょっこり顔を出す。
やはり口にしたのは七郎への抗議。
「そんな。拘束は必要だろう」
「だとしても女の子にこの縛り方は無いっス」
「まあ……とりあえず被害が少なそうで何より。辻君も大きなケガはしていない、と」
「そーっだ! センパイッ。ケガは無いっスか!?」
桜は京弥の全身を触りながら、ケガの有無を確かめ始める。
「うおいっやめろ! てか、いつから居なくなってたんだよ」
「いやー……センパイが伽藍チャンに蹴り飛ばされてすぐッス。応援呼んで来ようと思って、焦って」
迫真の戦いは、想い人に全く見てもらえなかったようである。
京弥は肩を落とし、一気に疲れが体を苛むのを感じた。
緊張が解れていく空気。
支部内の職員や義瑠土登録者達が我に返り、処理に動き始める。
「うぅー、むぐ……ぐすっ」
そんな中、足元で唸る声。
銀伽藍が変わらず亀甲縛りで身もだえているのだ。
「あっ。忘れてたっス」
桜たちは、黒縄でしっかり縛られている伽藍の拘束を解くのであった。
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「う……ぐすっ、……見るな」
「だいじょーぶッスよー。怖かったスねー」
拘束を解かれたばかりの伽藍を、桜が背中をさすりながら介抱する。
その少し離れた場所では、雷を落とされ正座する七郎の姿があった。
「お前は何をやっとるか。あんなかわいい娘泣かせて」
「はい……はい……」
「あんな形で縛り上げるなど、それが大人のやることか? んん?」
「いや、それは……」
「あん!?」
「イエなんでもないです。……すいません」
騒ぎが収まった頃を見計らい、上階から下のフロアへ降りてきた守宮竜子。
事情を聴き、まず墨谷七郎を怒鳴りつけ正座させているのである。
うなだれる七郎は、伽藍にとって胸のすく姿だ。
「(なんなの、あの男……魔力を込めた伽藍の蹴りがぜんぜん効いてない)」
顔面を強打したはずの男は、まるで堪えた様子無く平然としている。
いや、いま正座している男の顔は気まずそうに萎れているが……。
背中をさする手の温かさに少しづつ平静を取り戻す。
「痛っ」
立とうとして、片足の痛みに呻いた。どうやら蹴り込んだ足が痛んでいる。
悔しいことに、蹴られた顔でなく蹴った足のダメージのほうが大きいらしい。立つことが出来ない。
「足、痛むっスか?」
「このくらい、なんとも……ぐっ」
「ダメっすよ無理に動いちゃ。ほら、涙拭いて。ヨシヨシッス」
「泣いてない!」
無理に立とうとすれば桜が宥めてくる。痛みでうつむいていたが、気を取り直し顔を上げると……。
「あらあら」
「え?」
美しい女性の微笑み。急な光景に思わず固まる。
鼻先が触れそうなほど顔が近い。
宙に浮きながら、金の髪と修道服の裾をたなびかせるシスターは、涙している少女を優しい表情で見つめていた。
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