不屈の怨嗟(1)
黒土が風もないのに渦を巻く。魔力と恨みが粒子となって、骨が、鎧が、剣が、無から形を成していく。
終わりを否定する慟哭。捧げた忠誠へ与えられた末路。骨が地へ立ち還る乾いた音は、彼等なりの叫びなのだ。
俺達は自らが生きる為、彼らの悲鳴には耳を貸すことはできない。
「運転変わって」
「わ、わかったぁ」
怯えながら男の子が譲る席へ乗り込む。ハンドルを握り、見据えるのは正面。
不死者達も、ゆっくりと頭蓋を上げこちらを見定めている。
どん、と車の天井から音がした。愛魚が車の上に乗ったのだ。弓と緊張感が引き絞られていく。
「HOOGloooO;;;:ajvvvabeeDDOo【ZGuuucel】!」
開戦の火蓋は、ダンの魔法攻撃。土が3本の硬質の杭へと変わり、足元から戦列を崩す。
「OOOLoooOO」
勢いのまま、山のような筋肉が疾走する。重さを感じさせない移動だ、単純な肉体強化だけで出来る動きではない気がする。
彼が扱うのは実直な槍。飾り気は無いが、振るわれれば威力は抜群。なにせ人間が持つ槍より2周り程太く大きい。
その体躯に見合った武器であった。助けてくれた獣牙種の戦士達は槍を持つ者が多い。
空飛ぶ”騎士蜂”相手には苦戦していたが、同じ土俵でならここまで猛然と戦えるのか!
槍のひと薙ぎで白骨の兵が数人吹き飛んでいる。
「行くぞっ。ダンが戦列に空けた亀裂を抜ける!」
「にいちゃん、運転できるのっ?」
「免許持ってない」
「ええええええええええ!?」
「お揃いだね……(暗黒微笑)」
アクセルべた踏みで加速。屋根からの援護もあり、不死者らの槍衾につかまらず突破することが出来た。
跳ね飛ばした不死兵の骨がバラバラと散らかる。
幸いなことに不死兵らの足は速くない、車はドンドン追う兵を引き離した。
「GLUuu」
「すごかった! ダンが居なければどうなってたかっ。また助けられた」
「魔法も見たことない魔法で! ……獣牙種のヒトはみんな強いんですね!」
俺と愛魚は興奮を隠せない。車と並走していたダンは、言葉は通じていないはずだがどこか照れくさそう。
「一度停めるっ。トランクを開けて、そうすればダンも乗れる」
「うん!」
愛魚が上開きのトランクを開ける。意図を読み取ったダンは、開いたトランクのドアが邪魔だったのだろう、素手で折り外し乗り込んだ。
「うわぁ……いのししのオバケ」
「こわいぃ」
「ダイジョブだよ、見てただろ。助けてくれたミカタなんだ」
年長の男の子のおかげで、車内にさほど混乱はない。
「(勇気のある子だなぁ)」
身体強化があるだろうとはいえ、ずっと車のスピードについてくるのは、ダンにとってつらいはずだ。
これで鉄工所まで最短距離で突っ切れる。ダンと愛魚の援護があれば、小鬼の群れも突破できるだろう。
「……んん?」
そろそろ小鬼を多く見た場所まで差し掛かろうとした頃、前方に異変を感じた。
車を止めるもライトは破損し、遠くを照らすことが出来ない。
よく目を凝らせば、積みあがっていたのは小鬼の死体。
死体の山の向こうから、一頭の馬が飛び出した。唯の馬ではない、骨に青白い炎を纏った魔物の馬だ。
その骸骨馬に、猛々しい鎧が跨っている。兜には角を模した飾り、胴当や足甲も先の不死兵とは比べ物にならない堅牢さがある。
肩にはかつて威光を示したであろう、穴だらけのマントが翻る。
「不死者の……将軍」
騎士ではなく、その威圧感から自然に“将軍“と呼んでしまう。それだけの威圧感があるのだ、あの馬上の怪物には。
兜の隙間から、猛獣のような眼が光る。
「あれは本当に魔物……不死者なの? ――生きてるヒトじゃなくて?」
あまりに強い意志が込められた視線、愛魚が根本的な疑問を投げる。
だが感じる、アレが吐き出す魔力は間違いなく不死者のソレ。この距離で、可視化できるほどの強力な魔力。
何より、あの怪物が纏う瘴気と表現できるような暗い魔力は、遠く後ろから迫る不死兵と同じモノなのだ。
「間違いなく、不死兵とは別格の存在だ」
小鬼を殺したのは、俺達の味方だから――?。
――HiAAAaaaaaaaaaa!!
肉なき巨馬の嘶き、掲げられる大剣。
「なわけないよなあああっっ」
期待は当然裏切られた。
掲げる大剣が振り下ろされると、込められた魔力が飛沫となり道路を割った。コンクリートを砕く斬撃が、激流となって眼前に迫る。
「GUu」
同時に奏でられたのは巨躯による舞踏。
槍の石突と大きな足が、重厚なリズムで大地を叩く。
「LIGARudeA‘YuKuWDeeeeNNn:::BAnGaNdO【OVuuZeGoOOoN】!」
溶けた石で押し固められた大地、その一帯が面で隆起した。分厚い地層の盾が何枚も重なり、致死の激流を押しとどめる。
勢いに押され、砕け飛び散る石くれがダンを襲った。傷を負い、流血が滴る。
「魔法、じゃない? ……魔力を、放出しただけ?」
「七郎くん! 後ろから骸骨の兵隊! ――なんだか様子が……! 速度が上がってる!?」
焦る声に振り向くと不死兵団が迫っていた。先程とは明らかに様子が違う。
戦列を成す白骨の眼窩には、もはや寒々しい虚ろは無く、異様な熱が籠っている
固く大地を駆け、一糸乱れぬ突撃陣形。見た目は同じでも、発する空気は別物だ。
「アイツだ……!」
――オオ、ォォオオオオ
馬上の将は、まるで慟哭するように夜空に呻いた。覗く喉は、乾ききった木乃伊のよう。
あの“将軍”が、不死者の兵を勢いづけてる。
死んだ魂に、狂うような火を熾しているんだ!
「逃げられない……追いつかれる」