不屈の怨嗟(2)
「ダンッ、ムリしちゃだめ! ……ッ、なんでっ、矢が効かないの?。前は頭を壊せば倒れたのに!」
どういう理由か愛魚の矢が弾かれている。不死兵の体は殆ど白骨、もともと頭蓋や背骨に当たらない限り矢の効果は薄かった。
それでも愛魚の驚異的な弓の命中精度は、その頭蓋や背骨を確実に砕いていたのに。
矢が命中しても砕けない、砕けても止まらず前進してくる。
「兵隊が強くなってる……?」
骨の体どころか、もうありもしない魂までも鋼に変えて。
ダンは血を流し、息も荒く膝を着く。代わりに俺が前に立つも、不死将軍の眼光だけで震えがきた。
ヤツの乗る馬がゆっくりと歩を進めてくる。
「(どうするっ!? 鉄工所までもう少しなんだっ)」
このままじゃ俺のせいで2人が死ぬ。手には鉄製の重警棒のみ。
なにかないか、逃げる術がっ。
「――ぁ」
ポケットに固い感触が触れる。これは車に乗った時、なにかに使えると思って忍ばせた……。
璃音のことだ、周辺を見渡しているだろう。鉄工所に居る獣牙種の一団に助けを請えれば、まだ希望はある。
握り捻じったのは赤い筒。車に備え付けられていた発煙筒だ。
「頼む、気づいてくれ」
赤い光が煙と共に噴き出した。煙で視界をふさがぬよう、10メートル程度離れた場所へ投げ捨てる。
状況は変わらない、目の前には遥か格上の不死者。身体強化と魔法火力を合わせて使うダンが敵わなかった時点で、俺の勝機は無いに等しい。
「RVol」
「――俺が言い出したことだ。やってやるさ」
ダンの案じる表情をあえて無視する。
馬上で大剣がそそり立った。
戦術も、フェイントも無い、力で押し斬る堂々とした一撃。
「(縦に真一文字!)」
受けきってやる! 武器に魔力を込めろ!! 死ぬ気で込めろっっ。
じゃなきゃ死ぬ!!
猛将が大剣を振り下ろす前に、総鉄製大型警棒の端を両手でつかみ頭上で掲げる。
一瞬の静止を経て、破裂音と共に剣が警棒へめり込んだ。
「ガッ!?」
互いが武器に注いだ魔力の、量と密度が勝敗を分ける。
つまり俺の完全な劣勢。
「お、オオォォォッッ」
魔力同士の衝突と摩擦が火花のように激しく散る。
剣が、俺の持つ鉄柱を徐々に裁断していく。
「――しち、ろ、く――にげ」
後ろから声が聞こえるが、意識を裂く余裕がない。限界以上に体内魔力を絞り出すせいで耳鳴りがひどい。
皮一枚の距離に迫る死。
体中の血管がはち切れそうだ。
「(まただ。また、死地が目の前に! 俺達がなにをしたっていうんだ!? こんな理不尽に、理由もなく――)」
手の皮膚が破れ肉が削れる。溢れる血は生き物のように、握る武器と腕を這いまわる。
「仲間を死なせて、たまるかああああああ」
魔力と血が混ざりあい、黒く染まった“力”そのものが大剣をはじき返す!
――ォ、ォ
押し返した一振りが、爆発にも似た音を生む。よろめく馬上の不死将軍は、馬を手繰り数歩下がった。
「あ、が」
両腕に重くのしかかる激痛。
「(重い! 腕が鉛に変わったような)」
視線を腕に向け愕然とする。黒いのだ。禍々しく黒が脈打ち、皮膚が削ぎ落ちたかのように筋繊維が露わとなっている。
その黒は体の外へと垂れ流され、粘つくように重警棒にまとわりつく。
―― ……。
不死者の将が無言のままに拳を突き出す。そうすると炎を纏う死馬の足元から、黒土が舞い上がり兵士が2体還り立った。
ただの不死兵ではない。いつか苦戦を強いられた、技量と強度が一段上の、騎士階級じみた上位兵である。
将の鼓舞を受け、2体は加速し矢のように。
「っ、が、アア」
重鉄と化した両腕を必死に振り上げる。
するとどうだろうか。手に握られた鉄柱が、信じられない速度で風を切る。
肉体の力だけで衝撃波が放てるのを初めて知った。
風圧に巻き込まれるように上位兵2体は四散。崩れゆく白骨の塵だけを残す。
「なんだこれ」
場違いに気の抜けた声が出る。過去経験のない身体強化の感覚に戸惑いが大きい。
だが悠長にはしてられない。まだ最強格の不死者が残っている。
その時、背後から矢が飛んできた。
「!」
「七郎くんっ、後ろがもう――不死者の兵がすぐ近くに! 矢でけん制されて、もうどうにも」
「……Gu,u」
前後の瞬時突破は不可能。
いや……前の将軍1人なら、俺だけで足止めすれば子供達、それに愛魚とダンは逃げられるかもしれないっ。
僅かな期待を胸に、覚悟を決めて前方を見れば予想外の光景。
馬上の将はこちらではなく、自身の後方に首を向けていた。
闇の奥から、地響きに似た声がする。
「ああ……きて、くれたのか」
助けを求めたところで、彼らが此処に来てくれる保障なんて無かった。……誰が見ず知らずの人間を2度も助けるかと、見捨てられても仕方がないのにっ。
「! 発煙筒の光っ」
「OoooOLooooOOO!!」
獣牙種に交じり、虎郎の声もする。発煙筒の光が、鉄工所に届いたのだ。