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伽藍の剣(1)


 上階の一室(いっしつ)で、ライルがシルヴィアに(せま)っていた頃。

 京弥(きょうや)は混乱の中にあった。


 「は?」


 まったく予想だにしないタイミングで登場した聞き覚えのある名前。

 (あご)が外れんばかりに、口を開けたまま停止。


 「ム?」


 ガドランも、京弥の間抜けな声と同時に反応する。

 しかしガドランの声は、京弥のリアクションによるものではない。

 いつの間にか自分達の前に立つ、(しろがね)伽藍(から)の大きく見開かれた目が間近にあったからだ。


 「どうシた。モウ向こうでノ話ハ終ワーー」

 「今、スミタニシチロウって聞こえた」

 「ウ……ム?」

 「知ってるの?」

 

 伽藍も、予想外に身近な人物から手がかりを掴み驚いている。


 「(なんでガドランからシチロウの名前が?)」


 伽藍(から)にとって”墓守”の二つ名最有力候補、スミタニシチロウの名は先程の受付で初めて知ったのだ。


 ガドランと茶髪の男の会話が全て聞こえたわけではない。

 

 「(でもガドランが口にした名前は、伽藍が探そうとしている名前と同じ)」


 偶然にしては出来すぎているのではないだろうか。

 (たが)いに身の上話をするほど親しくなったわけで無いにしても、思わぬタイミングで浮き出たヒントに、伽藍は己の間抜けさを棚に上げガドランを責めたくなる。


 「(まあ、ライルからのセクハラじみたちょっかいから、何度か(かば)ってくれたことは感謝しているけど)」

   

 でも、今は関係ない。


 「教えなさい…!」


 さらにガドランを問い詰めようとした時、誰かが階段を乱暴に降りてくるのが分かった。

 ライル・サプライである。


 「何をサボってる!」


 ライルは伽藍とガドランを視界に入れると、この上なく不機嫌そうに見当違いなことを言い放った。

 

 「あなたたちは、このライルの護衛のはずだ! ここで何をしてる?」


 ライルの言い分はおかしい。

 前提としてライルが義瑠土支部で会談中、部外者である2人の同室は許されていない。

 それはライル自身が、伽藍とガドランに命じたことだ。


 「? それは……!」


 「うるさい! もうお前ら2人はいなくていい! 勝手に帰れ」


  (いわ)れのない叱責(しっせき)に伽藍は反論しようとするも、ライルは早々と吐き捨てるように白捨山義瑠土を後にしてしまった。


 「ま、まって、ぐ、……ください」


 その後ろを、同じく階段から降りてきた半泣きの小野道がよたよたと追っていった。ライルはこのまま華瓶街(けびょうがい)宿(やど)を探すのだろう。

 もちろん、宿との調整はすべて小野道に押し付けて。


 支部内に取り残された伽藍とガドラン。

 嵐が過ぎ去り、静まり返っていた支部内に徐々にざわめきが戻る。内容は今しがたの珍事について。


 「な……! う……? ……な!」

 

 伽藍は、理不尽な叱責への混乱と怒りで再起動できていない。


 「すまナイ。オレはスミタニが霊園山に居るかを知らナイ」

 

 「え……? あ……」

 

 その伽藍へガドランが目線を合わせるため膝をつく。ようやく伽藍の頭は働き始めたようだ。


 「ダガ、この辻京弥が力になってくれるソウダ。話を聞きたいガ……」


 京弥は口を開けたままの顔で考えこみ、固まっていた。

 再起動したての伽藍でさえ呆れるような顔だ。


 「ねぇ、ちょっと。あなた知ってるの?」

 「お…? い、いや、あんた誰だ?」

 「どうでもいい。それで? 何か話せることある?」


 伽藍はどうにも何処か浮ついた、頭の悪そうな顔をしている京弥にいい印象を抱かない。


 「(この人が何を知ってるっていうの?)」

 

 疑う伽藍。

 そしてそんな印象の通り、京弥が話す情報は核心に欠けるモノだった。


 「いや……。スミタニシチロウっていう名前の人は居る。霊園山に少なくとも、ひとり居る。知ってる……けどよぉ」

 

 「ホントか!」

 

 ガドランの目が期待に輝く。


 「でもなぁ……10年前にスゲェ戦ってたんだろ。その人」

 

 「ウム。そうダ」

 

 「俺の知ってるシチロウは、だいたい俺と同じくらいの年のヤツだ。そうすると10年前は俺と同じ子供だったはずだろ。それに本人からガドランが言ってたような話は一度も聞いたことがねぇ」

 

 「フム……」


 「同姓同名の人違いじゃねぇかな、たぶん」


 ガドランも京弥の話を聞くに、別人の可能性が高いように思えた。

 続いて伽藍も、京弥に”墓守”の二つ名について問う。


 「義瑠土の二つ名で墓守? いや、わからん」


 ――でしょうね。

 ――ええ……ひでぇ。まあそれこそ、七郎さん……、俺の知ってるシチロウのほうが詳しいかもな。

 ――同じぐらいの年で、なんでさん付け?

 ――いや、世話になってるし……なんとなく雰囲気で……。


 あまりハッキリとした情報を得られなかったが、ガドランにとっては自分の力になってくれようとしたことが何よりうれしい。胸を叩き、京弥に再度感謝の意を示す。


 「アリガトウ京弥。そしてスマナイが、機会ガあったらお前の知るシチロウにモ会わせてクレナイか? 一度会ってみたイ」


 「おういいぜ。七郎さんに聞いてみる」


 「オレも、モウ少し霊園山で調べてミよう。……サテ、見ていた通りノ事情にヨリ、先に宿ヲ探さなければならなくナッタ。今日はモウ失礼スル」


 そう、ガドランたちは帝海都からライルの護衛として霊園山に来訪している。

 その護衛対象者から同行を拒否されているのだ。

 

 ガドラン自身の目的地には着いた。いまさらライルと行動を共にする意味は無い。


 「宿ガ見つかったら、一緒に泊まるカ?」


 ガドランは100%の善意で、同じく宿が無いはずの伽藍に同行を(すす)める。

 しかし伽藍も年頃の少女である。ただでさえ対格差のある男性と同じ宿へ、というのは抵抗を感じた。


 (ふところ)が心もとないので、ありがたい申し出ではあるが……。


 「子供扱いしないで。自分で何とかできる」

 「……ソウカ」

 

 ――ダガ、銀伽藍ヨ。キミはモウ少し他者へ敬意を払ったほうがイイ


 伽藍はガドランの忠告に納得できなかったが、食い下がることなく見送った。ガドランは先ほど伽藍が話を聞いていた受付へ行き、女性と宿についての会話を始める。


 「……なによ」

 「(気まず)」


 伽藍と京弥が同じ場所に残され、気まずい空気が流れる。

 しかしそんな京弥を救ったのは、溌溂(はつらつ)とした女性の声だった。


 「あれぇー? センパイ? なにしてるんスか?」


 ――てか、そのオンナ誰スか?


 櫻井桜(さくらいさくら)が、いやに棘のある様子で京弥を’じとり’と見つめる。

 前言撤回。彼は救われてなどいないようである。


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