来訪者たち(3)
場面は少しだけ戻り、白捨山義瑠土支部:玄関前。
監査団一行に同行している学生服帯剣少女の視点である。
「(ここが霊園山の義瑠土。思ったよりきれいなカンジ)」
帝海都から長い旅になった。
「やっと着いた」
異世界から来た偉い人の警護としてここまで同行してきたけど……警護なんてやったことなかったから、ちょっとだけ心配だった。
「よかった。なにも無くて」
道中、剣を抜くようなことは一度も起きなかった。
警護対象の偉い人……ライル・サプライの、ひとを見下すような態度に剣を抜きかけたことは何度もある。
でもがまんした。がまんできた。自分をほめてあげたい。
「(自分へのごほうびが必要)」
甘~いケーキがいい。絶対そうしよう。
最年少で日本義瑠土の登録者となった天才少女剣士は年相応の想いにふけりながら、警護対象者であるライル・サプライのやや後ろに立つ。
厳密には日本義瑠土への登録に年齢の規定はない。
しかし当然のことながら、魔犬の駆除など危険が伴う現場も多いので登録は成人の、しかも国が育成した人材の登録がほとんど。
彼女のように、未成年で登録されることは非常に稀なのである。
日本では上記の件がかねてより問題視されており、成人以上の登録制度を導入する方向で調整されている。
しかし少女は実力を示した。積み重ねた剣の修練、血のにじむ努力とずば抜けた才能により、多くの大人を差し置いて。
すべては、自身の夢の為。
魔導隊に選抜されて、初代魔導隊だったあの人に助けてもらったお礼を言って、それで……、一緒に並んで戦いたい。
その夢を心の支えにして剣を振り続けてきた。
魔導隊。
開通した異世界ゲートの座標を安定させる為、魔術的に打ち込まれた日本への楔(アンカーポイント)。
その楔によって偶然生まれた、日本で5人だけの魔法第1世代。魔導隊とは、彼等で構成された最初の魔法使い集団の名である。
現在は災害規模の有事の際に編成される、軍関係や義瑠土が有する精鋭個人戦力の呼称となっているので、一般的に第一世代5人は”初代”と区別されているのだ。
「でも、この仕事が本当に……?」
―― 自分の夢の為になるの?
本来は異世界からの賓客の警護など、義瑠土登録者であるだけの自分が請け負えるものではない。
しかし自身の剣の師にして、育ての親である養父から「霊園山まで人を護衛する仕事、つまりダンジョンへ行ける仕事がある。目的地である霊園山で”墓守”に会ってくるといい。彼は夢を叶えるために必要なモノをくれるだろう」と仕事を任されたのだ。
育ててくれた父は目指すべき魔導隊の選抜者でもある。それも相当の実力者。
義瑠土どころか政府にも融通を聞かせられる力を持つのだ。
その父が言う墓守とは、いったいどんなひとなんだろう?
会ってみたい。父が名前を出すぐらいなのだから、きっと強くて、正しい心をもった人なんだ。
父は、墓守というキーワード以外を教えてくれなかった。
だからだろうか。
帝海都から護衛として移動する間に、墓守という人間への興味と理想が勝手に膨らんでいく。
「あ……」
気づけばライル・サプライが白捨山義瑠土に入り、案内人に連れられ階段を上がっていくところだった。
あらかじめ偉い人たち同士の会議の場では、警護を外すようにとの約束だ。
「(着いて行かなくてもいいか……)」
そう判断し支部内を見渡せば、ウェーブのかかったクセっ毛の、優しそうなお姉さんが受付に座っている。
「(ちょうどいいかも)」
――聞いてみよう。
目の合った彼女に、少女剣士は近づいて行ったのだった。
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「おそらく……墨谷七郎のことではないかと」
「すみたに、しちろう」
少女剣士は、有益な情報である名前を反芻する。
「どんなひとなの!?」
受付女性の目の前に、小柄な体と勝気な瞳で迫りながら、さらに’すみたにしちろう’について知ろうとする少女。
だが受付女性の”待った”がかかる。
「ごめんなさいね。答えてあげる前に、あなたのお名前を教えてくれるかしら。受付として入場者の名前は控えなくちゃならないの」
「あっ……わ、悪かったわ」
素直に身を引く少女を、受付女性は微笑ましいと思いながら仕切り直す。
「それで、お名前は?」
「から……わたしは、銀 伽藍」
「はいはい、しろがね……から……さん……」
記録用紙に名前を書き始めた女性。しかし手が止まり、受付女性の表情がゆっくりと驚愕に染まっていった。
「えぇえっ! 銀伽藍!? あなたがっ!?」
驚くのも無理はない。
銀伽藍。
日本義瑠土ではとても有名な名前だ。ともすれば義瑠土の外でも知っている人間は多いだろう。
「史上最年少で義瑠土登録されたっっ、あの【烈剣姫】!?」
華奢な外見からは想像もできない剣術の腕を持ち、その戦闘力の高さから史上最年少の14歳で義瑠土に登録される。
苛烈な剣撃から由来し、1年ほどで彼女へ烈剣姫の二つ名をもたらした程だ。
「生で見るとこーんなにちっちゃくてカワイイんだぁ」
「伽藍をちっちゃいと馬鹿にしたひとは、あなたで36人目……よ」
可愛らしい少女剣士に、明らかな怒気が浮かび始める。
36人。律儀に数えるには中々に多い人数。小柄な少女剣士が、大変この話題を気にしていることがわかる。
勝気な瞳が吊り上がり、小さく涙が浮かんだ。相当にお怒りだ。
「いやいやいやごめんなさいごめんなさいごめんなさい。馬鹿にしたわけじゃないのよ」
怒気を向けられた女性は、手と首を横に振り乱しながら謝り倒す。
刀に手を掛け始めた剣士を前に感じる、命の危機。
でも目に涙を浮かべた勝気な少女に、ちょっとだけ嗜虐心が疼いたことは彼女だけの秘密である。
―― はぁぁー
ひとつ、大きく息を吐きだしてから、銀伽藍は椅子に座り直し平静を取り戻す。
「次、背のこと言ったら許さないから。……それで、その墓守ってヒトのこと」
「ごめんなさいね。でも馬鹿にしたわけじゃないんだからね。本当よ。あなたスッゴくカワイイんだから」
受付女性は念を押して、伽藍の可愛らしい容姿を褒める。少女の顔が怒りでなく、羞恥で赤く染まるのを密かに楽しみながら。
「うんぅぅん、もう…いいから。そういうの。早く墓守シチ…ロウ?ってひとのことを教えて」
伽藍は情報の続きを促すが、
「実は私も詳しくはないんです」
帰ってきた答えは肩透かしな内容。伽藍の表情が曇る。
「知らない? ここの義瑠土の人なんだよね?」
「ええ。私も彼とは何度か、仕事のことで話す機会はありました。でも仕事の話だけですし……彼は、誰かに自分を語るタイプではないようで……」
――よくわからないんです。霊園山でどんな仕事をしているのか……
どこから来て、どうして霊園山にいるのか
受付女性は話すほどに困惑を強める。
どうやら、受付でこれ以上の情報は手に入らないようだ。
「(どうしよう。知っている人が見つかるまで聞いて回る? でも護衛に戻らなきゃならなくなるし……)」
どのように墓守シチロウについて探るか考え始めた時。
入ってきた正面入口の方から、若い男の良く通る声が聞こえてきた。
「へぇ、あんたがオークっていう種族なのか。でけぇなぁ。初めて会った」
「こチらの世界にキてしまった獣牙種の氏族ハ、一か所にかタまって生活してイル。だから会わないのだロウ」
伽藍は”しまった”と思った。
自分の知りたいことで頭がいっぱいで、同行していた獣牙種の男の事を失念していた。
彼は正面入り口で佇んでいたのだろう。人ならざる外見特徴を持つ彼を、皆遠巻きに見ているだけ。
そこへ茶髪の若い男が来て気安く話しかけたらしい。少し距離がある為、話す内容の全ては聞き取れない。
見れば若い男は、腰に呪符と刀を吊るしている。
霊園山義瑠土にいる登録者であろうことが想像できた。
「俺は辻京弥だ。あんたは?」
「ガドラン。偉大ナ勇気セギン氏族、ガドラン」
獣牙種は辻京弥へ名乗り、両手の拳を2度ほど合わせる仕草をした。