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市街地へ逃げる


 トラックのライトが、夜闇に兵士の影と死んだ魔犬を浮き彫りにする。

 こちらのジープに気付き陸軍兵士が1人駆け寄ってきた。


 ――無事だったか

 ――ああ、なんとか


 兵士は運転手の無事を喜ぶ。


 「ようやく合流できたわね。悪いんだけど陸軍の指揮官のとこに案内してくれる? 急いで逃げる相談をしたいのよ」


 ――……。


 「……どうしたの?」


 ――こちらです


 虎郎を案内する男の顔色を見て、嫌な予感がしてきた。

 周辺警戒を愛魚(まな)に頼み、俺も虎郎の後に続く。見えたのはエンジンが掛からなくなった軍トラック。

 中を見れば怪我人で(あふ)れている。救急テントの代わりとして使われており、さながら野戦病院のようであった。

 ランタンの(とぼ)しい光で、救護兵が負傷者の止血を行っている。


 ――大尉の容体は……

 ――……いや……


 血の臭い。外から聞こえる銃声。

 そんな外からの情報が一瞬無くなるほどの衝撃を受ける。

 一番奥で横たわる人物の状況は、悲惨なものであった。


 「……ぅ」


 「これは……」

 「すごい怪我じゃない!?」


 頭部と上半身に巻かれる包帯には大きく血が滲み、何より片腕を無くしている。

濃密に感じる死の気配。痛み止めのせいだろうか、意識は朦朧としているようだ。

 これでは今後について話し合うどころではない。


 「……軍っていうのは、こういう場合指揮権を移すものなんだろう? 今、一番上の階級の方は?」


 無論、目の前の重傷者を除いてだ。

 俺の質問に案内をしてくれた兵士が答える。


 ――それが……現場指揮を執っている軍曹も手いっぱいで……

   軍曹を含め、大尉以外でこういった現場を経験した者はいません

   我々は軍学校を卒業した者ばかりなのです


 「嘘だろう? そんな事あるわけ」


 確かに逢禍暮(おうまがくれ)()に来る時、陸軍の人間に若い人が多いと感じてはいたが。

 

 さらに話を聞けば、今回の魔力異常調査任務は、陸軍の若い人間に経験を積ませる意味合いが含まれていたらしい。

 魔物の目撃例が無い逢禍暮市で、戦闘など起ころうはずがないといった軍上層部の判断のようだ。

 多少のバケモノは魔導隊に任せればいいと、有難いお言葉を()えて。

 最後まで編成のリスクを上に説いていたのが、重症の大尉だったと。


 「はー……。要はアタシら魔導隊をアテにしてたってこと。嬉しくなっちゃうわネ」


 「誰か……い、いるか……?」


 ――大尉っ


 横たわった人物から声が掛かる。息も絶え絶えだが、よく通る低い声だ。


 「君たちが、魔導隊の…………頼む。私の部下たちを……助けてくれ。彼らは、何も知らず此処に来て……。ま、まだ若いんだ――ぐっっ」


 最後の力を振り絞るように部下達を案じる。虎郎は自然と彼の手を握っていた。

 俺は膝を着き、彼の言葉を聞き逃さないよう血の臭いが濃く香る距離まで近づく。


 「は、は……そういえば、君達も……若いんだった、な。俺の息子と……同じぐらい――すまな、い。ぁ……―、―」


 大尉と呼ばれた彼は、そこで呼吸を止めた。

 最後に誰かの名前を呼んで。

 嫌でもわかる。それは彼の帰りを待っていた家族の名だ。


 「…………ふ、ぅぅぅ」


 虎郎も、案内の兵士も無言。

 そんな中、俺はひとり熱い息を吐く。


 吐き出したのは怒り。暗い惨劇のなか死を幾度も目の当たりにし、突然湧き上がった理不尽への怒りだ。

 握る拳が静かに震える。


 「これ以上っ……死なせてたまるかっ。俺達で何とかするしかない」

 「……そうね。やってやろうじゃない」


 虎郎も俺と同じ、恐怖を棄てた瞳。


 俺はすぐに立ち上がり、戦闘音の続く外に出た。

 向かったのは兵士の人らが防衛するエンジンが掛かったトラックの荷台。


 「話は出来たかい七郎」


 トラックの傍に居た璃音とも合流する。璃音は俺の顔を見るなり状況を察したようで、苦く顔を歪めた。

 トラックの荷台に乗れば、耳に入るのは少女の怖がる声。


 「いやっ! いやいやっ! こわいっ。カツヤ何とかしてよ!」

 「兵士の人達が守ってくれてるから、こわい魔物はここまで来ないよシクルナちゃん」

 「シクルナ様、大丈夫です。このロームモンドも命に代えてお守り致します」


 此処は本部というより、シクルナ達の避難所となっていた。鋼城とロームモンド・ミケルセン、それに保護した少女真理愛とその保護者女性が恐怖に耐える。


 「鋼城、来てほしい。この場所から移動したいんだ、手を貸してくれ」


 「あ、ああ」


 「やだぁぁぁっどこに行くの!? 守ってよっ此処にいて!」

 「カツヤ様、ワタクシめからもどうかお願いします。あなたにはシクルナ様を守っていただきたく……」


 「いやダメだね。この状況を突破するには鋼城にも働いてもらわないといけない。君達は陸軍兵士が守ってくれる。……いったん失礼するよ」


 璃音が鋼城を連れトラックの荷台から降りようとする。しかしシクルナが鋼城の足を掴んだ。


 「なに言ってるのよ、私死ぬのはイヤよ! ここにカツヤが居てくれないと死んじゃうっ。だから――」


 「行かせないとダメ。ここに居たままだと死んじゃうから、逃げなくちゃ」


 唐突にシクルナとは別の少女の声。

 座っていた真理愛(まりあ)が、妙に確信めいた言葉を発する。


 「な、なによ。そんなことわからないじゃないっ」

 「みた……見たの……黒い鎧の人たちは全員揃って戦わないとダメ」


 見た? なんのことだろうか。

 だがどうしてか、真理愛という少女の言葉にはハッキリとした危機感が(こも)っている。

 

 その唯ごとで無い空気にシクルナは固まり、鋼城から手を離す。

 

 「ごめん。どうしても振り払えなくて」

 「しょうがないんじゃない? あの子が怖がるのも当然よ、こんな状況だもの」

 「……とにかく移動の準備だ。使える無線を貸してもらって……それと動く車両の数を確認しよう」


 真理愛の言葉も気になるが、最優先は魔物が湧き続けるこの場所からの離脱。

 まずは移動の足を――。


 「もう調べたよ。あのトラックが1台。ジープは僕らが乗ったモノを含めて2台だ。うち1台には軽機関銃が積んである」


 流石(さすが)……頭の回転が速い璃音は、すでに必要な情報を得ていたらしい。

 

 逢禍暮市に到着した車両はトラック型が3台、ジープ型が8台であった。3分の2以上が魔力干渉のせいで故障したことになる。

 どちらにせよ、ある物を最大限使うしかない。


 「……陸軍兵士の方々には、全員車両に乗って射撃に(てっ)してもらおう。車の速度に追いつける俺と虎郎、鋼城が周りに張り付いて守る。先頭は愛魚ちゃんと璃音が乗るジープで。後方を機関銃でガードしよう。ジープ2台でトラックを挟んで護衛する」


 「墨谷(すみたに)……でも街を見捨てて帰るのか? あそこではきっと大勢が救助を待ってるんだ。放ってはおけない」


 「ああそうか、鋼城は壁の事を知らなかったよな。今この逢禍暮市からは出られない。黒い壁が塞ぐように覆ってるんだ」


 「! なに……」


 「一旦魔物の出現が少ない方向……市街地の方へ避難する。そこで救助が可能であれば助けよう。嫌なことだけど、市街の方が()()()


 いまだ燃え続ける建物があるからだ。停電で真っ暗な市街であるが、その場所だけは煌々(こうこう)と光っている。


 「兵隊さんに話してくるわっ」

 「ボクも行く。さっき無線を使っている人を見た。貸してもらおう。愛魚にも事情を話さないとだしね」


 各自が動き始め、この場所からの撤退準備が進む。

 兵士と愛魚が新しく向かって来る魔物を牽制する間、俺は負傷者をトラックへ。

 

 「……すみません」


 事切れた人々の体は乗せることが出来なかった。

 トラックとジープは真理愛らと、生き残った二十余名の兵士で満員。兵士の1人が認識証の回収だけ行う。


 ライフルを撃ちながら、最後の兵士がトラックに飛び乗る。

 準備が整った。


 「虎郎(ころう)鋼城(こうじょう)……一緒に頼むよ」

 「まかせてっ。トラックには指一本触れさせないわ」

 「やろう! これ以上魔物の好きにさせない」


 ――行くぞ! 市街地だなっ


 「はいっお願いします」

 「出してくれ」


 愛魚(まな)璃音(りおん)が乗る先頭のジープが発進。俺は加速する車両に並走して、襲い来る魔物を打ち払っていった。

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