激動の夜は過ぎ、海
祭りは大きな混乱無く幕を閉じた。祭事により封じる呪物は失ったままに。
地蔵堂家関係者に負傷者は居ない。
地蔵堂宅に居た楽々子の家族らは、驚いたことに件の騎士を呪物強奪の実行犯だと理解していなかったらしい。
障壁の破壊から義瑠土員の制圧までが一瞬の出来事であり、現場を見ていなかった。
その後室内に侵入した騎士のひとりに、“我々は義瑠土の関係者です、危険ですので外に出ず隠れてください“と告げられ言う通りにしていたそうだ。
その騎士らが呪物を持ち去った犯人であることを知ると、皆一様に驚いていた。
「いやぁ、あんまりにも物腰が丁寧だったもんですっかり信じちまった」
とは楽々子の祖父の談である。
また意外なことに、地蔵堂家の人々は2度目の呪物の損失について何というか……非常に楽観的だった。
義瑠土員を責めることもしない。
「そんなに欲しいヤツが居るなら、アレはもうくれてやろうと思っとる。前に盗まれたときは代々受け継いでる責任感っちゅうので義瑠土に捜索を頼んだがね。うちもあの呪物に振り回されるのは御免さ。ひどい目にもあってるしな……楽々子の代まで背負わせずに清々したくらいじゃ」
――ちゅう訳で、もう探さなくていい
出来たらこれに懲りず、また遊びに来とくれ
そう言って楽々子の祖父は笑っていた。
そんな顛末を思い出しながら、俺は静かに波打つ海を眺めている。
時刻は午前。天気は快晴。
砂浜は焼けるように熱い。あ、カニ。
此処は義瑠土が管理する保養所。オーシャンビューの、いかにもな海の別荘。
何故こんなところに居るのか。それは灯塚裕理が最近の多忙さを理由に休暇願を叩きつけた事に端を発する。
――いいかげん 長 め に、休ませてください
密売コミュニティの壊滅に一役買ったのは謹慎中であったが、それは功績面を差し引いて帳消し。むしろ評価としては大きくプラスを得ていた。
そして水竜による負傷(事実は犬神による騙し討ち)を癒す為の休養期間に今回の騒動である。
治り切らない怪我を押して襲撃者に立ち向かったが惨敗。打ち身と肋骨のヒビを追加する結果となった。
数年多忙により長期休暇を取れていなかったこともあり、裕理の要望は無事通ったのである。
保養所貸し出しのオマケつきで。
「強敵との戦いが続いた伽藍達には、今度こそゆっくりして欲しいですからねイタタ。――ちゅう……はぁジュースおいし」
裕理は背もたれを寝かせた椅子でくつろいでいた。グラスのジュースを飲むたびに傷が痛む様子。
服装も胸元の緩いラフなデザイン。いつものスーツは早々に脱ぎ捨てたらしい。
彼女の長い脚は肌を晒しているが、緩んだ胸元からは打ち身に当てる包帯が覗いていた。
外傷用回復薬液を服用したが完全回復とはいかず、痛みが残っているようだ。痛み止めを包帯の下に張り付けている。
霊園山で作った回復薬液ならあの程度の傷、一発で完治するだろうに。
まあ余計なことは言わないでおく。
「なんですか、不躾な視線は嫌われますよ」
「いや、あの騎士相手によくその程度の傷で済んだなと」
「ああそういう……分かりやすく手加減されてましたからね。万全ではなかったとはいえ、手も足も出なかったのはショックです。しかし、恐らくあれがしろ――」
裕理が何か言いかけたところで賑やかな声が遮る。
奥で着替えていた少女たちの声であった。
「この水着ちょっと子供っぽいかも……」
「そんな事無いです。似合ってて可愛いですよ伽藍ちゃん」
「そ、そう?……リンカがそう言うなら」
小柄な少女2人が纏う明るい色の水着。
伽藍は体の前面露出は少ないタイプだ。その代わり背中は大胆に肌を晒している。
リンカの水着は上下に別れ、上はキャミソールタイプで下はハイウエスト。引き締まった下腹は辛うじて隠しながらもヘソは露出している。
彼女の闇肌と水着の対比が美しい。
「お待たせしましたね」
「コッチの海は穏やかだな。魔物もいないでしょうし、いっぱい泳ぎましょうねクジャク様」
「あたしはそんなに泳ぎは得意じゃないからね」
クジャクはパレオを腰に巻いているが、片足は陽に晒していた。日焼けのない真っ白な肌である。
カルタは動きやすさ重視のビキニタイプ。落ち着いた色だが、ラコウ人の血による暗肌によって地味には感じない。
「お待たせ―♪ さっ遊ぼ遊ぼ」
「お、おお」
最後に現れた人影。スキップする彼女の装いに、俺の目線は釘付けとなる。
手足の露出は無い、何なら顔も見えない。上から下まで黒一色。
「(すごい。頭まで覆うタイプのウエットスーツだ。シュノーケルまでつけてる)」
今回も流れで同行しているまじかるフレイヤ……地蔵堂楽々子からは誰よりも海を楽しむ覚悟が伝わってきた。
「あの……ホントにそれで良かったんですか?」
「リンカっち……いや、まじかるリリダーク。ウチはね、日焼けできないんだよ。いちおうアイドルみたいなもんだし」
「はあ……」
リンカですらなんとも言えない顔になっている。
「じゃーイこうぜ海へー」
「よーしいったれー」
そうこうするうちに楽々子とカルタは海へ消える。クジャクは苦笑しながらも止めはしない。
裕理と同じ椅子に腰かけ足を組み、どこからかサングラスまで取り出していた。
「あなたは着替えないの? 墨谷七郎」
「ああ遠慮しとくよ」
「そうなんですか? ……ちょっと残念です」
「まあいいケド……ジロジロ見るのは禁止だから」
着替えるも何も、【愚か者の法衣】に水着機能は無い。
あとジロジロは見てない。
「裕理さん無理してない……? もっとゆっくり休める所の方が良かったんじゃ」
「いいのよ伽藍。たまには羽を伸ばさないと休んだ気にならないですから。唯でさえ、あんなケタ違いの敵と戦ったばかり。なおさら休息は必要です」
「結局、あの騎士と電柱の怪物ってなんだったのかな」
「――確証はないですが、目星は付いてますよ」
「え」
裕理を心配していた伽藍だが、’目星は付いてる’との言葉に表情を変える。
あの不可思議な集団に心当たりがあるというのだ。
「覚えてる伽藍? 私が呪物捜索を命じられる前に調べていた組織の事を」
「確か……“しろはた“?っていう――……まさか」
「過去10年の間で数度動きを見せた謎の集団。あの組織に名前があるのかも本当は分らない。白い旗も目的も、魔法薬素材の裏取引の記録から辛うじて読み取った情報に過ぎないの。便宜的に白旗と呼称してるだけ」
喉が渇いたのかトロピカル色のジュースをひと口。
記憶と思考を混ぜながら、裕理はさらに話を続ける。
「彼らは死者蘇生を堂々と謳い仲間を募っているわけでもない。静かに、でも確実に、彼らにとって必要な物を集めてる。あの騎士の姿も、極わずかな目撃証言が過去にあっただけ。私も実際に相対したのは初めてです」
「そんな魔法元年前のUMAみたいな」
ちなみに現在UMA(未確認生物)という単語は使われなくなって久しい。
魔物、妖怪、幽霊がリアルに闊歩する時代になったのだから。
「都市伝説レベルの話なら、魔導隊が調べる必要はない。ならなぜ、という話ですが……。これだけ情報が少ないにも関わらず、帝海都のほうで危険視してる人が居るらしいんですよ。それで私に調査の話がまわって来た……まあ地蔵堂家を襲ったあの集団が“白旗”なら、かつて無い武力行為を始めたわけですから。結果的に上の危険視は正しかったわけです」
「あんな……たぶん魔術付与だらけのスゴイ鎧、使役してた魔物の強さ。日本じゃなくて異世界の組織なんじゃ? リンカは何か知ってる?」
「すみません。その騎士の姿は遠目にしか見えなくて……柱の魔物も初めて見ました」
「そうだね、あたしもラコウじゃギルドの依頼でいろんな魔物を相手にしましたがね……アレは見た事がない。生きた魔物っていうより、ゴーレムに近いんじゃないですかねぇ」
「とにかく、あのレベルの実力者が日本で暗躍しているのなら無視できません。死者の蘇生も、法律的にも倫理的にも認められない。人の正常な世界を破壊する行為なんですから」
「ウィレミニア3国同盟でも故意の死者蘇生は固く禁じられてる。古くから根付いてるノルン神教の、運命の女神に反する行いであるし……。悪用にも事欠かないですからね。不死者で軍勢を作れば魔王種認定されて“白星級”か“星譚至天”がとんできますよ」
「彼らが誰で、死者蘇生っていう悪事を用いて何を成そうとしてるのか。いつか騎士へのリベンジと一緒に暴いてやるんだから」
正義を志し、つまり悪を憎む烈剣姫は、自身を下した騎士らへの敵意を新たにする。
その隣で裕理は尚も考え込んでいた。
「しかし分からないのは……地蔵堂家の呪物の情報がどうやって漏れたのかです。また犬神のようにリークした人物が居る? 導入したばかりだった大障壁への対応……異世界から派遣される魔法使いが到着する前のタイミング……地蔵堂家内部の構造が分かっているかのような迅速な動き……ホントに、得体の知れない……」
監視カメラの映像は残っていない。電子機器への、魔術によるなにかしらの干渉が原因だ。
裕理は騎士の姿を口頭で報告しているが、その情報が広められることは無かった。
今回の呪物強奪事件は、義瑠土や政府にとって2度目の不祥事。隠蔽を選択する理由としては十分である。
もし新聞や雑誌に騎士の絵姿が載せられ、それを霊園山の守宮竜子が見たらどんな顔をするのだろうか。
10年来の親しい修道女……彼女と出会った時に、彼女が付き従えていた騎士だと気づけば。
その時はシルヴィアが優しく記憶を改竄するだろう……問題は無いが、気づかれないに越したことは無い。
「? 七郎様。どうして砂浜を一心に掘って……ご一緒しますね」
「なにしてるの……リンカは自然にご一緒しないで」
真実とは思いもよらない場所に埋まっているものだ。
なぜか穴を掘りたくなったので砂を掘り出してるが、当然真実とやらは見つからない。
「何か出てくるといいですね七郎様」
彼女達の眼前にこそ、疑問の答えはある。しかしそれに気付く者は皆無。
「えへへへ」
想い人の隣で砂遊びに興じるリンカ、その嬉し気な笑い声が波音に紛れていく。
闇肌の少女は、想う男の隣に居れるなら何でもよかった。
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