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悪意の端


 愛魚(まな)の話を聞き、璃音(りおん)と“見えない壁”とやらを確認しに行こうとしていた矢先。

 泣き声交じりの幼い声が聞こえた。

 孤児院から走ってきたという真理愛(まりあ)の声では無い。真理愛とその保護者の女性は、軍に一時保護されている。

 この闇夜のなか孤児院まで返すのは危険である為だ。


 見れば陸軍の人々が慌てふためく待機所の一角で、鋼城勝也(こうじょうかつや)が困った事になっている。


 「カツヤ!! どうなってるの!? 何が起こってるのよっ。怖いっ行かないでっっ」

 「シクルナちゃん……」

 「そうですカツヤ殿! シクルナ様の安全を確保しなければっ。シクルナ様はノルン神教の司教様の血を引く(とうと)いお方。傷が付くなどあってはならない! あなたに護衛を依頼したいっ」


 鋼城に(なつ)いていたシクルナ・サタナクロンが必死に鋼城を引き留めていた。

 シクルナの同伴者であるロームモンド・ミケルセンも同じ意見らしい。


 俺の隣でその光景を見ていた璃音は、ため息交じりに声を掛ける。一刻も早く軍車両の事故現場へ向かいたいのだろう。


 「いいんじゃないか鋼城。ボク達は現場を見て、怪我人を運びながらすぐ戻る。それまでこの()達と一緒に居てあげれば。彼女の言う通りにして、落ち着かせたほうがいい」

 

 「……しかし……」


 歯がゆそうに璃音の言葉を聞く鋼城。

 俺もいまの璃音の提案には賛同できないところがある。


 「でもな……今の状況じゃ何があるか分からない。虎郎も軍と行動してるとはいえ、ひとりじゃ心配だ。そっちにまわってもらった方が……」


 虎郎は街に降りたい気持ちを押さえながら、陸軍の周辺調査に同行している。魔法由来の危険に魔導隊が駆り出されるのは当然だが……心配である。


 「いいや、この拠点の安全確保も大事さ。シクルナだけじゃなくて、さっきの……真理愛とか言ったっけ? ……あの娘達も保護してるんだから、身体強化で動けるボク達の誰かが残ったほうがいいよ」


 ……それも、そうだが……。


 「う、ん。ごめん……そうさせてもらう」


 しぶしぶといった表情で鋼城が頷く。


 「! カツヤっ、残ってくれるの! ふ、ふふっ、そうよね、当然だわ」


 戸惑いから一転、シクルナの顔に余裕が戻る。

 

 まあ鋼城が納得してくれたのなら良しとするか。

 しかしこの少女、安心したのは理解(わか)るが変わり身が早すぎるのではないか?


 「行こう七郎。陸軍の人間が現場確認ついでに乗せてくれるそうだ」

 「じゃあ行ってくるね勝也くん」


 璃音は一足先に無事だった大型ジープの後部座席に乗る。愛魚は後部座席後ろの荷台のような場所に立っていた。

 多少危険であるが、彼女の弓術の腕を生かすにはあの立ち位置がベストだろう。


 「よし、向かおう」


 俺も後部座席に乗り込み車両は動き出す。

 道路に出れば、既に車両事故の火が遠くに見える。


 「それで? 愛魚はぶつかった瞬間を見てたのかい?」

 「う、うん。車の動きを目で追ってたら、突然道路の真ん中で壁みたいのに当って停まったの。よく見たら事故より向こうの景色がぜんぜん見えなくて……」


 感覚器の強化は璃音の得意とするところで、彼は強い魔力なら視覚情報として視ることも出来る。

 しかし単純な視力であれば、愛魚は魔導隊の中ではズバ抜けている。弓術を扱う彼女は、魔力による視力強化を以て100メートル先の敵を射抜くのだ。


 先ほど俺達がいた丘から事故現場までは道路で200メートル足らず。愛魚にとっては視界の範囲らしい。


 「事故車両に乗っていた者達は大丈夫でしょうか……」


 俺達の乗る車両の運転手が心配そうに呟く。彼も軍人であるが、危機に在る同輩を心から案じる気持ちが伝わってきた。


 「あ、はいっ、車の近くで動いているのが見えます。そこまで大きなケガは無いと思います」

 「そ、そうですか。良かった……あ、いや、感謝致します鷲弦(わしづる)魔導隊員殿っ」


 運転する軍人は態度を改め背筋を伸ばす。

 この場でも規律を重んじる態度に、彼の生真面目さが伺えた。取り繕うには手遅れな気もするが。


 話すうちに事故現場に到着。

 車両はスピードを落とし、停車すると同時に俺達は怪我人の元に駆け寄った。


 「ケガは?」

 「ああ、す、すまない。ハンドルに胸を打って痛むが、たぶん折れていない」


 俺の問いかけに腰を下ろしていた軍人のひとりが気丈に答える。

 肋骨は折れていないと言うが……心配だ。ヒビくらいなら入っているかもしれない。


 怪我人である軍人2人は、そのまま運転手に応急手当を受ける。


 「来てくれ七郎」


 声に従い璃音の元に行くと、彼は前方の空間を指さしていた。


 「なに?」

 

 俺も目の前の暗い空間に手を伸ばす。すると手は何かに触れた。

 固いのに、形容しがたい感触……、そして突如腕に感じる違和感!

 

 「()っ――!?」


 慌てて手を引いて、指があるかを確かめる。


 「(溶けた!? いやそんなワケ無い。指はちゃんとある、傷も無い)」


 「感じたかい? 妙な感触を……確かにこれは壁だ。先が全く見えない。」


 「壁が……行く手を阻んでいる」


 「見るにこの壁はずっと横に広がって、円を描いているんだと思う。測量も出来ないから確証は持てないけど」


 「円?」


 「一周して囲んでるんだよ。範囲は……まあ、見ての通り夜になった土地の面積分ってところじゃないかな」


 「そんな、じゃあここから先に出られないってこと璃音くん!?」


 「本当に俺達は閉じ込められてる……? 夜になってる範囲って……逢魔暮市(おうまがくれし)丸ごと囲んでるのか、この壁がっ?」


 壁の稜線(りょうせん)が伸びる角度で推測する璃音。

 俺が徐々に巨大な危機感を募らせていたその時。



 ――え へ ぇ



 「「!?」」

 「な、なに?」


 道路脇の暗闇から気色の悪い声がした。

 ねっとりとした笑い声。


 俺は車両から持ち出していたライトを声が聞こえた方に向ける。


 途端に肌を撫でる魔力の流れ。

 どうして今まで気づかなかった? 明らかに人間でない気配がする。


 ライトの光は闇に溶け、霧のように散っていく。視線の先にはぎょろぎょろ動く白い玉。

 血管がミミズの様に這っている。


 「目……?」


 俺の呟く声が届いたのだろうか。上から下へ、上から下へ……目玉が上下に跳ねながら近づいて来た。

 ゆっくりと全身が明らかになる。

 

 ぼろ切れを着た子供らしき姿。人間と異なるのは足が一本しか無いこと、そして顔の大部分を大きな目玉が占めていること。

 目玉の下で開く口から、並びの悪い歯が覗く。


 ――えへへぇへへへぇ穢ぇ


 一本足で飛び跳ねながら、何が楽しいのか嗤ってる。

 背が低いのは、背骨が老人の様に歪曲しているから。フックの様に曲がった体がバネのように跳ねる。


 動けないでいた。眼前の異様に気圧されて。

 子供の頃に絵本で見た妖怪、一つ目小僧。その姿を醜悪にした姿。

 そいつが発する魔力も、今まで相手にした魔犬などとは違う。


 俺の後ろで、車の(そば)に居る軍人らが息を呑んだ。


 ――()()()()()()()()


 異形の息が、突然小刻みに震える。

 小さな手には汚らしく黄ばむ爪。両(てのひら)が合わさり、爪は地面に向く。

 逆さの合掌。


 ――穢非(えひ)ぃっ


 嗤った。そいつは汚い歯並びを歪めて嗤ったのだ。

 急激な魔力の収縮が起こる。


 その矛先は、車のライトに照らされた軍人の1人へ。

 釣りあげられるように、突然彼の体が20メートルほど浮き上がる。


 「へ」


 “ぐしゃっ”


 一瞬のち、浮いた人影は首から道路に叩きつけられた。

 嫌な音を立て、人間が落下死した瞬間を見る。


 「う、うああああああああああっ」


 道路に広がる血だまり。運転手の悲鳴が木霊する。


 「ぁ、あああっ!」


 俺は頭が真っ白のまま、一直線に単眼の異形へ飛びかかっていた。


 コイツは危険だ。魔法を使った!? わからないっ。


 「(とにかくっ、逃げる為にコイツを――)」


 始めから逃走を前提にした判断。完全に矛盾した意識。

 逃げる為に戦う――、この時俺は、言語化できない本能の域で悟ったのだろう。

 このまま逃げずに戦えば、死ぬと。


 「ハァッッ!!」


 俺の拳は驚くほど呆気なく異形の体に刺さった。魔力を込めた正拳が、岩を殴ったかのような衝撃を伝えてくる。


 ――……へ、へぇ


 単眼の怪物は俺の一撃に身を任せるように、道路から離れた闇の中へ吹き飛んだ。

 

 「全員車に乗れ!! 逃げるんだっ!」


 璃音の号令で全員が車に急ぐ。俺も後に続いて後部座席に飛び込む。


 「だせだせだせっ!」

 「こ、のおおお」


 俺達を乗せた車は、運転手の急ハンドルで向きを変え加速。

 去り際に愛魚の矢が怪物の飛び去った暗中へ放たれる。


 怪物の声は聞こえない。追ってくる気配も無い。


 「なんだよアレ! あいつ死ん――殺されっ!?」

 「くそっくそっくそっ、置いてきちまったっ。まだあいつ生きてたかもしれないのにっ」


 陸軍の兵士らは激しく混乱している。

 地面に叩きつけられた彼は、明らかに頭が潰れていた。まず生きてはいないだろう。

 それでも彼の生存を祈る兵士らの心中は察するに余りある。


 「七郎っダイジョブかいっ?」

 「あ、ああ。なんだあの魔物、見たこと無い……!」


 未だに視線はバックドアガラスの先、遠くなる闇の向こうへ。

 あの目玉が追ってきていないかを見る。


 「とにかく拠点へ戻ろう。全員にこの事を――」

 「待ってっ! 止まってください!」


 制止の声に車は急ブレーキ。

 

 既に拠点は目と鼻の先なのに、どうしたんだっ。


 「どうしたんだ愛魚ちゃんっ?」

 「拠点が魔物に襲われてる!」


 落ち着いて前方に意識を向ければ、聞こえてくるのは銃声。

 事態は風雲急を告げ、ついに俺達は未曾有の災禍、その中心へと巻き込まれていたことを知るのだった。

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