伽藍の剣(2)
――随分お楽しみのようじゃないッスか。セェンパァイ
――な、なんだよ、桜
「(なんだか……気が抜けた)」
役に立たなかった茶髪の男と二人にされ、気まずい空気の中にいた伽藍。
そこへ割って入ってきた、おそらく茶髪の男と顔見知りであろう女性によって緊張が解ける。
―― スミタニシチロウ
受付で聞いた名前、シチロウ。
ガドランが探す男、シチロウ。
「(同じ人? こんな偶然ある? わからない)」
考えがよく纏まらない。
緊張が解けたと同時に、伽藍は自覚していなかった疲れを感じ始めていた。
無理もない。
大人びて立ち振る舞おうとする伽藍であるが、彼女の年齢は15歳なのだ。
霊園山までの護衛。探す男の名。不可思議な偶然。
ライルからの理不尽な叱責。
「……ライルを思い出したら、イライラ……してきた」
伽藍の顔は疲れと怒りにより険しい。
はっきりしない頭に喝を入れようと、数度顔を左右に振った。勢いに合わせ艶のある髪も一瞬広がる。
顔を動かした拍子に、受付女性と共にこの場から離れていくガドランが目に入った。
今夜の宿を確保できたのだろうか。受付女性の案内でフロアから建物の奥へ姿を消す。
「イヤ、ホント可愛いッスねー。どこから来たんスか? 名前は?」
「……他人にいろいろ聞く前に、自分が名乗ったら?」
「あっごめんなさいッス。櫻井桜っていうッス。で、お名前は?」
伽藍は突然話しかけられ我に返るが、返す言葉は刺々しい。だが桜には伽藍の刺々しさもなんのその。
そもそも小柄で可憐な少女が凄んでいる様子に、桜は可愛らしさしか感じていないまである。
逆に伽藍が若干気圧される結果になり、目を逸らしながら答えた。
「…………銀。…………銀、伽藍」
「へぇー、しろがね………………エッ”烈剣姫”?」
櫻井桜も、受付女性と同じく銀伽藍の名に覚えがあったようだ。
しかしここで、辻京弥が余計な一言を口走ってしまう。
「烈剣姫!? ………ははっ、何言ってんだよ桜。どう見ても中学生くらいだろ。こんなちいさいのに」
――こんなちいさいのに
こんなちいさいのに
こんなちいさいのにーー
疲れと消化できない怒りに苛まれていた15歳、銀伽藍。
京弥の不用意な一言により、本日めでたく沸点を超えた。
・
・
・
「――立って」
「……へ?」
「立て」
「お、おう?」
俯きながら突然、立てとただならぬ様子で命じる少女。京弥は困惑しながらも言葉通りに立ち上がる。
次の瞬間、京弥の視界に黒い影が翻る。肩に感じる大きな衝撃!
「ぐぇっっ」
突然の事態に京弥は白目を向きながら、抵抗できず吹き飛ばされる。伽藍が瞬時に飛び上がり、京弥を蹴り飛ばしたのだ。
飛ばされた京弥は頭を床に擦り付け、切り揉み回転してフロアの中央へ着地。
「なぁぁ!?」
痛みに耐えながら、先程まで自分が居たはずの場所を見る。
そこには制服のスカーフを解き、それで剣の鞘と鍔を結びながら自分の方に歩み寄る剣鬼の姿があった。
抜き身でない、鞘が縛られた剣を眼前に突きつけ睨む。
「伽藍の剣。此処で見せてあげる」
目の前の少女から、強烈な魔力が噴き出るのを感じた。
魔力の勢いは内心の怒りを表す。
「(ちいさいって言った。ちいさいって言った。ちいさいって言った! まだ、せ、成長期なんだ! それに…!)」
自分の体の大きさや年齢で侮られることは。
剣を、即ち”わたし”を見ていない。
「(伽藍を、否定した!!)」
未だ短いとはいえ、自らの生涯を賭けた道を否定されたということ!
「伽藍の、ゆめ」
それは、自分を救った人の隣に並ぶこと。
「伽藍の、技」
尊敬する育ての父の、才疑いようのない教え。
「伽藍、の、……」
実の父が、悪討ち倒せと刻んだ痛み。
「……あんたも、伽藍を、見ない」
小さなつぶやきは、彼女が踏み込み、剣を振り下ろす音にかき消される。
「おお!?」
魔力で強化された少女の肉体。繰り出される直線の一刀は尋常ではない速度である。
京弥は紙一重で身を躱し、自らも鞘に入ったままの剣を構える。
「おい、こんなところで……っ!?」
抗議は斬り上げにより遮られる。
斬り上げを受けた剣が、手から離れないまでも衝撃により頭上まで浮く。
「ぐっっ!」
次に味わったのは、腹への鈍い痛み。
伽藍は腕が上がった京弥の腹を、切り返した剣の柄で殴ったのだ。
「っ、ゲホッ」
「周りが巻き込まれる? 心配無い。一方的にあなたが打たれるだけ」
完全に侮ったセリフだ。頭に血が昇る。
「……てめぇ」
魔力による反射的な肉体強化から、さらに魔力出力を上げ本気の戦闘態勢へ。
ここで周りから伽藍へ制止の声が上がる。
「やめて下さいっ、こんなところで」
「外でやれ、外で!」
「櫻井ちゃんを独り占めする京弥に鉄槌を下せ」
――外ならいいのか? あと、それもうお前ら止めてないだろ
外野に飛びかかろうか本気で迷っていた時。
「――」
ダンッッ、と伽藍が剣先……今は鞘で覆われている切っ先を床に突き立て、無言で睨みを聞かせた。
学生服を着る、幼さの残る少女から発する気とは思えない……小さな体を鬼と思わせる、魔力の圧と剣気。
一瞬で周りは静まり返る。
この隙に京弥は呼吸を整えることが出来た。再び伽藍に剣先を向け、構える。
そして伽藍の視線が自身に戻ってきた瞬間に、床を蹴り間合いを詰める。
「らぁ!!」
短い気合の籠と共に剣を振った。
だが剣を振った先に少女がいない。
「ふん、その程度?」
伽藍は京弥の視野の死角を縫い、後方に回り込んでいた。だがすぐに背中を襲わない。
代わりに握る柄で口元を隠しながら、詠唱を開始。
「――弦弾くは魔の3矢、定めるものを射つ」
「ッ、マジかっ」
詠唱を聴き自身に放たれる物の正体を悟る。数歩距離を取ろうとするが、発射が早い。
「 【魔法の矢:3射】 」
属性を持たない、純魔力による魔法矢の詠唱。
瞬間、弾丸のような3条の光矢が尾を引きながら、曲芸のような軌道で頭上から襲い来る。
「が、っ」
京弥は、一の矢を自身の剣で受けた。
二の矢は体を外れ、床へ着弾。
そして三の矢は足に命中する。
魔法の矢の威力は意図して控えたのだろう。命中した魔弾は服も破かず霧散。
とはいっても衝撃は大きい。京弥は痛みで膝を着く。
「痛ぅ、…………そうだよなぁ。年齢から言って第3世代か。詠唱もお手の物ってわけだ」
魔法世代。
12年前に異世界と日本をつなげたゲート。その座標を安定させる為、魔術的に打ち込まれた日本への楔(アンカーポイント)。
楔の強い力は、5人の最初の魔法使いを副産物として生み出した。
5人の人間に魔法への適性が生じたが、それは全て【身体強化】に一貫されており、一義的に彼らを魔法第1世代と呼ぶ。
以降に確認された魔法適性がある人間を区別して第2世代と呼称、第2世代より若年層の、魔法への適性が高く様々な異世界魔法の使用を可能とした若い「第3世代」も生まれつつある。
※ちなみに国が呼称について定めたわけでなく、あやふやな世論的基準に基づいた呼称であることも留意するべし。
「……あなたも、伽藍と同じかと思ったけど」
魔法的世代が同じなのでは? という問いだ。
「いいや。適性的には第2世代だ」
「そう。……じゃあ、あなたじゃ伽藍に勝てない」
「ぬかせ」
伽藍は魔法の矢で倒れなかった眼前の男をやや見直していた。
だがそれだけだ。次で打ち倒す。
そのつもりで剣を正眼に構えた。
京弥も足を庇いながら構えなおす。
「(強ぇ。負けるな、こりゃ)」
実力の差は明白。こんな大事にした自分の迂闊な発言を恨む。
――だが、倒れたくない
「(桜が見てるんだ)」
想う女が見ている。それだけの理由で京弥は、無様に倒れる結果を拒否していた。
「(せめて一太刀、当ててみせる)」
すでに伽藍は距離を詰め、京弥の体を突こうと剣を突き出す構えだ。
火事場のバカ力とでも言おうか。
京弥は、奇跡的に伽藍の突きを横なぎに払った。
そのまま伽藍は勢いを殺さず抜け、対面の壁に着地する。間を置かず壁を蹴り、再びの跳躍で移動。
突きを払った京弥は、桜の居るソファーの位置に意識を向けた。
誰も居ないソファー。
「(見ててくれ、桜!)」
誰もいないソファー。
「あれ、イネェや」
・
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伽藍は自分の突きを払った京弥の動きに瞠目する。
「(捌かれた!)」
しかし彼女はすぐに態勢を整え、壁を蹴り、移動の為の跳躍に入る。
方向は支部入口方向。
そして跳躍に入った瞬間である。
入口ドアから一瞬で突入してくる人影があった。高速移動の中、その人影と正面から目が合う。
真っ暗な瞳が、明らかに自分を見据えている。
「――ッ」
刹那に恐怖を感じた。なぜかはわからない。
でも、この眼。この男は。
伽藍の大事なナニカを……汚すヒトだ。
「っああ」
悲鳴のような声を上げながら、不安定な空中で、辛くも跳躍から蹴りの態勢に代わる。
だが態勢が悪い。
一瞬の態勢の変化に追いつけないスカートが大きく翻り、スカートの中身が正面の男に晒されている。
恐怖とは別の、羞恥による混乱で体が固まる。
そのまま伽藍のしなやかな足刀が男の顔面にめり込む。
「アっ!!(高音)」
足刀をめり込ませた男の悲鳴がフロア中に響いたのだった。