星海の下で
風が無い。都市が活気づく音も、太陽の光も失われた。かわりに満点の星が夜空を埋め尽くしてる。
ひとつひとつの星がきらきら宝石みたいに光って……信じられないくらい綺麗な景色。でも、どうしても、目の前が涙でぼやけてしまう。
「寒クないか?」
寒くない。硬いけど柔らかい、肌触りの良い絨毯みたいな手触り。大きな腕に包まれたおかげで、胸の締め付けが楽になった。
虎郎さんの最後の顔……思い出す度に胸の全部が“ぎゅう”と縮まり、前を向けなくなる。
何をしていても、虎郎さんと二度と会えない実感が襲う。いつまでも泣いている私を抱きしめてくれたのがダン。
「泣かないでクレ我が宝」
思いを通じ合わせ、寄りかかる私を受け止めてくれる彼。
大丈夫、私にはダンがいる。さっきまで悲しいだけだった心が、今度は恥ずかしさで熱くなる。泣き顔を見られたのもそうだ。顔が耳まで赤くなっていく。
「……わ、鷲獅子」
「ン?」
「鷲獅子の名前の由来って、猛禽類の頭と獅子の体から来てるんだよねっ? 鷲っていうのは、私の苗字にも入ってるんだよ」
照れ隠しでつい、しなくてもいい話に逃げてしまう。でもダンは言葉でも私を捕まえて離さない。
「鷲獅子は我ラの友であり、兄弟ニモ等しい。イわば人生の共連れ。その一字ヲ愛魚が持っていることハ偶然ではない」
「そ、そうかな」
「生まれた世界が違えども、共に番う運命だった」
「~~、っ」
どうしてそんな、恥ずかしいセリフを臆面も無く。彼の香りが、硬さが、温もりが……すべてがいつも以上に愛しく感じる。
彼は私の髪を、顔で撫でるように触れた。
「星ヲ見るたびニ、キットこの時間を思い出ス。愛魚もそうなラいいのに」
「忘れられなんてしない、よ」
ダンの顔には牙があり、他にもヒトと違ったパーツがある。
この顔が好き。聞くと安心する声も……恥ずかしさより浮つくような熱が勝って、大きな口にだんだんと近づき――。
「愛魚! 此処に居るって聞いたけど」
「ひゃ、ひゃい!」
璃音くんの声っ?
驚いた時には遅い。ダンに抱えられたままの体勢で彼と目が合う。
「お邪魔だったみたいだけど、話があるんだ。すぐに広場に来てくれ」
「あ。は、はいぃぃ」
ダンがほほ笑むのと対照的に、自分の顔が力なくふやけていくのがわかった。
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避難者千人余りが身を寄せる迦楼羅製鋼。大多数の人間は鉄鋼設備が置かれる、広間と呼ぶ巨大空間で生活している。その他応急室や、湯を沸かし更衣や清拭を行える部屋など、部屋ごと必要に応じ役割を分けている。
1部屋丸々を私室としているのはシクルナ一行だけ。他はプライベートなどない共同生活を強いられていた。
収容人数の増加に伴い、敷地内の倉庫にも生活空間を作ったりもしたが、倉庫系の建物はもっぱら物資倉庫や作業場、鷲獅子達の宿舎と化している。
「七郎くんは……?」
「もうすぐ帰るはずだ」
広場の一区画、巨大な加工機器のいくつかは最近音を立て稼働している。苦情を言う避難者も居たが、広場の安全維持をかって出ている陸軍生存者の説得によって矛を収めた。
……実際の所は、鬼気迫る顔で粗削りな凶器を造る魔導隊の男に、怯え黙ったというのが正しいのだが。
「……心配だね」
「七郎は今日もセギンと一緒だ。身を案じるような状況に陥る可能性は少ない」
「璃音……っと、愛魚ちゃん! なんだが最近、行き違いばかりで会えてなかったから心配してたんだ」
「鋼城くん。うん、よく獣牙種の皆の所に居るからすれ違ってたのかも」
「そ、そうか、獣牙種のね……」
これで広場の一角には、璃音・ウィズダム、鷲弦愛魚、鋼城勝也の魔導隊3人が集まる。
しかし場を和ませる声は無い。洒脱で優しい姉貴分はもういない。
「虎郎の事は残念だった」
「……うん」
「改めて言語化する必要性は感じないね」
「い、いや、オレはただ純粋に」
「それはそうと、最近シクルナ嬢からの食料品の要求が目に余る。物資はギリギリなんだ、少しは公平性というものを理解してもらえないかな」
「シクルナちゃんもこんな環境で苦しんでるんだ。子供には大目に見てもいいだろ」
「同じ年頃の子供にも我慢を強いてる状況なんだよ。子供に物資を優先する……出来たらボクもそうしたい所さ。出来たらね。まあ言いにくいのも理解してあげよう、それならボクが直接――」
「いやいい。シクルナちゃんにはオレから言ってみる」
「……そうかい」
鋼城は責任感と、大きな後ろめたさからシクルナの世話役を担い続ける。
シクルナは自分が此処に連れてきたも同じ、そして彼女と拠点を外敵から守ることを自身の役割だと位置づけた。
その役割こそ彼なりの責任感と、後ろめたさの源だと言える。
「それで璃音くん。急ぎの話ってなあに?」
「ああ、その話をするには七郎が……、どうやら帰って来たみたいだね」
広場が少しざわつく。帰還した獣牙種セギンと戦士数名、教導を受けながら戦う市民の志願者、そして大小の黒剣を両手に持つ墨谷七郎であった。
「ごめん遅くなった」
虎郎剣と獣牙種に借りた片刃剣、その両剣をしまい地図をテーブルに出す。地図には新たに書き加えた情報がいくつもあった。共に市街を見て回ったセギンも覗き込む。
「だいたい不死者の軍勢が出る範囲が分かった」
「七郎ハ前に出すぎダ。次からハ我々にモ少し任せるとヨイ」
「……俺がやるよ。けが人を出さずに済む。ほら」
ちょうど負傷した志願者が獣牙種に支えられ、応急室に運ばれていく。腿の辺りから少なくない出血があった。
「犠牲を出さないことは重要だ。しかしね七郎、キミが死んでは元も子もないんだ。わきまえなよ」
「璃音くん……」
璃音の棘がある言葉に苛立ちは感じない。皮肉屋を気取っても、顔にはこちらを案じる色が見える。
だが不死軍の相手は俺にやらせてもらう。固まった決意を胸に秘め、俺は調査結果を語った。
「明らかにヤツらの領地は変わってる。おおむね単純に広がってるんだ。拠点周りの安全区域の一部にも、不死軍特有の土地に飲み込まれているところがある。例の黒土とか、日本の物じゃない土地」
「食料の補給モ、あまり芳しくナイ。今戦士達ニ倉庫へ運ばせたガ……一日分もなさそウダ。大鍋でスープにすれバいきわたるダろう」
「逆に鐘背負いの廃寺周辺……そこから拠点と直線上にある土地から魔物が消えてる。今日見つけた物資はそこからだ」
「いよいよ食糧難だね。不死軍も危険だが、最優先は結局物資の確保か」
「モールも空だし、あと調べてない場所はみんな不死者の出る所とか、騎士蜂に見つかりやすい場所だよね……。それに拠点に隠れてから何日も経ってるし、もう食べられなくなってる食料も多そう。……どうしよう」
愛魚の言う通り、調べられる建物は調べつくした。だが食料品の腐敗については希望がある。
「もう電気も通ってないし、冷蔵庫も動いてない。でも不思議なんだよ、腐ってる食べ物は意外と少ない。まるで時間が経ってないみたいに」
「七郎の言う通り、確かにそれはボクも感じる。原因についてボクなりの仮説もあるが今はいい。根拠も、立証する情報も足りない。この不幸中の幸いを喜ぼうか。それで? 具体的な範囲の変化は…………予想より大きいね」
「こんな状況なのか、外は」
鋼城が動揺するのも無理はない。地図に書き込まれた不死軍の出現範囲は以前より広がっている。
黒土の浸食もそうだし、実際に骨兵の巡回も多い。
以前の戦闘や今回の調査で見たところ、不死軍の出現数には上限があるようだ。
彼らは生きた時代を持つ元人間であり、結束した軍であったのだろう。広がった範囲ぶん骨兵が無限に増える類でなく、あくまで彼らの進出範囲が広がっただけ。
しかし結局、軍勢が湧いて出ることに変わりない。距離や地形を無視して、土の上になら一瞬で移動し現れる。
「指揮してるのは間違いなくあの……っ、あのっ……」
怒り、憎しみ。虎郎の最後を思い出す度に沸き上がる激情。
よくも奪ったな、俺達の虎郎をっ。絶対に見つけ出して、いつか必ず殺してやる。
あの美しい顔を乗せた、おぞましい不死姫をっ!!
「シチロウ、抑エろ。手を戻セ。その力ハ危険だと教えたハズだ」
「う……」
いつの間にか両腕に感じる激痛。両腕の表面が黒く醜く、血が固まったように黒化していた。
急に虚しくなって力を抜く。だが腕の痛みは、なかなか引いてくれなかった。
「……あの怪物を憎むのはみんな同じさ。戦う時は対策を練って勝率を得てからだ。いいね七郎?」
「……」
「いいね?」
「……もちろん。アレは強すぎる」
殺したいほど憎んだところで、俺の力が及ばないことは理解している。速度、剣技、尋常ではない戦闘力に、勝ち筋が見えない事も認めるしかない。
生前は、名のある人物だったのだろうか。
「今後、あの不死者の姫は脅威度を周知する為に“殺戮姫”と呼ぶことにする。外部調査に市民の志願者も連れていくことだし、分かり易い呼び名は必要だろう?」
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