長い戦いへ
空腹で動いてくれない頭。目も疲れた。
俺は璃音と共に鉄工所の広間へ戻る。
「……」
「随分長いこと外に居たわね。言われた通り中で動いてる時計は探したけど……1つも見つからなかったわ」
しばらく空を眺めている間、虎郎達に動いている時計が無いか確認してもらっていたが、結果は芳しくないようだ。
そもそも故障ではないのかもしれない……いやそれこそあり得ないか。
「俺は星に詳しくないけど……少なくともあの星空は、俺達の世界の物じゃない」
「へ?」
俺から突然報告された事実に、虎郎は困惑顔。
「ざっと1時間程度星を追ってみたけど、やっぱりあの夜空はおかしい。地球は1時間に15度自転し、それに伴い星の見える位置も変わる。だけどあの星空は自転による位置変化が無い。それどころか消えては光りを繰り返して、もう星なのかも怪しいよまったく」
「じゃあアタシ達の居るここは異世界ってこと? 逆にアタシ達が異世界に飛ばされてるんじゃない?」
「いやそれは……わからないな。だがボクがニーナ教官から聞いた異世界の環境に、こんな夜空の話はなかった。向こうの世界にも星座という概念が存在して、それは美しいものだと……。向こうの“星譚至天”という称号も、“星座として語り継がれる程の偉業を成した”っていう謂れらしいね」
虎郎の言う通り異世界の土地が日本に転移しているのではなく、逆に俺達が街ごと異世界の見知らぬ場所に飛ばされているとしたら。
救助という希望は、一気に望み薄となる。
「……今は、俺達の立っている地面が変わらず日本であることを信じよう。それともうひとつ、みんなに聞いてもらいたいことがある」
「まだなにかあるの七郎くん? もう、こんなのやだよ、いろんなことがありすぎて……」
「というかみんなも薄々気づいてると思う。……たぶん、この逢禍暮市に陽は登らない」
俺の指摘に皆、自然と壁にある小さな窓を見た。
変わらず暗闇、最初の丘から逃げてきて半日以上経つと思うが、一向に空が白む気配は無い。
信じたくはなかったが、この事実が一番心にクるかもしれない。だって夜が終わらなければ、闇の恐怖がずっと付きまとう。
暗闇に潜む獣の牙、夜空から急襲する騎士蜂、不死者が無尽に闊歩する。
戦いに終わりが見えやしない。
「……なにもかもが常識の外だよ。……それでも救助が来ると信じて、生き残るほかない」
「あら。璃音が“信じて”なんて、いよいよマズイみたい」
「ふん」
俺も、不満そうな璃音も、虎郎も愛魚も鋼城も――全員が先の見えない恐怖を背に感じていた。それでも、傷つき怯える人々を見過ごせない。
いつか俺達を真に魔導隊とした、救えた少女の面影を誇りにして。
「これは俺の、唯の勘だけど……この災害とは長い戦いになる気がする。だからこそやれることはあるし、これから俺達はまだ強くなれるかもしれない。力を付けよう。もう不死者の軍勢や騎士蜂……人を弄ぶ鐘背負いに負けないように」
「不死者の強そうなのに襲われてた時、七郎くんすごい力が出てたよね。アレのこと?」
「そのことについても追々話したい。でもまずは――保存食を貰いながら、配給を手伝ってくる」
「あ、アタシも行くわ。みんなの分も貰ってきてアゲル」
生き残った陸軍数名と、この鉄工所の従業員らしき人々が災害用備蓄を避難者たちに配っている。
さすが日に1000人規模の従業員が稼働する迦楼羅製鋼、備蓄食料も相当な量だ。
段ボールを抱えながら、中にある水のペットボトルを配る。
「(コレを手土産に話してみるか!)」
足が向かう先は獣牙種の一団。予想はしてはしてたが、誰も彼等に備蓄を届けない。
恐れを抱くのも分かるが、彼等に救われた身からすると淋しいものである。
「水を。ああ、キャップはこう外して」
「! GURaze」
最初はペットボトルに驚くも、水だと理解れば筋骨隆々の戦士達は喜んだ。男達は、まず女子供に飲ませ始める。
涙を流す女性たちの姿は、様々な種族が入り混じる。だが獣牙種の男と似た姿の女性は見当たらない。
「BiHOon」
まずは獣牙種の人々と仲良くなりたい。戦力確保の意味だけでなく、ただ強さへの憧れと感謝を胸に。
これが俺の恩人にして友、獣牙種族セギンらとの最初の語らい。
言葉の壁を少しずつ超えながら、俺達は確かな友情を築いていく。
肉体が獣に変異っても、友の生き様は変異らず胸に。
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