表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/318

烈剣姫の敗北(1)

 

 顔面にめり込んだ蹴り。

 伽藍(から)は、自らを理由なく恐怖させる男の無力化を確信する。


 魔力で強化された蹴りが鼻頭(はながしら)に入っているのだ。

 普通の人間なら悶絶必至。鼻の骨も折れるだろう。

 相手が魔力で肉体を強化していようと、この一撃では相当のダメージが入る。


 ―― やった


 目の前の暗い()の男が吹き飛び、倒れ込むことを疑わない。

 だが予想に反し、男の体は少しも後ろへ下がらなかった。

 

 「は?」

 

 びくともしない。

 魔力で強化してなお、自分が蹴っているのは山程の鉄塊(てっかい)なのではと錯覚する。

 

 そのまま男は一歩前へ進み、伽藍の空中にある体が衝撃の反動を受けた。


 「っっっが!」

 

 吹き飛ばされ、無様に床へ転がったのは蹴りを繰り出した伽藍。


 暗い瞳の男……墨谷七郎が手に持つ縄で、倒れた少女を拘束していく。

 金糸が編み込まれた黒縄(こくじょう)がひとりでに巻き付いていった。

 

 「や、やめ」


 幼気(いたいけ)な抗議の声もむなしく、一瞬で拘束が終わる。

 七郎は場の制圧を確認し少女を見下ろすのだった。


 ・

 ・

 ・


 「いったい、何が?」


 櫻井(さくらい)(さくら)の支離滅裂な説明しか聞いておらず、状況が把握できない。

 とりあえず少女と単独で戦っていたであろう(つじ)京弥(きょうや)に説明を求めた。

 

 「あー……七郎さん……」

 「敵襲…? なぜここに?」

 「……なあ、七郎さん」

 「単独? ……手の空いてる義瑠土職員は、水影山(みずかげやま)へ連絡と周辺警戒」

 「聞いてください。……聞けって」

 「ケガは? まだ戦えるな?」

 「おい!!」

 

 ナチュラルに戦闘継続の可否(かひ)を確認する七郎に若干の恐ろしさを感じつつ、京弥にはまず言わなければならないことがあった。


 「なんで! 縛るのに! 亀甲縛(きっこうしば)りである必要があるんだよ!?」


 そう。床に倒れた伽藍は、黒縄による亀甲縛りで拘束されていた。

 転がる少女からくぐもった声が聞こえる。

 頼みの剣も、床に転がった際に手から離れてしまっている。

 

 身動きのできない伽藍は自らの状態を恥じ、顔を赤く染め、目に涙を()めて……学生服を着る年齢の青い果実が縛られ(もだ)える様は背徳的であった。


 「……昔……仕込まれて……」


 京弥の当然の疑問に、遠い目をしながら返す。

 

 なにか触れてはいけない記憶に触れてしまった京弥であったが、流石に年若い少女の亀甲縛りはマズイと七郎に抗議する。


 「そーっス。これは非道いッス。あんまりッス」

 

 いつの間にか京弥の後ろにいた櫻井桜がひょっこり顔を出す。

 やはり口にしたのは七郎への抗議。


 「そんな。拘束は必要だろう」

 「だとしても女の子にこの縛り方は無いっス」

 「まあ……とりあえず被害が少なそうで何より。辻君も大きなケガはしていない、と」

 「そーっだ! センパイッ。ケガは無いっスか!?」


 桜は京弥の全身を触りながら、ケガの有無を確かめ始める。


 「うおいっやめろ! てか、いつから居なくなってたんだよ」

 「いやー……センパイが伽藍チャンに蹴り飛ばされてすぐッス。応援呼んで来ようと思って、焦って」

 

 迫真(はくしん)の戦いは、想い人に全く見てもらえなかったようである。

 京弥は肩を落とし、一気に疲れが体を(さいな)むのを感じた。


 緊張が(ほぐ)れていく空気。

 支部内の職員や義瑠土登録者達が我に返り、処理に動き始める。


 「うぅー、むぐ……ぐすっ」


 そんな中、足元で唸る声。

 (しろがね)伽藍(から)が変わらず亀甲縛りで身もだえているのだ。


 「あっ。忘れてたっス」


 桜たちは、黒縄でしっかり縛られている伽藍の拘束を解くのであった。


 ・

 ・

 ・


 「う……ぐすっ、……見るな」

 「だいじょーぶッスよー。怖かったスねー」


 拘束を解かれたばかりの伽藍を、桜が背中をさすりながら介抱する。

 その少し離れた場所では、雷を落とされ正座する七郎の姿があった。


 「お前は何をやっとるか。あんなかわいい(むすめ)泣かせて」

 「はい……はい……」

 「あんな形で縛り上げるなど、それが大人のやることか? んん?」

 「いや、それは……」

 「あん!?」

 「イエなんでもないです。……すいません」


 騒ぎが収まった頃を見計(みはか)らい、上階から下のフロアへ降りてきた守宮(もりみや)竜子(たつこ)

 事情を聴き、まず墨谷七郎を怒鳴(どな)りつけ正座させているのである。


 うなだれる七郎は、伽藍にとって胸のすく姿だ。


 「(なんなの、あの男……魔力を込めた伽藍の蹴りがぜんぜん効いてない)」


 顔面を強打したはずの男は、まるで(こた)えた様子無く平然としている。

 いや、いま正座している男の顔は気まずそうに(しお)れているが……。


 背中をさする手の温かさに少しづつ平静を取り戻す。


 「(いた)っ」


 立とうとして、片足の痛みに(うめ)いた。どうやら蹴り込んだ足が痛んでいる。

 悔しいことに、蹴られた顔でなく蹴った足のダメージのほうが大きいらしい。立つことが出来ない。


 「足、痛むっスか?」

 「このくらい、なんとも……ぐっ」

 「ダメっすよ無理に動いちゃ。ほら、涙()いて。ヨシヨシッス」

 「泣いてない!」

 

 無理に立とうとすれば桜が(いさ)めてくる。痛みでうつむいていたが、気を取り直し顔を上げると……。


 「あらあら」

 「え?」

 

 美しい女性の微笑み。急な光景に思わず固まる。

 鼻先が触れそうなほど顔が近い。

 宙に浮きながら、金の髪と修道服の(すそ)をたなびかせるシスターは、涙している少女を優しい表情で見つめていた。


読んでいただきありがとうございます。よろしければ『ブックマーク』と『★★★★★評価』をぜひ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ