来訪者たち(4)
墓地区画の巡回を終え、義瑠土支部に帰還した辻京弥。入口へ入るなり巨漢の背中が目に入る。
日本人にとってあまり馴染まない服装をしているが、さらに驚いたのは振り向いた巨漢の顔が原因だ。
獣のような剛毛と牙。明らかに普通の人間ではない。
彼の種族について、知識としては知っている。だが実際に目の当たりにするのは初めてだ。
世界の違う文化圏。
辻は言語が違うことを承知で、目の前の巨漢に話しかけた。なにか表情やジェスチャーで通じ合えないものかと期待して。
辻は海外旅行で、旅行先の地元人とのコミュニケーションに物おじしないタイプであった。
「ガドラン。偉大ナ勇気セギン氏族、ガドラン」
ところが言葉が通じる。会話ができる。
翻訳魔法など高度な魔術式は、辻京弥には扱えない。
京弥は目の前のオーク、ガドランの本性を理解できた気がした。
金剛のような筋肉と獣毛を持つ蛮人ではないのだ。世界の違う文化圏の言語を良く学び、優しい瞳を持てるヒトなのだということを。
「しっかしどうしたんだ? もっと中に入ろうぜ。ソファーにでも座ってさ」
「ム……すまナイ。そうしヨウ」
京弥は巨体を持つガドランの背中に、ぽん、と一度手を置き中に入るよう促した。
ガドランはこの茶髪の男に感謝する。
この場所にいる人々が自分に怯え近寄らない中、率先して話しかけてくれたのだろう。
ヒトに恐れを抱かせている自分の隣に立ち、会話ができることを見せてくれているのだ。
「(なんトありがたいことか)」
ガドランはそう思った。
「(こいつの腕……丸太みてぇな筋肉の塊だ。憧れるぜ。筋肉育てるには肉だな! 今日は肉がくいてぇ!)」
京弥は何も考えてなかった。
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ガドランが支部内にあるソファーに座り、京弥もガドランの隣にどかりと腰を下ろす。
京弥は背もたれに腕を置く自然体。細身であり、それでいて筋肉質なスタイルの良い京弥の座る姿は、なかなか様になっている。
彼は外見が悪くない。いや、かなり整っているほうだ。
ソファーに座る京弥を見て、通りかかった女性職員が一瞬彼に見惚れる。
「(いやいやいや、辻くんだよ!? 違うって!?)」
そのまま夢を覚ますように頭を振り、通り過ぎる女性。
彼のあずかり知らないところで勝手にチャンスが始まり、そして終わる。
「?」
「ドウシた?」
「いや、なんでもねぇ(なんでか分からねぇけど……ちょっと泣きたくなっただけだ。……ちょっとな!)」
目じりを指で拭う。
「で? 今日は何しに霊園山まで?」
「ヒトに会イに」
「へぇ。霊園山に知り合いが居んのか」
「知り合イ……とは、少シ、違ウ。ソレニ霊園山にいるか分からナイ」
「? ……ふぅん? 込み入った事情がありそうだな。良ければ聞かせてくれるか」
「アア、いいとモ」
ガドランいわく――
ガドランを含めた獣牙種セギン氏族の大半が10年ほど前の転移事故で、異世界である日本に飛ばされて来たらしい。
事故のなかで氏族の多くが死んだ。
「恐ろシイ出来事であリ、まだ自分ハ子供だっタ」
それでも生き残れた氏族も少なからずいる。
しかし事故に巻き込まれた氏族は10年経った今でも、元の世界に帰れていない。
ウィレミニアの中枢が、獣牙種がゲートを使用しエイン=ガガンに帰ることへ難色を示しているのだと風の噂で聞くが真偽はわからない。
ゲートの情報がエイン=ガガンに漏れることを恐れているのか、はたまたウィレミニアに獣人蔑視の風潮があるが故か。
「それデモ我らは、故郷ニ帰りたい」
この国より与えられた生活特区に、我らは暮らす。
暮らしながら、自分のように戦士として働けるものが、日本義瑠土やゲートが存在する帝海都魔法学島に赴き交渉を続けているのだ。
そんなある日、耳に挟んだ。
10年前の事件の最中、死んでしまったとばかり考えていた……皆の恩人とも言えるヒトが霊園山にいるのだと。
「ソノ報せが、真実かドウカ確かめに来たノダ」
「…………」
京弥はガドランの話に、姿勢を改め聞き入っていた。
そして考える。
「(10年前の転移事故っていえば……あの事件しかねぇ……よな)」
京弥自身もまだ子供であった時分。
およそ12年前だ。異世界とつながるゲートが開いたのは。
あのキラキラ光る流れ星を見た夜はよく覚えてる。
そして、ゲート開通から約2年後。今から10年前。
日本全土を騒がせた事件が起こる。
帝海都のゲートから、ずいぶん離れた土地で”それ”は起こった。
連日連夜、新聞やテレビも事件の話で持ち切り。
当時ガキだった俺も興味津々で……正直怖さとかより興味のほうが大きかったな。ガキだから。
被害の大きさが分かったのは、全部終わった後だ。
そもそも異世界からの転移が起こったっていう状況が分かったのも、終わった後。
あの事件の記憶は、現場の爪痕と共に大勢の記憶に焼き付いている。
「あの事件で、あんたらオークも飛ばされて来てたってのは初耳だ」
「仕方がナイ。我らが保護されたコトは広められナカったと聞ク。結果トシテ、事件についてノ謂れのナイ追及から守ラレタ」
ガデランは日本という国を恨んでいない。戦士として育った自分に出来ることを探している。
「……よしっ」
事情を聞いた京弥は心を決めた。
「手伝ってやるよ」
この目的を秘めた、大男の助けになることを。
「……イイのか?」
「何ができるかわからねぇ。でも、力になる」
京弥の決意を受けガデランは、感謝の意を込めて自身の胸を2回叩いた。
意思が伝わり京弥も笑顔で応える。
「探してるヒトの名前はわかるんだろ? 教えてくれ」
「ああ……」
ガデランは過去の記憶を噛み締める。記憶をなぞる様に遠くを見て、語った。
――かつて終わらない夜と戦った。
――闇の中、共に守り、我らを導いた五人のうちの一人。
「――――スミタニシチロウ」
来訪者はかくして集う。
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