鉄工所
突如現れた救世主は牙を生やした獣人で、見たことのない魔獣の背に乗っていた。
大槍で巨大蜂を2つに裂いたのだ。途轍もない膂力である。
「JoOLo?DuUU:::Roo(無事か?誇りある戦士よ)」
何を言っているのかわからない。いかつい牙と針金のような獣毛に目がいくが、その瞳には確かな知性を感じる。
「この人達は味方っ、大丈夫だよ」
「?」
傷が痛む。混沌とした状況で、少女真理愛の言葉は真偽の判断がつきかねた。
「ヒト……なのか? いや、これがもしかして、オーク?」
「考えるのは後だわよ璃音! ともかく味方なら生き残るチャンスが出来たってコト」
「そ、そうだね。七郎っ、立てるかい!? 」
璃音の声に励まされ、何とか立ち上がる。今度の傷は切り口が大きいのか、先だっての矢傷のようには治らない。
「でも、どこに逃げるの璃音くん」
蜂共の襲撃は続く。虎郎や鋼城、突如現れた獣人達も抵抗を続けている。
「この市に来た時、市街地の真ん中に大きな工場があった。建物もしっかりしていたようだし、そこに賭けよう。空から襲われない場所への退避が先決っ。走るんだ!」
「ほら踏ん張りなさいな七郎! 死んだら承知しないわよ!? 獣人さん達もっっ、ホラ!」
「ぐ、う」
「! ――Nuu::Ru」
魔導隊、生き残りの兵士、真理愛達を乗せたジープが1台、そして獣牙種族の一団が同じ方向に走り出す。
方角は璃音の記憶頼り。様相の変わった市街から、記憶にある建物を見つけて進む。
虎郎に支えられ必死に走っているのに、いつまでも付いて回る不快な羽音。
激しい息遣いのなか、聞いたことのない魔法詠唱と騎獣の足音が妙に鮮明に聞こえた。
「アレだ!」
もう工場は目の前。重苦しい鉄のゲートと頑丈そうな壁が見える。
――誰か来たぞ
――コッチだはやくっ
どうやら先客がいたようだ。市街の住人と思しき男の誘導でゲートを潜る。
そのまま屋根のある工場の中へ。
獣人達の引く、人が乗った荷車も含め逃げ込むと、蜂共は追ってこなかった。踵を返して飛び去って行く。
編隊を組み飛び去っていく中で、羽が青く輝く蜂が最後までホバリングしていた。
俺達を最初に襲ったヤツ……その複眼には無機質でない、なにか感情のようなモノを感じる。
しかし青羽も最後には、火災が照らす赤い闇夜に消えていく。
「諦めた、ようね……」
「HLoooohu」
「なんて言ってるか分からないけど、ホントに助かったわ。ありがと……」
何と呼べばいいのか。
困り顔の虎郎の仕草から察したのか、獣人達の先頭の人物は胸をひとつ叩き低い声を発する。
「SEGIN:::.HRuuEeGda-Guuuu SEGIN」
よく響いて、人を安心させるような声。
「みんな、ごめ――」
「っ! 七郎ッッ」
体力の限界を迎えた俺は、そこで立っていられなくなる。硬い地面の感触を最後に、意識はフェードアウトしていった。
・
・
・
目を覚ましたのは薄暗い部屋。蠟燭の火が辛うじて、床と壁の区別をつける。
「ここどこっっ、いっだ!!」
いつかの検査入院を思い出す目覚め。
だがここは病院ではない。埃っぽい臭い、痛みの発生源は包帯が巻かれた背中であった。
触れれば血の赤が手に移る。
「(そうか、蜂に襲われて……それから……アレは、獣人?)」
助けてくれたと記憶している獣人達、彼らの姿はニーナ教官から学んだ獣牙種族の特徴に合致してる。
彼らは異世界の、エイン=ガガンという獣人の国に住んでいると聞いた。
どうしてこの街に、あんな大勢でいたんだ?
「あら、目が覚めたっ? でもまだ寝てなさいな、すごい血流してたんだから」
「虎郎」
部屋のドアが開き顔を見せたのは、ランプを片手に持った虎郎であった。ランプはホームセンターでよく売っている電池で光るもの。かなり明るい。
「他のみんなは?」
「この工場……っていうか鉄工所ね。真ん中の作業広間っていえばいいのかしら? とにかくでっかい機材が並んだ広い場所にみんな集まってる。オークの人達と、先に避難してきてた市民の人達もだいたいそこで休んでるわ」
逢禍暮市の……市民……。
「……う」
不死者の軍勢に襲われながら助けた人々。彼らはトラックと共に地面に叩きつけられ、死んだ。
一緒に生き残った陸軍の人達も、大勢が。
丘の上で託された陸軍将校の死に際の願い、……それは全く果たせていない。
彼らは無慈悲に、時に弄ばれるように死んでしまったのだ。何もできなかった、ただ翻弄されるばかりで……。
「なに考えてるか知らないけど、責任なんてないわよ」
「……心でも読めるの?」
「顔に書いてあるのよワカリやすい。むしろなにも出来なかったのはワタシの方ね。七郎はよくやった。でもそれで死にかけてたらどうするのヨ。あんたが守った真理愛ちゃんって子、泣いてたわよ」
「あの子は無事だったか……よかった。それにこんな状況じゃ、泣かない方がおかしいだろう」
「怖くてじゃない、七郎を心配して泣いてたのよ。それ以外だとあの子、しっかりしすぎてて心配になるのよねぇ。なんだか不思議な女の子……途中、というか最初からおかしなことを口走って。……先のことがわかるみたいな……?」
それは俺も気になっていた。所々であの子は俺達に危険を知らせたり、逃げる方向を教えたりと不可解に感じることがあったのは確か。
そして真理愛の言葉は、例外なく真実であった。
「……まあ、いま考えてもしかたないか。みんなの所にいこう」
「だめよ、寝てなきゃ。傷の治りはおかしいぐらいに速いけど、血は止まりきってないんでしょ」
「どっちみち、いつ襲われるかと思うと休めない。これからどうするかを、話さなきゃならないし」
「……無理しないでよ?」
虎郎の案内に従い部屋を出る。廊下も、他の部屋も灯りはついていない。電気が通っていないのだろうから、当然であるが。
少し歩けば、大勢の人の気配を感じる。
突き当りを曲がり廊下が続くが、その床には怯え切った人々が座り込む。そこにもいくつか市販のランプが置かれていた。
家から逃げ出した着の身着のまま、荷物を抱えている人もいる。虎郎と俺にはあまり目を向けず、不安げに携帯電話を触る人も多い。
‘ちら‘と見たが、携帯電話のほとんどは電源がついていないようである。すべて魔力により干渉を受けたに違いない。
「みんな取りあえずは此処に避難してる。けが人は別の所で手当て中……避難者に看護師の人が何人かいてお願いしてるけど、道具が無いのよね。包帯も消毒も、薬も足りないみたい」
奥に進めば、さらに人の気配が濃くなる。
小さなパニック、うめき声、泣く子供を窘める大人も不安げだ。
突如開けた空間には、人が溢れかえっていた。多くが床や階段に座り込んでいる。
「七郎っ目が覚めたかっ……、ま、まあ、あれで死ぬような鍛え方はしてないよね」
「よ、よかった。心配したよ」
璃音と愛魚もこの広間に居たらしく合流することが出来た。声を聞くと安心して力が抜ける。
だが1人足りない。
「……? 鋼城は? まさかなにか――」
「ああいや、彼はほら」
璃音が目配せする先には、シクルナに泣きつかれる鋼城。彼女もさぞ恐ろしかったであろう、先々で人が死んでいくのだから。
「あの子も、あんな年齢でかわいそうに」
「まだ終わってないよ虎郎。速やかに状況への対処を考えるべきだ。……まず差し当たって――」
「HUOo::..::ooUh?;;」
明らかに毛色の違う一団が、人々に距離を置かれながら寄り添い合う。
いや毛色というより、毛皮か。
そう、俺達を救った獣牙種の一団。その1人が、片手の拳と片手の平を叩き合わせながら俺達の前に立つ。