ささやかなお祝い
俺達は話し合いの末、第一目的を食料の確保としながら、壁の確認を含めた調査に出ることにした。
真理愛の予言にあった方角を目指す。不死軍の領地はおおむね拡大を続けているが、逆に不死の力を失った地域もある。
安全区域とまではいかないまでも、軍勢に出会わない市街の道を確保でき、いつかの軍用ジープを持ち出し物資を確保・運搬しようというわけだ。
結果は上々。まだ探索していない地域で食料と飲み物、燃料を多く見つけることが出来た。
「元の持ち主ニは悪イが、アリガタイ」
「ジープにどんどん積んでくれ。これなら節約して……2回分の食事には足りると思うよ」
今回の調査には俺と璃音、セギンと獣牙種の戦士数名が出ている。愛魚と鋼城、ダンは留守番だ。避難中に立ち上がった志願者も今回は同行していない。
「ああ待ってくれ、ここの建物はいくつかPCがある。これも数台積んでくれ七郎」
「何に使うんだ?」
「ちょっとね」
途中璃音の指示で機械類も回収したが、ジープがあれば持ち帰れる。
ライトを付けないままゆっくりと走るジープ。道の瓦礫を退けながら静かに進む。このまま拠点へは帰らず、危険のないルートで市を囲む壁を調査したい。
「……少シ、イイカ?」
「ん?」
セギンが先頭を進む俺を呼び止める。浮かない顔だけど、なんだろうか?
「心苦シイがドウシテモ頼みたイ。記憶が正しけれバ近くニ我が故郷がある。時間は取らせナイ、立ち寄ってモ構わないカ?」
「もちろん。いいだろう璃音?」
「ボクも獣牙種の集落には興味がある。いい機会だから見てみようか。得られる情報には期待しないが、ボクが居れば無駄にはならないとも」
不死軍の領地を避けながら行先を変更、不思議と小鬼や魔犬との接敵も少なく集落へたどり着く。
正しくは集落跡。開けた夜の草原に現代日本の建造物が異質に混ざる。牧草のような低い草がさわさわと静かに揺れていた。
それほど歩かないうちに目的の集落が見えだす。建物は牧歌的で異国情緒あふれるデザインだ。木と布、あるいは魔法によるものだろうか、土杭でしっかりと組まれている。
無論、風と地の恵みに謳う、営みの声は失われた。
魔物の気配も今は無く、静まり返る家の一軒にセギンが入る。
「…………土倉の保存食ハ無事だナ。これも持っていこウ」
付き添いの戦士数名がセギンの住居から食料を運び出す。他の場所からも何か得られないかと彼らは足早に散り、調べていった。
璃音も外を見て回り、中に残ったのはセギンと俺の2人だけ。セギンは懐かしむように大きく息を吸い、愛おしむように家の柱を撫でている。
「マサカ我が家に帰れるトは」
「一度来れてよかったよ」
「願いヲ聞き入れてくれ、感謝スル。ダガやはり……妻と娘のもとコソ帰るベキ場所。思いのほか郷愁と言えるモノは薄イな」
「2人は鉄工所に避難してるんだろう?」
「イイヤ。転移してしまう前、2人は遠方ノ都市へ向かウ商隊に混ざり、ここを離れている。テルストリトルという町でナ、大きな交易都市だ」
「そうだったのか」
「2人が巻き込まれズいてくれたのは幸運ダ。見たところ転移してきたのは集落周辺の土地のみ、まず無事だろう。地の精霊ニ感謝ヲ」
大事な家族が共に転移しなかったことを本心から喜ぶセギン。だが手はしきりに家の柱……そこに刻まれた印のようなものを撫で続けている。
「それは……ああ、わかった。成長記録だ」
「ウム。我が娘シーリーンがことあるごとニ、コノ柱に背を刻んでナ。早ク自分の鷲獅子が欲しいトせがまれタ」
柱から手を放し、立てかけた槍を掴み直すセギン。どうやら満足したようだ。
しかし出入り口をくぐるところで、セギンが俺へちらりと視線を向け語る。
「族長トシテ戦士達を導キ、皆の“宝”を守る責務を全うしたイ。我が妻ト娘ニ危険が及ばず、喜ぶ心モ真実だ。ダガ……だが、愛するモノと共に在れる戦士達ヲ“羨ましい”とも思う」
――シュレーテル。シーリーン……待っていてクレ
そうして歩き出す広い背中。俺は自然と理解した。先の言葉は、氏族を背負う男の弱音。
堂々と歩くセギンには、既に弱弱しさのカケラも無い。誰にも語れなかったであろう胸の内を、俺に吐き出してくれたことを友として嬉しく思った。
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結果として壁の調査で得る物は無かった。獣牙種の集落を越え、初めに触った壁から離れた場所の黒壁を触るも記憶と同じ。むしろ気色悪さが増したように感じる。
黒壁は獣牙種の魔法をもってしても傷つかず、試しに壁の根元を掘るも予想通り無意味。仕切りは地下まで続いていた。
璃音の“市街は全て超えられない高さの壁で囲まれている”という所見を裏付けるだけとなったのだ。
…………。
拠点に帰ってから、俺はある一室で準備を進めていた。
「マナちゃん驚くかなぁ」
隣には真理愛と二葉幽香が、同じく部屋の飾りつけを行っている。飾りと言ってもランプや蠟燭などありあわせの物だ。派手さは無く、非常にささやか。
「喜んでくれるよ、愛魚ちゃんは。ダンもね」
「そーかなー。ふふふ」
「楽しみですね」
「七郎。主賓が来るよ」
璃音の合図で息を潜める。真理愛は堪えきれないようにくすくすと笑っていた。
この一室は鉄工所と通路で繋がる別棟にある小さな空間。埃っぽい荷物置き場だったが、片付けて綺麗に掃除してある。
「どうしたの。真理愛ちゃんが呼んでるって聞いたけど」
「ナニカ問題が?」
――せーの
「マナちゃん、ダンくん、オメデトー!」
「ふぇ!?」
「ム?」
真理愛の掛け声で二葉幽香が拍手を始めた。璃音はニヤニヤと笑う。ダンの祝いでもあるのでセギンも居た。
クラッカーが無いので俺は紙吹雪係。紙をちまちま切って作った自信作です。そーれそれそれ。
「えええぇっ!? お、お祝い? 私達の?」
「族長マデ……感謝シマス」
真理愛が予言したのは食料の補充成功と、愛魚のお祝い。まあ、お祝い会に関しては真理愛が主催しているので、予言というより、ただ計画した物なのだが。
食料の件に気を取られ、調査前に真理愛が話した結婚うんぬんの話をすっかり忘れていたらしい愛魚。期待通り大いに驚いている。
「ほんとうに……こんな……ありがとう」
涙ぐんで喜ぶ彼女を見れば、用意したかいがあったと思う。ダンと手を繋いで花が咲くように笑っている。
「もう“愛魚ちゃん”呼びはダンに失礼かな。愛魚さん……いや鷲弦さん?」
「変に気を回しすぎじゃないかい七郎」
「そうだよ七郎くん。……前言ってたでしょ。教導時代、ニーナ先生を倒したとき胴上げしてもらって……、みんなが居る楽しい思い出の中の、好きな呼び方なの。そのままでいいよ」
そーよ七郎。アタシ達の仲で遠慮はナシ。お祝いなんだから楽しまなくっちゃ!
はは、そうだな虎郎。
「? 何か言ったかい七郎?」
「…………。いや、何でもない」
声のした方を見つめる。そこには誰の姿もない。
それでも俺は都合のいい願いを夢見るのだ。彼女の魂は、いつでも俺達の傍に居てくれるのだと。
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宴という規模ではないが、先ほどの調査で手に入れた飲料を持ち寄り、全員が愛魚とダンを祝福する。
だが鋼城が待つも来ない。璃音が呼んだはずだが。
「鋼城は?」
「例のごとくシクルナ嬢が渋ってる様子だったけど、隙を見て来るそうだ。真理愛がサプライズにしたいと言っていたから、話が広まらないように細かい内容は伏せたけどね。……物資が乏しい中でこういった催しは、あまりイイ目で見られないのは簡単に予想できる」
もう一度呼びに行くかと思い立った時。
「璃音っ、墨谷っ! 大変だ、シクルナちゃんが拠点を抜け出しっ、……た」
慌てた様子の鋼城が扉を開け、一転、顔色を無くしていった。
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