逆さ墜つ
―― イ˝ ガァ ア ア ア ア !
絶叫する鐘背負いと、殺意を高め歯ぎしりを始める手下たち。援軍も、逆転の一手も未だ手の内に無い。だが負ける未来もイメージできない。
あの璃音の不敵な顔、きっと活路を見出してくれるはずだ。
「虎郎と愛魚は鐘背負いの気を引いてくれっ」
「まかせてちょーだい!」
「やってみる!」
愛魚は距離を保ちながら、魔力の籠る矢で牽制を始める。恐ろしいのは虎郎の速度、牽制の矢より早く鐘背負いの体に剣を突き立てていた。
逸る手下が駆けだし迫る。
俺は何をすればいい璃音、手下の迎撃に専念していいのか!?
「七郎はボクの馬車馬になるんだ!」
「ああ、わかったっ――、うん!?」
「ボクを担いで移動するんだよっ、ホラ早くっ!」
「!?、ああもうハイハイッ」
言いたいことはあるが時間が無い。手早く璃音を背に担ぎ一旦上へ跳ぶ。
足元では怪異の爪が空ぶっている。
「速いじゃないか、見直したよ」
「なんで俺だけこんなっ」
「よく考えてくれ、ボクは鐘背負いをよく観察したい。しかし手下の数は多い、七郎が馬鹿正直に立ち向かってもボクを守り切れないだろう? なら七郎に回避を任せながら、ボクは見ることに専念できる‘この’体制が必然最適解なんだよ。理解したかい?」
俺が璃音の壁になるのは、最初から決定事項なのか……。
「さあ行くんだ七郎!」
釈然としないまま走る。なるべく追いつかれないよう立ち回りながら、目の前に来た手下は蹴り飛ばす。
あまり揺れると背から小言が飛んできそうなので気を付けておく。
「なるほどね、ここまで近づけば鐘背負いの魔力がよく見えるよ」
高速移動する虎郎の影が、鐘背負いの腹のあたりをすり抜ける。途端に大怪異の腹から血の華が咲き臓物がこぼれた。だがすぐ、映像を巻き戻す様に傷が治り鐘背負いの腕がやたらめったらに振るわれる。
異常な回復力に攻めあぐねる虎郎と愛魚、獰猛な攻撃速度と矢の援護に翻弄される鐘背負い。互いに決定打の無い、しかしいつ均衡が崩れてもおかしくない膠着状態である。
背にしがみ付きながら璃音は魔力を首から上へ集中した。血管を、神経を、熱く尖らせるように昂らせる。
鐘背負いが内外に持つ魔力が視覚情報で処理され、光や記号のように認識されていた。
あくまで璃音が保有する知識をもとに、脳が無意識で最適化処理した結果であるが、彼にとっては大敵攻略を実現する情報に他ならない。
「(鐘背負いの体を包む……いいや、覆い流れる魔力の渦。莫大な量だけど、流れの奥に発生源がある!)」
全体像を捕らえたのも束の間、突如鐘背負いの魔力が膨らむ。璃音にはエネルギーの噴出でなく、巨躯を包む紋様つきの球体に見えていた。魔力を見定めるその瞳孔に、朧げな十字を輝かせて。
「魔術式……? ちがう、そんな理論に基づいたモノじゃない。――本能だ、アレは本能とか感覚、もっと原始的な意思で手繰られた魔術」
「魔術式なんてわかるの?」
「わかるさ。ニーナ教官から始まって、日本の魔法犯罪者に至るまで何度も魔法を見てきたんだよ。あの重力魔法の質は、ボク達が見た“降って湧いた魔法適性に溺れていた魔法犯罪者”に近いっ」
鐘背負いは逆さに合掌し一声。すると愛魚の矢は勢いを失い逸れ、虎郎は空中でバランスを崩す。
「――! はは、そうかそういうことか! 馬鹿め、ようやく尻尾を見せたね」
璃音は背で笑い始めるが俺はそれどころではない。手下の猛攻が何度も肉薄しているのだ。重力魔法で石を落としてくるのも厄介である。
「何かわかったか?」
「ああ、そうとも。あの魔力の動き方! あの体も重力魔法と同じなんだ」
どういう意味だ? あの筋肉質な巨体が重力魔法?
「あの大きい体は重力魔法と同じ、ヤツが本能レベルで操ってる魔法なんだ」
「魔力で強化してるって意味か? 俺達みたいに」
「察しが悪いね。アレは虚像なんだ、ハリボテさ。ただし半分実体として造られたね。重力魔法を使う瞬間、明らかに鐘背負いが持つ魔力が偏ったんだ。体から重力魔法の術式の方へ……魔法の方が本体みたいにっ」
「おっけーわかるように説明してくれ」
「つまり重力の術も、鐘背負いの肉体に見えるモノも、同時並行で操ってる魔法なんだよ。本体は体や頭じゃない、別に有るんだ!」
璃音の言葉を受け、改めて鐘背負いを見る。
信じられない、あの姿は幻なのか。確かに感じる威圧感、一挙一動で建物を破壊するあの巨躯が?
「肉体の動きは重力魔法による破壊の後付けなんだっ。魔法破壊の結果を数舜遅れて虚像がなぞっているにすぎない。あれは本人が意識してやってるのか? もしかして自分でも自覚しないまま? だとしたら滑稽だよ。……だから魔力そのものじゃないとヤツらの身体は削れない。勝手に傷を受けたように思い込んで、治ったように見せつけてる」
背から降ろせば“答えは得た”と興奮する璃音。ちょうど鐘背負いに大きな傷を与えた虎郎と愛魚も合流する。
2人は未だ意気軒高。璃音の表情を見てさらに自信をつける。
「まあ璃音、悪いカオねゾクゾクしちゃう♪」
「虎郎には負けるよ」
「それで、わたしは何処を狙えばいい?」
気づけば手下が周囲に居ない。いつの間にか鐘背負いの足元で一列に集結し、互いの手を繋いでいる。
璃音の考えが正しければ、あれは手下を集めたのではなく意識を魔法一点に集中している姿……そう在るかのように見せているのだ。
――つぶだみあ無な つぶだ弥あむ南!
つぶ陀弥あむ南 仏陀弥阿無南っ!
狂い経の振動が一帯を震わせる。それは悪意か……それとも焦りか。
璃音は悠々と指をさす。
「鐘背負いはあそこだ」
地を裏返す程の大魔法、悪意がうねる大渦の中でも隠し切れなかった魔力の始点。
指さす先は巨躯を突き抜け、背に在る鐘突き堂を捉えていた。
・
・
・
どうしたことかっ。虫共に刻まれる己が身は、尊き仏の化身なるぞ。
怯えよ、泣き叫べ、地獄に落ちよ!
金剛力士の武威をもって、彼奴ら仏敵を討ち滅ぼさんっっ。
集えっ己が弟子たちよ――、己が神体、我が巨躯を……?……弟子なる小僧は、己が一番に喰ろうたわ。卑小な分け身、こ奴らは己が手指に過ぎん。
なにゆえ己は全てを穢してなお嗤う?
彼奴らはなにゆえ、己を指さし嗤うのか――?
・
・
・
「斬るべきはあの梵鐘だ! 行こう!」
「かく乱はわたしがっ」
「合わせて七郎!」
「まかせろっ」
虎郎に続き走り出す。既に怪異が纏う魔力は最高潮、見えずとも肌に伝わる圧迫感で理解した。
魔法を発する前にケリを付けてやる。
「(俺の仕事は正面に立つこと)」
囮であり壁、倒れないことが味方の盾になれている。魔導隊の仲間の為なら、こんな役割も悪くない。
「っ、らあっ!」
気合一閃、一息で鐘背負いの顔前へ跳び、魔力を込めた剣を振りかぶる。試みるのは憧れの一撃、闘志を奮い立て激情のまま放つ。
「斬波!」
剣から黒い弧月が放たれ、大怪異の単眼を抉る。イメージ通りとはいかないまでも放つことが出来たっ。俺は皆を守れるよう、まだ強くならなくちゃいけないんだ。
鐘背負いは目を押さえながらも、もう片方の腕で俺を払いのける。自重と硬度を強化し受ける。
幻だとは信じられないほどの衝撃っ!
だが追撃は無かった。愛魚が放つ魔力の込められた矢が幾本も巨躯へ刺さり、その威力で鐘背負いはよろめいていた。怪異の手下にも正確に矢が刺さる。
「たあっ」
……視界の端で、巨躯の足元へピッケルを振るう璃音が見えた。あまり効果が無さそうなのは言及しないでおこう。いちおう武器の魔力強化により傷はついているが……。
しかし陽動は成功。本命は位置についている。
「いけるワ」
巨躯の背中で思い切り剣を振りかぶり、獰猛な笑みを浮かべる影。鐘背負いに劣らない魔力を身に凝縮させた虎郎である。
「技の名まえはシンプルでいいわよね璃音? ――大 斬 波 !!」
俺が放った魔力の斬撃と比べ数倍の大きさ。鐘背負いの身長に迫る黒弧月が鐘を割った。
―― 仏 陀 弥 阿 無 南っ!
だが両断には至らない。怪異の手先、単眼の小僧が列のまま宙に浮き、列の両端を繋ぎ輪を作る。
醜い月輪は巨躯の頭上。西洋天使の輪じみた威容を以て、ついに法術は完成に至る。
―― 獄 曼 荼 羅
しっかりと言葉が聞こえた気がした。
ぼんやりとした魔力の光、照らす視野が届く範囲全てが星輝く夜空へ墜ちていくっ!
浮かび砕かれる岩の粉砕音、意識の外で聞こえた仲間の悲鳴。
しかし予想していた通りの状況に、体内の魔力を限界まで体の芯に凝縮させる。心臓が暴れ視界は点滅。
だが意識だけは真っ直ぐに保つ。
これは備え、必殺の一撃を放つための準備である。
「っ」
筋繊維を引き絞る。自身の体を殺しの弾丸と化す為に。
墜ちるままに高高度から、剣の切っ先を鐘へと向ける。瞬間、重力が反転!
増強した通常重力によって、地面へ叩きつけんとしているのだ。血が引きずられるような感覚を合図に、体内魔力を背中に集め思い切り発する。
爆発じみた魔力発露は、一瞬の推進力となり殺意の角度と速度を定めた。
大きな単眼と目が合う。
「お前を殺すのは、お前の悪意だ」
地の引力を弄び、自在に定める傲慢の法。その自業自得で死ねばいい。
慌てたように巨躯が腕を振り上げ防御の姿勢。だがヤツへの報復、同じことを考えているのがもうひとり。
「いい加減報いを受けなさい!!」
同様に魔力を噴射し加速した虎郎が、鐘背負いの両腕を断ち切る。
―― 非 イ イ イ イ ィィィィィ ! ?
「終わりだぁ!!」
俺の剣は割れかけの鐘突き堂にトドメを刺し入れ、今度こそ真二つに割ったのだ。
・
・
・
嘘のように消えていく。
己が正しく、他が誤りだと嘲笑うが真の信仰。一皮むけば、ああ、つまりは恨み。
正しい事を成そうとした! だから兄弟子にっ、お師様に目を覚ましていただきたく忠言したっ。
なのにどうだ!? 彼らは僧でありながらこの身を殺め、亡骸は埋め忘れ去られ鐘の下!
救いなど無い。真理などまやかしなのだ。
……だけれども、まず喰らった小僧に悪など無かった。兄弟子とお師様を亡き者にした後、弄んだ命に何の咎がある?
在ったのは己の欲だった。お師様と変わらず、己も汚れた唯の人。
かつて己が信じた場所の、真っ逆さまにこそ救いがある。その願いを捨てきれなかった、救いようのない俗物よ。
割れた上空。嗚呼……、あれほど求めた土の外。
昇る先こそ、己が地獄か。
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