友を想う
障壁内で花火に見惚れる時間から一変、爆発と衝撃波が場を支配した。
「ぐ、あっ」
“あかいくつ”灯塚裕理は、何が何だか解らないうちに数メートル吹き飛ばされていく。
「……痛ぅ」
耳鳴りが酷い。視界も揺れるが、ダメージによる不調を精神力で押さえつける。
「敵襲……? 動ける者は怪我人の救助を――」
徐々に晴れる土埃。
晴れた視界で行われていたのは、一呼吸ごとに劣勢となる迅速な制圧だった。
――な、なん、がほっ
――ぐわあ!
白い大鳥が、障壁の穴から急降下してくる。
裕理は見た。
その白鳥は純白の鎧であり、着陸する瞬間に変形し2足で降り立つ様を。
警備に当たっていた義瑠土登録員の幾人かは、鎧が着陸する瞬間に地面へ押さえつけられ意識を奪われている。
“賊”。
その言葉を、不本意ながら飲み込んでしまった。
さらに3人の騎士が、一列に規律正しく降り立ったのだ。
純白の鎧は薄暗闇の中でも輝くよう。
常人の筋力では明らかに装備出来ない金属重装鎧。
豪奢な金の装飾は、全てが魔術的意味を持つ。
フルフェイス兜の奥には、歴戦の瞳。
魔法黎明期を生きる日本人には到達しえない、高位魔法戦士の圧力だ。
騎士の横列は、歩幅を乱さず前進してくる。
荘厳に剣を掲げる騎士の姿は、えもいわれず美しかった。
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地蔵堂家へ続く林道では、逆柱とクジャク達の戦闘が続く。
「てやぁぁぁ!」
剣で薙ぎ、糸で拘束した隙に戦線を押し込む。
‘紅蓮’に伽藍を加えた連携は不完全ながらも、逆柱達をやや不利に追い込んでいるようだ。
目標は呪物“コトリバコ”。
俺は地蔵堂家を襲う、2度目の襲撃者として此処に立っている。
逆柱達に殺傷や連結範囲魔法を禁じているにしても、たった4人を相手に不利とは驚くべきことだ。
「(特にクジャクさんの操糸術が厄介極まりないらしい……予想通り延焼を避け、大規模な火力は出せない様だが)」
地蔵堂家からそう遠くない街の暗がりで、俺は傍にいる逆柱が受信する情報を読み取る。
らしい、と曖昧な認識なのは、情報の取得方法が原因だ。
戦う逆柱から送信される圧縮情報を、伝達役の逆柱が受け取る。
伝達役の逆柱はコードでしか情報を出力できず、俺の解読能力では読み取る情報精度に限界があるのだ。
俺の才能不足による伝達限界。
魔力パスを直接繋げれば情報の解像度も上がるのだが、逆探知を警戒し魔力パスは遮断している。
魔力接続から、俺が襲撃の指揮者であることを露見させないように。
「(伽藍とカルタはともかく、クジャクさんとリンカには魔力の接続先を追われる危険がある。…………今しかないんだ、呪物を奪取する機会は)」
内心には焦りがある。
「(障壁の質の高さには驚かされたが、警戒する人間はそうでもない。だが帝海都義瑠土は、呪物を当然危険視していた……明日以降の状況は違う。俺達【死停幸福理論】の協力者によって、明日にはウィレミニアから本職の魔法専門職が派遣されることが……魔法により発展した世界の、高位の魔法使いが長期防衛にあたることを確認している)」
そんな者が派遣されて来れば、人死の無い呪物奪取など不可能。
殺さなければ呪物に近づけない、消さなければ霊園山の深部まで辿られかねない。
復讐を誓ったノルン神教の悪人達でもない限り、不要な犠牲は俺も、シルヴィアも望まない。
「でも必要なら、手にかけてしまうのだろう俺達は」
もし今、逆柱に足止めさせている彼女らが俺の正体に気付いてしまったら。
証拠は取り除かなくてはいけないだろう。
真理愛と同じ顔をした少女と、彼女が大切にする者達を害すことはしたくない。
だが無理を通してでも、彼女達の居る今夜に奪取を成功させなければ。
花火の騒音に紛れたまま、足跡を残さず終わらせたいのだ。
残り時間は少ない。
「そしてまず間違いなくこのままでは、烈剣姫達に逆柱の防衛線を突破される」
防がなければ。
「(戦闘力の高い彼女らが地蔵堂家にたどり着けば、いかに神聖騎士といえども安全に呪物を回収できない。アレの移動には最新の注意が必要だ……そうなればシルヴィアの騎士たる彼らは――)」
――リンカ達を殺すだろう
「あの人達にこれ以上無用な罪を負わせるのか……!? 腐敗を憎むがゆえにシルヴィアに付き従った、あの勇敢で善良な、優しい騎士達にっ?」
俺は彼らを、友だと思っている。
10年間同じ奈落で過ごした、掛け替えのない共犯者たち。
俺の弱さのせいで、その剣を不要な血で汚してなるものかよ。
「(考えるんだ。犠牲を許さず、目的を達する方法を)」
俺が影に収納し連れ出した逆柱は48体。
内35体は、予期しない俺との接続途絶で要調整……シルヴィアが回収した。
実際に指揮しているのは13。
影収納の操作を行う為、収納内の【明】は外に出せない。
クジャク等の足止めに駆り出せるのは4、直接包囲が3、後方ですり抜け警戒が1。
一柱でも落とされれば、元“金冠級”クジャクを中心に強行突破される可能性が高い。
神聖騎士の援護についた9は動かせない。彼らはシルヴィアが用意した魔術式を、並列接続によって行使している。
監視カメラなど電子機器と、障壁修復の妨害という大役を担っているのだ。
リアルタイムでない伝達される情報で戦況を予想し、戦略を絞り出す。
まるでこちらの世界の、100年以上前の戦争に似る。
図らずしもソレは、黒牢で俺と璃音が置かれた状況と同じ。
思い出すのは蠟燭だけで照らす部屋。
璃音と指した、盤面遊戯ディフェンスウォーの一局。
人類ユニットが点々と並び、怪物の駒がその数倍で囲んでいる。
自分達の置かれる絶望的な状況を盤面に置き換え、対応策を練っていた。
璃音の目の下には深い隈が。
睡眠不足と、戦いで命を預かる重圧が彼を追い詰めているのだ。
――得た情報から先の展開を読む。出来て当然のことだ……ふん
璃音は、その暗い現実を払いのける為に軽口を叩く。
気易くて重苦しい静かな時間。
――ボクなら10手先を読むけど、七郎はまず……
彼の可愛らしい挑発が、瞼の裏で聞こえた気がした。
「“2手先くらい考えるように”……そうだろう璃音?」
伝達役の逆柱に最後の指示を伝える。
俺は自分の役割を果たすべく、地蔵堂家へ駆け上り始めるのだった。