炎の道を征く
丘を下り市街を目指す。舗装された道は、空が夜に変った際の揺れによるひび割れが目立った。
夜道でも進む方向には迷わない。街に燃える、炎の赤を目指せばいいのだから。
「ハァッ!」
――GYAンッ
握る警棒で打ち払った魔物はこれで何体目だろう?
大まかには2種類、魔犬と小鬼だ。そのほか名も知らない雑多な魔物が混じる。
「見えてきた。市街の入り口だ」
「……ひどい」
先頭車両から璃音と愛魚の声が聞こえる。
璃音の言葉通り、アスファルトの道路が伸びる先には建物のシルエット。
そこかしこで燃える火事の炎が、市街崩壊の在り様を照らし出す。
崩れた壁、隆起した地面に呑まれた道。割れたガラスや建物の破片が至る所に散乱する。
“ガコン!”
「きゃあっ」
負傷者と怯える少女らを乗せたトラックが瓦礫に乗り上げる。聞こえた悲鳴はシクルナのものだろう……揺れに驚いたのだ。
荷台からシクルナが顔を覗かせる。
「なに?……怖いところから逃げれたの……街?」
「顔を出さないで、奥に隠れて」
俺は少女が、見なくてもいいものを見ないように声を掛ける。視線を遮るためにわざと彼女の眼前へ。
「なによ、あなた誰? カツヤと同じ鎧を着たって、私あなたの言う事なんて聞かない」
「いいから」
「……ふん! 私の機嫌を損ねるなんて、あとで覚えてなさい。お父様に言えばアナタにマドウタイを辞めさせるなんて簡単なんだからっ」
不機嫌に荷台の奥へ戻るシクルナ。しかし荷台に同乗する負傷兵の傍は駆け足ですり抜け、付き人ロームモンドの影へ隠れる。
気丈に振る舞うが彼女はまだ幼い。怖いのは当然だ。なおさら瓦礫に潰された死体を見せなくてよかったと安堵する。
流れ出している血はまだ乾いていない。
「瓦礫はどかしたから、進んで」
運転手に伝えればトラックは問題なく動き出す。
幸運な事に街火災の勢いは強くない。所々延焼しているが市街全体に広がることは無いように思う。
火災の傍を通り過ぎれば、人工の光を失った街並みが続く。どこもかしこも崩れたり、そうかと思えば妙に自然な草原の広がる土地もあった。
不自然な立地である。
「……あっ! 人が沢山集まってる、きっとこの街の人だよっ」
――た、助けてくれ
――救助か? よかった、コッチに怪我人がいるんだ
周辺を警戒していた愛魚が前方に人だかりを発見した。
無事だった付近の住民が外に出て集まっているようだった。動く軍車両を見つけた人々は安堵の表情を浮かべ近づいてくる。
「……相当の人数が巻き込まれているわよねヤッパリ」
「あの人達もどれだけ不安だったことか……とにかく助けよう」
不意に鼻をつく饐えた臭い――。
「……?」
虎郎と鋼城が避難してくる市街住人の話を聞く最中、俺は妙な気配を感じていた。
微弱な空気の流れが何処か不快な臭いを運ぶ。方向は……助けを求めてきた住人らが集まっていたほうだ。
救助が来たと思い、此方に歩いてくる人々。その奥、距離が離れた場所に目を凝らす。
無意識のうちに先頭ジープの前まで歩いていた。
「どうしたの? 七郎君」
「……なにか……来る」
俺の目線を追い愛魚が同じ方向を見て――息を呑んだ。
俺の目で見え始めたのは人垣。無数の人影が闇の中浮かび上がってくる。
徐々に聞こえてきた音は不可思議なモノ。なんというか……硬質な物がぶつかったり、擦れるような音が聞こえる。
「え……え、え? なに、あれ」
「? ボクの目じゃ見えないな……なんだか魔力が霧がかったみたいに視界を邪魔して……まさか、すごい人数の避難者がいるのかい? まいったな、ボクらに大勢を救助する余裕は――」
「ちがう――ちがうよアレ! 生きてる人じゃない! アレはっ」
愛魚の取り乱す様子は、俺が視界に捉え始めた光景が現実であると信じるには充分。
空虚、あるいは腐敗の残る頭蓋が、歩む一足で揺れ躍る。
かつて肉体を守った鉄鎧は、骨に吊り下げ引きづるように。
血と温もりを失った、故に生者への慈悲も無い。悲しく迷う不死者の戦列。
「っ、逃げろ!」
――え? お˝ッ!?
傷口を押さえ歩く避難者の腹から、刃こぼれのひどい剣が生える。
噴き出す血と掠れた悲鳴、それが獲物の逃げ惑う合図になった。
「不死者だ!! 怪我人を早くトラックへ! 」