星瞳と修道女、衝突の末
真竜の火に焼かれた後、10年の研鑽を積んだ魔法使い……麗しい修道女は、優雅に片手を振り下ろす。
「楔よ」
「ッグ!?」
7本の光柱が、突然体を貫いた。
痛みが走り、体が空間に縫い付けられ固定される。
「――お願いします……このまま、眠って」
対星瞳獣封印術式【北斗七星】。
古今東西あらゆる場所から収集された、魔獣を殺す術式。
同じく魔法薬学、精霊魔法、果ては人類史に刻まれた巨獣殺しの逸話に至るまで、その全てのエッセンスを融合させた大魔法である。
膨大な魔力操作と術式構築が求められるシルヴィアを、聖堂神聖騎士が矢面に立ち守っている。
敵を打ち砕き、背を守る前衛。
護衛を信頼し、詠唱を経て戦況を操る後衛。
魔物に相対する、理想的な陣形である。
「ガアアアアアア!」
渾身の力を籠め、突き刺さった封印を破壊する。不思議と肉体に損傷は無い。
上空に跳びかかるべく上に視線をやると、眼前に封印とは異なる攻勢魔法の雨が迫っていた。
「――ッ!」
「やはり、この程度では……」
俺が刺さった光柱を砕くことなど、予測していたと言わんばかりの魔法速度。
唯、降り注ぐ攻撃魔法の雨をこの身で受ける他無い。
「ギぃ、――コノ、ッガ!」
魔法が止んだと同時に叩きこまれる、さらに強い衝撃。
「――ハッ。流石だ、大した傷も付かんか」
飛翔する騎士による突貫。
高密度の魔力を纏った大剣に切りつけられる。
さらに別の神聖騎士が超速で接近。
大槍を持つ騎士が、魔法による加護と障壁で身を固めながら迫る。
――だガ……
わざわざ近づいて来た獲物を逃がすつもりは無い。
槍の刺突が喉へ突き出された。
常人であれば全く認識できないであろう、騎士の攻撃。
刺突どころか、飛翔による移動速度の段階から目で追うことは不可能。
「なっ!」
その魔力を纏う速射貫通弾の如き刃を、正面から歯で噛みつき受け止める。
噛みつき止めた槍の柄を掴み、体ごと振り回す。
吹き飛ばされ、地面を滑りながらも立て直し空中へ逃れる重装騎士。
俺の手には奪った大槍がある。
「攻めろ! 消耗させるんだ」
次々と襲い来る騎士達を、力に任せ槍で打ち払っていく。
「(Daが、足リないィィィ)」
武技も一流である聖堂騎士達の飽和攻撃は、七郎の手数を確実に上回った。
そう、手数だ。
「(イツモそうだ。俺ニは手が足りない)」
誰かを守る為、剣を握る腕。
誰かを助ける為に伸ばす腕。
いつもそれが足りなくて、大切な物を取りこぼす。
――だカラ願っタんだ
この肉体へ焼け堕ちた時に得た物は、戦う為の“質量”だけでは無い!
槍を振るう右手。振るわれる剣を受ける左手。
元は心臓の鼓動を感じた場所。
胸部から折開かれる、第3、4の腕。つまり2対目の両腕。
「……ようやく本気か」
騎士のひとりが湧き上がる危機感を押さえつけ、気丈に振る舞い溜息を吐く。
彼らは七郎と出会った当初、獣が持つ本来の体躯を既に見ているのだ。
そして背中から、脊柱の向きに沿うように仕舞われていた第5、6の腕……3対目の両腕が伸ばされる。
2対目の腕は小さな物を抱えるように、3対目は天上の光に縋るように。
七郎は計6本の腕を自在に振るう、阿修羅像に似た怪物と成り果てた。
十字の瞳は、いよいよ激しく燃え始め、全開放に近づく存在重量が大地を割る。
腕に込めるのは、金剛体を成す超高密度魔力。
「ハA˝A˝A˝ッ!!」
「ぐううぅぅ――」
「ぐ、あっ」
突き出す拳の一打一打が、騎士を障壁ごと押し飛ばす剛撃となった。
態勢を崩す聖堂騎士、その後方から十数枚の障壁を盾にシルヴィアが前に出る。
「 【 天 槍 : 六 門 一 斉 射 】 」
魔力効率を無視した、詠唱破棄の高位魔法。
【天槍】の名を持つ、槍とは名ばかりの魔力収束砲撃。
その砲撃は、常識外の加速度で対象に大穴を穿つ。
わかりやすく表現するならば、魔力による収束レーザー砲である。
襲い来る、幾重にも束ねられた高密魔力。
6腕で防御するが、あまりの威力に火花が爆けるが如く、黒鋼の表面が削られる。
すれ違いざま、宙を滑る修道女に手を伸ばすが届かない。
展開された魔法障壁の半数を砕いたのみ。
「七郎……貴方はその質量故、空に近づけない」
「Ga、A、A」
……すでに言葉の意味を理解できない。
あるのは破壊衝動のみ。
「ですが貴方と私、互いの距離が離れていては……想いは伝わりませんねぇ」
「――?」
「(攻撃魔法と封印術式……双方、至近距離で打ち込まなくては効果が薄いようですね……でしたら、そうすればいいだけのことです)」
――彼の胸にでしたら、喜んで飛び込みましょう
「七郎、答えを聞かせてください。私達の元へ、戻って来てくださると!」
―― 【 天 槍 : 嵐 】
魔力の収束砲が、射出されずシルヴィアの周りに逆巻いていく。
彼女が一個の攻撃魔法、シルヴィア自身が砲弾の芯となる半ば捨て身の術。
「――O o o II :: L O o o O ll O:;;――――――!!」
眼前の大嵐を前に、足を地に打ち付け、魔力を解放し咆哮する。
漲る勇気、湧き上がる力。
頭で考えず本能で行う【戦士の咆哮】。
「あの魔王種……っ、自己強化かけやがった……!」
主と見定めた修道女の勝利を信じ、封印術式の保持を買って出る騎士達。
しかし七郎の、獣らしからぬ戦士の技を見て頬が引きつる。
「(あの膂力がさらに強化されるなど……! 我らが聖女よ、どうか無事に……!)」
もはや騎士達に、介入できる隙は無い。
「GAアアアアアアアッ!!」
俺は全力で正面に駆けだす。
奪った槍を携え、両足のみならず槍持つ以外の腕を地へ叩きつけ速度を生む。
挙動の全てが、魔力の籠る爆縮。
同時に、超速・低空で襲い来る嵐の穂先。
互いの速度が音速を越えた瞬間、衝突。
俺の持つ槍と、荒れ狂う魔法の先端がぶつかり合う。
光が交錯する刹那――。
「あなたの帰りを、待ってる人が居るのです。――振り向いてあげてください」
柔らかく沁み込む、シルヴィアの言葉。
この刹那に取り戻した理性が、俺を後ろに振り向かせる。
≪やっと見てくれた≫
少女の幻影が泣き笑う。
再び走り続ける理由を思い出した俺に、7つの楔が突き刺さる。
消え失せる感覚、閉じていく視界。
最後に見たのはシルヴィアの、珍しく感情が乗った笑顔だった。
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