誤解
「やだキモチワルイ! 近づかないでよっっ」
「そうですぞ。獣牙種など汚らわしい! 何をしてくるか知れたものじゃない」
「Uum」
「どうしたんだ」
拠点の中では途方に暮れる獣牙種と、床に散らばる食べ物の前で叫ぶシクルナ。ロームモンドが嫌悪を露わに怒鳴りつける。
獣牙種は良く知る顔、ダンだった。
「……シチロウ。タベモノ、ELuRe-Ka(恵む、分け与える)、こわがル」
「ああ、シクルナに渡そうとしたのか」
散らばるのはビスケットだろうか、それに水の入ったコップ。何かのトレーも裏返しで床へ落ちていた。
「獣牙種のお兄さん達はお菓子を渡そうとしただけだよ。彼らはシクルナを守ってくれてるんだ」
「うそよ! ロームモンドに聞いたわっ。オークは女の人を攫ってムリヤリ結婚するって! 魔物と一緒じゃないの」
「それは誤解だ。彼らはそんなことはしない。ダン達は家族を何より大事にして――」
「騙されてるんです。何を言ってるかもわからんのでしょう? ですがワタクシめは誤魔化されません。ウィレミニアの言語学者が調べたことですが……コヤツらが女性を『財産』と呼んでいるのをご存じですか? まさに蛮族。およそ理性のある種族ではない」
「その話についてもセギン達から聞いた。律動言語の口頭だけを訳して、律動部分の解釈が抜けて間違えた意味になってる。『財産』じゃなくて……多分、『愛する宝物』と言ってるんだ獣牙種は」
「ウィレミニアが間違ってるとでも言うのか、無礼な」
「ウィレミニアじゃなくてその言語学者が……」
ああもう、なんでそうなる。
謂れ無く差別されてるのは、一緒に戦う友のひとりだ。誤った目で見てほしくない。
シクルナの叫びで、他の避難者が獣牙種へ向ける視線に不安が宿る。責める言葉は無くとも、目の色で不穏な空気は伝わるものだ。
集団生活の場で、この流れはマズイ。
「なんの騒ぎかと思えば。キミ達は脳味噌が要らないバ――」
「はーい、ややこしくなるから璃音はちょっと口にチャック」
「もがもがもが」
後ろで璃音が虎郎に口を塞がれている。
気持ち的には璃音に同調したい所だが、言い方がなぁ……。
「(虎郎グッジョブ)」
「(おほほ当然よぉ)」
さて、異世界宗教組をどう宥めたものか。
「あっカツヤ! 来てくださったのね。こわいオークがわたしを襲おうとしたのよ」
言葉を選んでいると、シクルナの表情が明るく変わった。鋼城が騒ぎを聞きつけたらしい。
「オークがシクルナちゃんを襲った? どういうことだよ墨谷」
「そんな事実は無い。この子の早とちりだ」
「言葉の通じない獣人のせいでシクルナちゃんがこんなに怯えてる。オークは墨谷がしっかり監視しておくべきだよ。仲がいいんだろう?」
「は? 監視?」
「そうだ。今は生き残る為に、オレ達全員が力を合わせるべきだと思わないか。ロームモンドさんから聞いたけど、オークは危険な種族なんだろう。でもその力を使うんだよ、此処に居る人達やシクルナちゃん達の為に利用するんだ」
「……鋼城……、そんなふうに思ってたのか? それは、ロームモンドの……誤解だ。話してみれば分かる。彼らに何も危険なんて」
「ちょっと! カツヤをいじめないでっ、それでも仲間なの!?」
険悪な空気が俺達を包む。
一歩間違えば死ぬ魔物の地獄、外の脅威に比べれば些細な諍いかもしれないが俺も引きたくない。
たとえ獣牙種達とは短い付き合いだったとしても、彼等の事を誤解されるのは許せなかった。
俺と鋼城、双方にらみ合う形となる。
「ケンカしてるの? めー! だよ。ほらっ、ダンさんもビックリしてる」
「Huhm」
「え、あ。真理愛……」
少女の言葉が、緊張を一瞬で消していく。柔らかい笑みでダンの太い腕に抱きついている真理愛の声だ。
不思議と、この淡髪の少女の言葉は、陽だまりのように人の心を和ませる。
なんの魔力も無いはずなのに、真理愛にはまるで魔法のように注目を集める華やかさがあった。
それは俺だけが感じているわけじゃない。
真理愛の友達を救い此処で過ごし始めてからというもの、彼女はよく笑い、同時によく人を励ますようになった。
同じ養護院の男の子や、保護者である二葉幽香の存在が少女の心を支えるのだろうか? この状況であの年齢の子が、他人を励ますなんて早々出来ることじゃないだろう。
真理愛の言葉で救われ、希望を取り戻した避難者も多い。
さらに彼女の、“予知”と呼べる能力にはあの後何度も助けられている。今では寝なくても、頭に未来の風景が浮かぶのだそう。
拠点付近にある食料の位置を言い当てたり、外へ出る際には魔物の襲撃タイミングを伝えてきたりする。例えば、「食べ物が描いてある赤い看板を見たら、建物の中から魔物が飛び出してくる」なんて見てきたかの様に具体的な予言をするのだ。
その予知が外れたことは、今の所一度も無い。
「争うこと、イケ……u、ナイ」
「ね? ダンさんがこう言ってるんだもん。ケンカは良くないのでーす」
「あらー、また真理愛ちゃんに一本取られちゃったわねー」
「ねーカナちゃん」
「あら嬉しい。ウチの男どもはカナちゃんって呼んでくれないのよ」
虎郎と真理愛は楽し気にじゃれ合う。面倒見のいい彼女は、すぐに真理愛と仲良くなった。
気づけば遠巻きに様子を伺っていた避難民の顔も和んでいる。獣牙種への不穏な空気も消え去り、皆の力が抜けていた。
俺もいつの間にか力んでいた体が解れている。正直、助かった。
「な、なによ。ま、まりあ? でしたっけ? 出しゃばらないでちょうだい」
「実はね、クッキー貰ったからシクルナちゃんを誘いに来たの。前、クッキー食べたいって言ってたから……」
「なっ……い、言ってないわ、そんな子供っぽいこと。レディに対して失礼ではなくって? わたし……カツヤと向こうでお話したいの。失礼するわ!」
「お、お待ちくださいシクルナ様っ」
「あっ……いっちゃった」
鋼城を引っ張り離れていくシクルナを、残念そうに見送る真理愛。
俺はしゅんとする少女に礼を言うべく、隣に跪く。そうすると丁度目線が合うのだ。
「ありがとう真理愛。また助けられたよ」
「? わかんないけど、褒めてくれたならヨシ」
本当に、見違えて明るくなった。この天真爛漫な姿が、本来の彼女なのだろう。
……無論、無理に明るく振舞っている、というのも考えられるが……。
「まどうたいの皆はね? 真理愛にとって先生と友達を助けてくれたヒーローだもん。ケンカしてほしくない。今日もなかよく、がんばっろー!」
「いつ日付が変わったのか不明だけどね」
「まあいいじゃない璃音、野暮なことは。じゃ真理愛ちゃん、二葉先生とクッキー食べてくれば?」
「うん!」
花柄のワンピースを翻し、灯りを辿って走っていく。工場内の非常発電機で多少灯りは確保出来ているが、転ばないか心配である。
――いデッ
「あ転んだ」
「もう真理愛ちゃんったら……、……あの子にはいつも助けられるわね。鋼城は奥に行っちゃったケド」
「鋼城はシクルナに付きっきりだなぁ」
「ボクは気に食わないね」
「まあシクルナちゃんの方が、あの年齢の子らしいっちゃらしいわね。真理愛ちゃんがしっかりしすぎてるのよ。アタシらを頼って落ち着けるならそれでいいじゃない」
確かに虎郎の言う通りだ。余裕のない状況で、俺達まで追い詰められたらあの子達も不安だろう。
頼られて、安心してくれるなら……良いことか。
「そういえばダン。愛魚ちゃん見なかった?」
「マナ、オーKU、集まるトコ。ヨンデ、クル」
「ありがとダン」
虎郎の願いを聞き、ダンが歩いていく。その足取りは楽し気。
「むふふ」
「うわ子供に見せられない顔。どしたの?」
「七郎に同じ」
「鈍いわねぇ……ま、いいわ。愛魚ちゃんとダンが連れ添って戻ってきたら改めて話すケド……相談があるのよ」
「相談?」
「まあちょっとしたトラブルよ。食料が尽きたわ」
…………。
「……ちょっと?」
大問題だろそれぇ?




