律動言語
鉄工所をぐるりと囲む柵は2m50㎝。建物正面部分には出入り用のゲートが設けられており、高い壁となる物が無い。
「鉄パイプの接合部分は金紐で縛って結ぶか」
「ゲートの開閉機能自体は車用に残す。キチンとボクの設計通りにしてくれ七郎」
「あ、そうか」
「柵に有刺鉄線でもあればね……そうだ、ここの従業員に作らせよう」
「有刺鉄線は工業の基本技能じゃないと思う」
拠点の防御を固める為、俺と璃音は数人の迦楼羅製鋼工員と共にゲートの補強作業に勤しんでいた。
――まさかあんたらが、有名な魔導隊だとはなぁ
――デカイ鉄骨を軽々と……、人間重機かよ
――まだガキじゃねか
――つーことぁ子供に命張らせちゃあ恥ずかしいってことよ
流石金属加工の本職。手早くありあわせの部品で手早く門の防壁を組む。
そんな彼らも、建設知識が無いはずの璃音が提示した設計には舌を巻いてたが……。
備蓄の配布や、避難者の休息スペースを鉄工所内に整備、外の見張り、脱出経路を模索するべく市街への偵察など、俺達は慌ただしく動き回る。
体内時計に従い食事や睡眠を摂るが、実のところ鉄工所で過ごし始めてどのくらい経ったのかが分からない。
数日の気もするし、数週間分の疲労を感じながら、此処に逃げ込んで数時間しか経ってない気分にもなる。
相変わらず世界には陽が昇らない。時間感覚の混乱は、昼夜が切り替わらないことが原因だと思う。
「(それに市街への偵察を何度も行ったが、騎士蜂や不死者、鐘背負いの取り巻きに遭遇すれば逃げ回るしかなくて……、外との連絡にも進展が無いのも苦しい)」
変わらず鉄工所には、なぜか魔物は近づかない。
市街では凶暴に襲い来る魔獣、空を飛びまわれる騎士蜂すら鉄工所周辺には入り込もうとしないのだ。
鐘背負いは初見以来沈黙している。あの大きさだ、現れれば見逃すはずない。
いったいあの巨体を何処に隠しているというのか。
「(そのおかげで俺達は死なずに済んでる。でも璃音はこの状況に懐疑的だ)」
――理由が理解できないのなら、この均衡は砂上の楼閣
永遠に続くと? ボクはそう思わないね
というわけで今回の作業に至る。
柵とゲートの補強は今後の備え。急ピッチで地上の防御を固めていく。
「……そういえばこの前の食料調達班は七郎と……愛魚に、獣牙種のセギンの3人だったか。運の良い生存者をまた何人か見つけ出してたね」
「ああ。でも食料の方は成果が少ない。周りの住宅とか建物はあらかた探し尽くしたなぁ」
セギン。交流のうちに知った獣牙種族リーダーの名。
最初に騎士蜂の猛攻から、俺と真理愛を救った男の名でもある。
璃音と話しながら手を動かしていると、どこからか重い足音が。
「Siチロウ」
「噂をすれば」
当のセギンが大きい鉄骨を抱えて運んできた。鉄製品は工場の中にかなりの量があるし、身体強化が使える俺やセギンがいれば運ぶのも簡単。
あっという間にゲート防壁が完成する。
「BiHオon(感謝を) 、セギン。あー、CoNNCuduO(全て 終わり)」
「わかっタ。必要アル、ヨベ」
牙を光らせた巨漢は大らかに笑い去っていく。
獣牙種の言葉も、簡単な単語程度なら話せるようになってきた。同様にセギンも日本語を習得しつつある。
彼らが話す言語は、こちらの言葉で“律動言語”と訳せるらしい。
言語形態が特殊で、口頭では名詞・動詞・時間等を表し、地打のリズムは感情や情動を表現することで、両要素をも合わせ正しい意味と成す。
ごく短期間で律動言語を学べたのは、翻訳者の存在が大きい。
獣牙種の一団には彼らの妻である女性たちが含まれているが、その中のひとりに翻訳魔術刻印を持っている人がいた。
刻印は入れ墨のように直接体に刻まれ、本人の術式理解もいらず使用できる。
本来翻訳魔術の刻印には高い技術を要するが、刻印を持っていた彼女はウィレミニア主導国家の貴族出身で、子供の頃安くない金額で両親が術師に依頼したらしい。
”それから港町で旦那と出会って、家柄捨てて駆け落ちした”
”ええぇ”
”それでそれで?”
彼女の馴れ初めに、愛魚と虎郎が習いをそっちのけで食いついていたのが印象深い。
――いやぁ、最初見た時は魔物かと思っちまったけど、いい奴らだな
「彼らはみな善良で、家族を何よりも大事にしてる。俺達と何も変わらないですよ」
俺が会って間もなく信頼をおいたように、セギン達は避難市民にも好意的に受け入れられた。
もともと日本に来訪する異世界人の存在は、テレビを通じて殆どの国民が知るところ。
また言葉を習う傍ら、獣牙種という種族そのものについて様々なことも知れた。
獣牙種には男しかいない事に驚いたが、その分彼らが妻と子に向ける愛情は強い。
「セギンにも妻子が……?」
「さあね。そのうち話す機会があるんじゃないか? それにしても、七郎にしては……難解な言語なのに覚えがいい」
「よせやい」
「おめでたいね、褒めてるように聞こえたかな?」
うーん? 確かに自分の習得速度に違和感が……。
いや、かなりの時間セギンと拙いながらも話したような……妙な感覚だな。
まあそれに、俺が獣牙種と話せるよう努力しているのも確かだ。
それはセギンの強さと、誇りある立ち振る舞いに憧れているからに他ならない。
無論、獣人の見た目に怯える人も居ないでもないが――
“ヤバンな獣人が近よらないでっっ、カツヤっ来てちょうだい!”
鉄工所内広場の方から、大きな声が聞こえた。
「あー……またか」
外からの脅威に晒される拠点。避難民が徐々に増え、既に1000人に達する人間が押し込められている。
その中でいま、頭を悩ませている問題があった。
外敵に立ち向かうには、内部の団結が必要不可欠。すこし歯車が狂えば、生存が絶望的になる状況が依然続く。
せめて魔導隊5人の足並みぐらいは揃えたいものだけど……。
「(それをあの年齢の子に納得してもらうのは、酷な事なのか?)」
鉄工所内で、シクルナ・サタナクロンの子供らしい癇癪が響き渡っていた。




