2手先のピッケル(2)
よく見知った神聖騎士の魔力放出を力で打ち消す。
握るのは指揮棒代わりのピッケル、璃音が愛用していた得物。
殺傷力は低いが、十分に魔物の血と魔力を吸った黒鉄である。
多少の魔力攻撃にはびくともしない。
「あの電柱の怪物相手によく無事だったわね」
「……目の前の騎士の方が、その怪物より強いぞ」
「何を根拠に」
「あー、経験? ……それに君もそう感じてるんじゃないか?」
「確かに……悔しいけど伽藍1人じゃ敵わない」
「(やけに素直だな……まあいいか。指示通り‘御しやすい’烈剣姫だけ分断したな)」
表向きは救援を装いながら、内心で安堵する。
まず紅蓮の面々はこの場所に近づけたくなかった。
彼女らは生粋の異世界人、クジャクさんとリンカは魔力や術式に対し多少の知識がある。
カルタは……うん……凶暴だな。ここの状況を見られても多分ダイジョブだが、暴れられると面倒だし、うん。
とにかく――この場所にいる逆柱が実行する魔術式や、聖堂神聖騎士の情報は極力知られたくない。
「(そして単純に戦闘力が侮れない)」
侮れないが、制約や弱点もある。
クジャクさんが本気になれば逆柱数機で止められなかっただろうが、彼女が扱うのは広範囲を焼く業火の技……本領発揮は不可能だろう。
カルタやリンカは、機動力はあるが火力に欠ける。
だが信頼で結ばれた連携は思わぬ力を生むのだ。
――俺はそれをよく知っている。いや、信じている
此方の戦力分析に誤算は無いほうがいい。
そこで考えたのが銀伽藍のみの分断である。
‘御しやすい’と表現したが、銀伽藍は突破力という点ではあの場の誰よりも注意が必要であった。
成長著しい少女の剣が、機能を大幅に制限したとはいえ逆柱の体に損傷を与えたのには大いに驚いたものである。
烈剣姫と紅蓮の相互作用を無視すれば、現戦力での足止めは不可能。
だが紅蓮とは逆に、この少女には魔力を辿ったり、魔術式を解析する能力は乏しい。
「(なら伽藍だけを誘い込んで分断、勢いを削ぐ。あとは伽藍が、致命的な邪魔をしないよう近くで調整してやればいい)」
逆柱が余裕をもって対処し、犠牲者を出さない為の分断が1手目。
分断後の伽藍を監視し、同時に襲撃の指揮者である俺への疑いを逸らすのが2手目。
「璃音が聞いたら“欠陥もいいところだ”って小一時間説教してくるだろうなぁ」
「なにか言った?」
「いや何でもない」
そして2手目はまだ途中なのだ。
事前に打ち合わせのない、聖堂騎士筆頭と相対するこの状況。
この完全なアドリブに彼が乗ってくれるかどうか。
心配を他所に、騎士は動揺を微塵も見せず剣を構え直す。
長年の付き合いでわかる小さな仕草が、“仕方がない”と苦笑する空気を伝えた。
「いい? 伽藍とあなたで攻める。足は引っ張らないで」
「俺に任せて休んでてもいいよ」
「っ、ふん、誰が」
生気を取り戻した伽藍が笑う。本心では安堵と、共に戦えることへの期待が体を熱くするが口にはしなかった。
彼女の自尊心がそれを許さない。
「――」
「来る!!」
鎧の内部から膨張する魔力が弾け、炎に似た噴射光が立ち昇る。
爆発的な推進力を用い、重装騎士は破壊力を伴う斬撃を繰り出す。
超質量の鉄塊がぶつかり合うような重高音。
一振りで辺り一帯を吹き飛ばせる斬撃を、俺は黒いピッケルで受け止める。
互いの武器の衝突により、周囲を揺らす音と衝撃。
「(そういえば、彼と武器を持って競い合うのは初めてでは?)」
疑いを持たれない為にも手は抜かない。そうすると思いのほか熱くなる自分がいる。
眼前の騎士の威圧感が、鍛え上げられた剣技がそうさせるのだろう。
思わず口角が上がる。
「せやあぁっっ」
俺にとって予想外の昂りを、さらに加速させるのが銀伽藍。
完璧なタイミングで鎧騎士の横から斬りかかった。魔力が唸り、鋼が擦れ火花が散る。
霊園山の時より身体強化も、剣の鋭さも成長しているのがわかる。
まるで初代魔導隊の仲間と戦っているような感覚。
俺が騎士の圧を正面から受け止め、その隙に烈剣姫が刃を滑り込ませる。
少女は剣戟だけでなく、しなやかな体術を織り交ぜながら攻めた。
斬撃と、後に残る腰のひねりを利用した回し蹴り。跳びあがりながら頭部を狙うサマーソルト。
誰が見ても彼女は絶好調。
「らぁっ!」
「ふっ」
「―…ム」
生まれた騎士の隙に、必然同じタイミングで俺と伽藍の一撃が重なる。
鎧の奥から洩れる男の息には、驚愕の色が濃い。
「いける……いけるっ。伽藍とあなたなら倒せる」
「いやここまで」
「――は?」
上気し、笑顔さえ浮かべていた少女の顔が一瞬で曇る。
俺の言葉が当然受け入れられないのだろう。
「何を言ってるの。このまま攻めれば押し切れる! コイツを逃がすつもり!?」
少女の怒りに、指で言葉の原因を差す。
「時間切れだ」
「……?……!! そんな」
俺にとっては時間切れでなく、作戦成功の合図。
まあほんの少し、この時間が名残惜しい気持ちが生まれているので時間切れも間違いではない。
地蔵堂家の奥から、白い重装鎧がいくつも飛び出したのだ。魔力噴射で空中に留まりながら此方を見下ろす。
全員伽藍とはケタ違いの魔力を纏っていた。少女もありありとそれを感じ一転絶望の表情を浮かべる。
「あんなのが何人も……。アイツらいったい何者なの」
騎士らの放つ重圧に当てられ、伽藍の息は荒い。
だが彼らが襲い掛かってくることは無かった。
空から一瞥し、鎧の形を変え飛び去って行く白い姿。その手には厳重に封を成された入れ物が確認できる。
騎士たちの筆頭も、浮遊飛行する逆柱を連れ飛び去った。
この場所で大障壁の修復を阻害していた9機と、後方で紅蓮を足止めした4機。
電線を触手の様に泳がせながら速度を上げ、あっという間に夜空の闇に消える。
残ったのは証拠ひとつない強奪の跡。
「裕理さんっ、――ごめんなさい、何も出来なくて」
「いいえ、よく頑張って、っ……く」
「待ってて。いま救助呼ぶから」
倒れる裕理に駆け寄り、介抱する伽藍。
「――! 伽藍ちゃん、七郎様!」
「旦那無事ですか?」
「うわなんだよコレ。全員倒れてるじゃねぇか」
「みんなは!? 無事っ!?」
すぐに後ろから紅蓮と楽々子も合流する。
――ああ楽々子っ無事じゃったか!
「おじいちゃんっっ」
楽々子の声を聴き、地蔵堂家の人々が家の奥から走り出て彼女を抱きしめる。
結果的に、地蔵堂家の家族らは無傷。
倒れていた義瑠土員達にも、命に係わる重傷者は居なかった。
「くそ……足りない、伽藍には力がまだ足りない! 弱い! ……強くなってやるっ、あの騎士に勝てるようにもっと強く」
それでも己の力不足を実感し悔しがる伽藍。
それを横目に俺は騎士らが去った方角を見つめる。
「(手に入れたぞ。こちらの世界屈指の呪物、人の業を詰めた魔力の塊を。これで俺達の邪魔をする未来……魔法学島を落とし、しゃしゃり出てくる最強の障害を殺す準備が出来る)」
――シルヴィアも喜ぶだろう
伽藍と隣合って戦った時とは異なる、暗い昂りが滲みだす。
願いを秘める墨谷七郎、その真意に触れる者は此処には誰も居なかった。
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