強襲爆破
魔を孕む暗がりが、刃物のように肌を刺す。
ライトの白と夜の黒、2色だけが世界の全て。瓦礫や悪路が死へと繋がり、恐怖が激情に支配される頭をクリアにする。
黒鎧のヘルメットの中で繰り返す荒息が、自分のもので無いように感じた。
「(あと少しで目標のバリケード)」
獣牙種の戦士たちは遥か後方。鷲獅子の足では追いつけない。
すぐに前方に小さな火が見えた。火災は一部の地域を除いて全て静まり、熾る火は自然の物では無い。
小鬼が手に持つ松明の光である。
小賢しいことに小鬼共は堂々と明かりを灯さず目立たない。ヤツらも強い光源にナニが襲い来るか知っているのだろう。
小鬼も、俺達も、鉄の羽音は怖いのだ。
松明の火が慌ただしくなってきた。
「(気づいたな)」
夜闇を爆走するバイクの光、そして轟音。気づかない方がおかしい。
だがもう射程範囲だ。
ハンドル下につけられた、コードが伸びる箱。これ見よがしなボタンを押す。
足元から金属音を聞けば、すぐに側車の結合が解かれ俺はブレーキを握った。側車の結合面には新たな車輪が追加されており、スピードに乗ったまま瓦礫の壁へ。
――ゲギャ?
車輪で走る火薬庫が壁に接触する間際、トンネルから顔を出した小鬼の間抜け顔が見えた気がする。
瞬間、大爆発! 網膜を焼くような光っ。
石の塊が舞い、衝撃波が二輪車に乗る俺の体を震わせた。俺はバイクを再度加速。
「(このまま突っ込む!)」
爆発の炎が木材や廃車の燃料に引火、轟轟と燃え盛る。炎の向こうには小鬼の大軍がいるだろう。血で錆びた、どこで手に入れたかもわからない刃物を掲げ待ち構えているかもしれない。
その鼻頭に、オマエらの仲間の血が染みた鉄塊を叩きつけてやる。
俺が偵察で視た砦内の光景。ヒトの死体を弄び、血を浴びながら踊っていた吐き気を催す醜悪さ。
報いを受ければいい。
瓦礫が吹き飛んだあとの更地、熱のカーテンを突き破り、商業施設の前でバイクを放り出した。
小鬼の殺到を予期し、片手剣大の警棒を構えるが――……。
「居ない?」
襲撃は全く無かった。爆発の余韻、炎の熱と光が揺らめくだけ。殺気も、息遣いも無く静まりかえる巣と思しき場所。
生活の後はある。衝撃で荒れているが、生乾きの血の匂いが強く香っていた。散乱する食料にされたヒトの死体も。
――e.hi
「ッ」
微かに声を聞いた。肌で感じたのは魔力の揺らめき、目で視えずとも流れが感覚となって脳髄を撫でる。
危機感に囁かれるまま頭上を見上げれば……雨のように降り注ぐ悲壮な顔。乱雑な歯並びをむき出しにする、恐怖した小鬼の顔である。
「な、あ!?」
悲鳴も上げず、緑の体躯がスイカのように割れていく。
ぱかんっ、ぐちゃり、水を含んで重い、形容しがたい破砕音だ。地面に咲くのは血と臓物の華。
遅れて体を濡らすのは、地面から跳ね返る小鬼の血。青みがかった色をしている。
「こ、れは……」
もはや死した小鬼の顔が、いや正確には顔の一部が、動かぬまま血の池に沈む。
「は、は」
憐憫などは微塵も湧かない。しかし晴れやかな気持ちにもなれない。
怒りが、心を埋め尽くしていたから。
「ちょっとっ! 七郎がコレやった……の……」
意外にも一番に追いついてきたのは虎郎だった。爆発直後に身体強化で跳んできたのだろう。
彼女も状況を察し言葉を失う。血みどろな状況へ驚いたからではない。俺と同く抱いた怒気のせいだ。
「いい度胸してるじゃないっ――!」
「その嗤い顔を砕いて、殺してやる」
――穢ェっ非ィィィッHi、Hi、Hi
俺と虎郎の沸点を瞬時に超えさせる姿。
単眼の小異形が、耳障りに嗤っていた。