鹿波虎郎
「突撃セヨ! ケッシて死なせるな。我ラが武を信じ続けた友たちを」
鷲獅子の後ろ足によるひと蹴りで獅子の体と、背に乗る獣牙種が風となる。頭上を飛び越え岩の針山の先、死の軍勢へと戦士たちがなだれ込む。
魔法の撃ち合いで散る魔力によるものだろうか、戦場がうっすらと明るさを帯びた。
獣牙種たちは強い。戦士の咆哮を叫びながら骨兵を蹴散らしていく。
――グオッ!?
――コイツら、タダノ不死者ではナイ!
――手強イ!? 恐ルべき統率ッ
だが上級兵や騎兵相手には苦戦を強いられている。彼らは傷つき、血が流れていた。
「動くナ。血ヲ止めんト死ヌ」
「セギン……」
発煙筒を見て来てくれたのか。戦士が戦ってくれてる……損得も無く、ただ俺達の為に。
「友の助ケとなれルのは、名誉な事ダ」
――侮るナ! かの不死者ハ歴戦の戦士
我らガ命を捧ぐに足る敵!
指揮を執るダンの声を聞きながら涙を堪える。彼らに命を賭けさせてしまった申し訳なさと、有り余る感謝が溢れだすのだ。
「七郎、撤退だ。きっと拠点周りは安全区域のままのはずだよ。そこまで逃げ切ればいいっ」
璃音も獣牙種が駆る鷲獅子に乗せられていた。虎郎も隣に付き添う。
「愛魚ちゃんはどこ?」
「ダンの援護に行ったよ。でも――……ああ、まずい」
ぶつかり合う武器の音。魔法による炸裂音。鳴り響く戦闘音が急に静かになった。
異様な雰囲気を察し岩棘の先へ振り返る。
戦況は獣牙種が有利だったらしい、不死者の列を押し込んでいる。だが不死者の軍の中央に、誰もが目を引く姫が立つ。
美麗な顔を俯かせ、白骨の手で剣を掲げる。切っ先が夜空を刺し、空洞の肉体から英雄じみた覇気を感じた。
乱戦で沈黙していた不死の戦姫がついに動き出す。
――なん、ダ……アレは
――ダンっ、下がって!
異様な圧力に動揺が広がり、獣牙種たちの足が止まった。
ダメだ! あの不死者と戦ってはいけないっ。
《…………、hu》
凍えるような吐息と共に、戦士が2人切り裂かれる。大木のように太い胴が真っ二つに泣き別れた。
瞬間移動のように移動し、誰かの血が流れる。別次元の速度と剣技に抗える術は無い。
「逃げろっ、その不死者は強すぎるっ」
「!! 戦士達っ、反転セヨ。殿はこのダンが担ウ!」
「そんな!? ダンっ?」
戦局の流れは定まった。動揺しながらも撤退の流れを作る獣牙種は、鷲獅子の足に任せ走り出す。
不死者の騎兵も逃すまいと前進するが、ダンが物量重視で放つ魔法にたじろいだ。だが愛魚の矢を掻い潜り、飛び込む不死姫がダンへ剣を振るう。
ダンの腕から血が飛び散るのが見えた。
「ダン! 愛魚ちゃん!」
叫んだところで何もならない。傷が治りきらない体は動いてくれない。
「お、オオオオオ!」
痛みと大出血を無視して、気合で立ち上がる。
は、は……立ち上がれればコッチのもの。あとは走るだけ!
不意に感じる衝撃、そして浮遊感。それだけで意識が飛びそうになるが、耐えて状況を理解する。
見えたのは鷲獅子スキルークの背、俺はセギンに抱えられているのだ。
「セギ、ッ」
「誉アル戦士の頼みダ。必ず違えなイと誓っタ」
頼み? 何を……。
遠ざかり始めた景色の中で、俺達と逆へ走る虎郎に気づく。
彼女の背に手を伸ばす、だか血を失った腕は上がらず届かない。
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アタシの手を切り落とした女が、恐ろしい殺気を噴き出している。
「ねえセギン」
「っ、? KOROU」
「アタシの仲間を守ってちょうだい。拠点に逃げるのよ」
殺戮の序章。たくましくて強い獣牙種の戦士が、あっという間に殺された。
もう猶予なんか無い。
「O、OHoo,RoGu」
「お願いよ! 七郎を死なせないで! それにアナタ達にも待ってる家族がいるでしょっ。ダンと愛魚ちゃんもアタシに任せて」
「! 聞きトドケた」
「頼んだわ」
セギンが七郎を抱えるのと同時に走り出す。抱えられた彼は驚いた表情でアタシを見ていた。
バカね七郎、そんなケガで動けるわけないじゃない。無理しすぎるの、ホント良くないトコよ。
繋がった手は辛うじて剣を握ってくれている。これでもかと魔力を込めて、ダンと愛魚ちゃんに剣を振り上げる女へ斬波を放った。
避けた女と入れ替わるように2人を庇う。
「行って!!」
「こ、虎郎さ」
「ダンっ! 好きなヒト死なせたいの!? 男なら愛した女の為に逃げるぐらいしなさい!!」
「――ッ、スマナイ!」
「ダ、ダンっ!? 待って――」
2人は走り寄って来た鷲獅子に乗り離れていった。アタシを呼ぶ叫び声がずっと続く。
ごめんね愛魚ちゃん、必ず幸せになるのよ。
「さて……アナタ。何が悲しくてダイエットしたのか知らないけど、痩せすぎよソレ。周りに当たり散らすのも良くないと思うわぁ」
軍勢はからっぽの目でにらみつけてきて、今にも飛びかかられそう。不死者の姫はゆらゆらと揺れる動きを止め……瞼を開く。
他の骸骨と同じかと思ったけど、予想に反して綺麗な瞳。血涙を流してなきゃね。
仲間を守ると決意を込め、再び四肢を変異させる。
慣れってスゴイわぁ。獣牙種が言うには恐ろしい力らしいけど、アタシ達には確かに必要な力よね。
不意に気づく。不死姫の敵意が強まったように感じた。
「(……ははぁん。もしかして、この黒い体に反応してる?)」
理由はわからない。でも彼女を此処に釘づけにするのにはちょうど良さそう。騎兵はまだしも、彼女の速さじゃ鷲獅子は追いつかれる。
どっちにしろ誰かが押しとどめなきゃいけないのよ。
……真理愛ちゃんが言ったとおり、勝也が居たらなにか変わったのかしらね。
ま、どうでもいいことだわ。だって勝也をわざわざ危険に晒すことないもの。
「先にはいかせないわよ」
愛剣を逆手に握り直し、不死姫を見据えたまま戦列へ突っ込む。キラキラとした剣が無尽に舞い、合わせて全力の斬撃で迎え撃った。
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「戻ってくれっ、頼むよセギン!」
「コロウは仲間の無事を願っタ!。カノジョの想いを無駄にしてはならない」
嫌だ、嫌だ、嫌だ、いやだ!
虎郎が犠牲になる必要なんてない! 俺が助けに行くっ、まだやれるんだっ。戦えるっっ。
「ボクからも頼む!! ボクが行けばなにか……なにかっ」
普段の様子からは想像もつかない程悲痛に訴える璃音。彼も別の戦士に抱えられながら暴れていた。
だがそこで鷲獅子の足が止まる。同時に後ろから声が聞こえた。
「族長っ!」
「おおダン。無事だったか」
息も荒く、鷲獅子を駆るダンが愛魚を抱きかかえ姿を見せた。
愛魚は腕の中で泣きじゃくっている。
「愛魚! 無事だったかい!?」
「……愛魚ちゃん……虎郎は……?」
答えは無い。代わりに泣き腫らした顔を上げ、虎郎が居るであろう遠くなった戦場を見つめる。
「! こ、ころ゛うざんっっ」
星明りだけが暗闇を照らす。しかし当の戦場は濃い魔力のせいで微かに明るい。
「――あ、あ゛あああああ」
その明かりと闇の境で確かに見た。身体強化により闇の中でも遠くが見える。
見えなければよかった。
小さな人影。剣が、槍が……体中を抉り、刺し貫いている。
そして今まさに、恐ろしい白骨の戦姫が剣の切っ先を向けて――
「ころう」
笑った。虎郎が血だらけの顔で笑いかけて、優しい顔で俺達を眺めている。
緩慢になる時の中、ゆっくりと白銀の刃が彼女の胸を貫く。
口を開き、何か言った気がする。
「い゛やだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
だが彼女の言葉は、自分の叫び声で聞こえない。
安全域へと急ぐ鷲獅子の背で、俺は意識が途切れるまで叫び続けていた。
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……やっぱり無茶だったわよね
嫌な役目を押し付けちゃうことになったわ。ごめんなさいね
これからアナタ達を、終わりがあるかもわからない暗闇に残して逝かなきゃならないなんて……歯がゆいわ
それでも、あなた達は生きてる。生きてさえいればコッチの勝ち。きっとこの暗い囲いを破って逃げることが出来る
この結末はアタシの選択。あんまり気に病んじゃやぁよ
あんなに泣くほど慕ってくれちゃって。頑張ってきたかいがあったわ。それが感じれただけで充分♡
勝也と真理愛ちゃんにも気に病むなって言ってちょうだい? ま、泣かないでってのはムリでしょうけど。アタシ人気者だから
ああ、疲れたわ……。それにしても、見れば見る程キレイな剣……、もう終わりなのね
さよなら、ありのままのアタシを認めてくれた仲間たち
「 あんた達! サイコーだったわよ!! 」