不屈の怨嗟(3)
先頭の獣牙種……蜂に追われた時、俺と真理愛を救ってくれた男が吠える。
彼の握る槍は、ダンの持つ物より大きい。騎獣の背で槍の穂先を地面に刺すと、そのままアスファルトを削りながら速度を増す。
次に石の水面から持ち上げた穂先は、岩石のさざれを螺旋状に纏わせていた。
「(アレも魔法なのかっ?)」
もはや槍を越えた岩の破城槌。魔力と岩石が渦を巻き、不死将軍を跳ね飛ばす。
「OoooRAaaaaaaaa!」
―― !
「 おい 仲間に何してくれてんのよ 」
―― !?
追撃したのは怒気を露わにした虎郎。愛用の剣を、刃が黒く変わるほど魔力を込めて振り抜いた。
全身の力をしなやかに使い、アクロバティックな姿勢で不死将軍に一撃を見舞う。
「BUuuGoooooooッ」
「Uwoooooooooo」
続く獣牙種の一団が車の後方に迫る不死兵をなぎ倒す。騎獣突撃により戦列は半壊。
まるで中世の戦国時代を題した映画のワンシーン。状況も忘れて一瞬見惚れてしまう。
「璃音に急ぐように言われて肝を冷やしたけど、間に合ってよかったわ。っていうかその腕ダイジョブなの!? それケガっ? どうなってるの!?」
「いや、違うと、思う。とにかく今は此処を離れよう」
「後ろの骸骨兵士ならオークのみんながやっつけたわよぉ。言葉が通じないけど、状況を察して一緒に来てくれたの。イヤーみんなイイ男ばっかり。――アッ、愛魚ちゃーんもうダイジョウブよー」
「いいやダメだ、すぐ逃げよう。アイツら、前とは様子が違う」
「えぇ?」
特別強そうな獣牙種の男と睨み合う不死将軍。将軍が拳を空に掲げると、なぎ倒された骸骨兵が立ち上がる。
その眼窩には、底冷えするような火が灯っていた。
「……あー、……逃げた方がいいみたいね。七郎は車に乗って! アタシが運転するわ! ごめんね愛魚ちゃん、もうちょっと援護お願い」
「うんっ。虎郎さんが来てくれたなら、負けない」
「ケガしてるオークの人も乗せて!! にげるわよおぉぉぉ」
「 ! NuUuGiide」
獣牙種達も意図を汲み撤退を始めた。車は小鬼の死体を踏みつぶしながら走るが、スピードが上がらない。
重量オーバーに加え、元々この車は故障寸前だったのかもしれない。
バックドアガラス越しに後ろを見れば、死馬が炎を吐いて追ってきている!
「ナニよ、ヤる気マンマンじゃなぁーい!? 鉄工所まで引っ張ってくわけにはいかないわよっ」
しかし不死将軍が俺達に追いつくことは無かった。
「 ――っ、急に足が止まった」
死馬が拒むように、ある一線を境に停止する。追従していた不死兵も口惜し気に藻掻くと黒土へ還っていく。
将軍の眼だけが、‘じっ’と俺達を睨んでいた。まだ首に剣を突きつけられているような恐怖を感じる。
「…………あそこから、追ってこれないのか?」
不可解な光景だが、ともかく助かった。
両腕を見れば、すでに黒い異変は消えていた。ホッとしたが、同時に痛みがぶり返してくる。
「(あの時の力は、いったい? 突然腕の力がケタ違いに増したような……後でみんなに話そう。この力が自由に使えるモノなら、生き残る為の武器になるかも)」
鉄工所の入り口が見えてきた。ここまで来ると、周囲はいたって静かなものである。
「でも、なんでこの鉄工所の周りには魔物が来ないんだ」
・
・
・
「無事なんだよな璃音!?」
鉄工所の外壁には、壁に這うようにして簡易通路が取り付けられていた。ダクトの整備や換気扇管理の通路なのか、お世辞にも頑強とは言えない作りである。
そのむき出しの通路には黒い鎧を着た人影が2つ。
虎郎らの出発を見届け帰りを待つ鋼城勝也と璃音だった。墨谷達が不死兵団の追撃を逃れていた頃、鋼城は身を焼かれる思いで外を眺めるしかない。
「虎郎達が間に合えばね」
「やっぱり、今からでも追いかけて……」
「もう遅すぎるよ。単独行動になる鋼城が危険になるだけだ」
「くっ、ぅ」
やっぱりついて行けばよかったっ。こうしているうちにも愛魚ちゃんが傷ついてるかもしれないのに!
「……鋼城は、愛魚の事をどう思ってる? 好きなのかい?」
「え、はっ? なんだよ急に。……こんな時にやめてくれないか」
「ボクは鋼城の気持ちをどうするつもりも無いし、手助けする程の興味も無い。でもだね、こんな状況なんだから自分の気持ちに正直な方が合理的だと思うよ」
気持ちに正直に? 相変わらず無遠慮なヤツだな。
それとも何か? 孤児院の子の言葉を真に受けてわざわざ危険を冒してる墨谷の方が正しいていうのか? そんなワケないだろう。
「(感情に正直なのが合理的? 璃音らしくないな。頭の良さを鼻にかけてる璃音も、冷静じゃいられないってワケか)」
”死ねばその機会は訪れない”……璃音が言葉に含んだ意味を鋼城は察せなかった。鋼城は騎士蜂に囲まれた時の恐怖に蓋をしている。
数え切れない人間が死ぬ状況を、どこか現実として受け止め切れていないのだ。
「っ、戻って来たよっ」
「そ、そうかっ(あんな焦って走り出して……やっぱり墨谷達の事が心配だったんじゃないか)」
足早に階段を下る璃音についていけば、ボロボロの車から降ろされる数人の子供が見えた。
件の真理愛という少女も駆け寄っている。
――聞いた……オマエが助けてくれたんだってな真理愛
――あ、あのね
―― ……いままで”みらい”が見える気持ち悪いヤツなんて言って……ごめん
なかま外れにして、ごめん
――ううん、もういいの!。真理愛もへんなゆめ見るの嫌だったけど
初めてみんなを助けるために使えて、うれしいの
本当に予知が当たったのか、信じられない。
それよりも愛魚ちゃんはどうなったんだ!?
「七郎くんがケガしてるのっ、包帯とか袋一杯に貰って来たから手当てお願いします!」
「あーあー七郎、またなのかい。無鉄砲の結果だ、学習能力が無いねキミは!」
「あんまりじゃないか?」
墨谷は両腕を負傷したらしい。手当をしに璃音と救護室に行くみたいだ。愛魚ちゃんは……ケガは無さそうだ、よかったよ。
璃音も墨谷も、どうかしてる。あの2人のせいで愛魚ちゃんが危険な目にあったんだ。
墨谷は当然として、璃音にもチームを引っ張る素質は無いんだよ。
「やっぱりオレが……ん?」
愛魚ちゃんの隣に居るのは……愛魚ちゃんと墨谷を追っていった獣牙種?
「ダンも、ありがとう。こんなに傷ついて……血が出てるから止血しよう?」
「……m」
な、なんでそんな、怪物みたいな見た目の男に優しく触るんだ。獣牙種のことは獣牙種に任せておけばいいだろう。
「……MANA」
「――え? ……わたしの、なまえ」
獣牙種の男が自分の胸を拳で優しく打ちながら、愛魚ちゃんの名を呼んでいる。
「HotRuGULo::..MANA」
「うん、愛魚です。わたしの名前は愛魚。……いつか、ちゃんとお話できるようになりたいね」
別に……気にすることない、ただの挨拶だ。言葉も通じてないしな。
オレが一緒に行ってたって、何が出来たかもわからない。愛魚ちゃんが無事だったんだ、良かったじゃないか。うん、そうだ。
「そうだよ……な?」
なんでこんな、ジリジリと気が急くんだ。
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