来訪者たち(2)
霊園山:白捨山義瑠土支部。
支部内には、若干の緊張がある。
以前から霊園山に、異世界ギルド及び国からの監査が訪れる話があった。
今日が予定日なのである。
そしてつい先ほど、間もなくの到着を知らせる連絡が先方から入ったのだ。
義瑠土支部上役の人間が、到着後の案内の為すでに外で待機している。
職員は到着を待つわけだが、窓口に座る支部受付の妙齢女性は、今回の監査について思うところがあった。
――‘監査’なんて、大げさな建前しなくてもいいじゃない
彼女は普段より受付対応から事務までこなす忙しい日々を送っている。
そこへスケジュール無視にねじ込まれた監査の予定。
記録書類のチェック、見つかった不備の修正作業が、日々を輪にかけて忙しくしているのだ。
溜まる疲労とストレスが、業務中に飲む栄養ドリンクの本数を増やす。
元から癖の強いウェーブのかかる髪がさらに乱れているのを自覚する。
そんなある日の昼休み。
彼女は支部廊下の壁によりかかり一息ついていた。
休憩時間を返上し事務作業を片付け、ひと段落着いた後の小休止。
「つっかれた~~もう」
栄養ドリンクを片手に溜息をついていると、廊下から繋がる階段の踊り場で、複数の話し声が聞こえてきた。
聞き覚えのある声。支部の上役男性2人の話声だ。
「あの、今回の監査の話、あきらか変じゃないですか?」
「……だよなぁ、そう思うよな。当然だよ。実際おかしいんだから」
「どんな事情なんです?」
「……ここだけの話にしてくれよ」
2人の内で、より上位役職者である男性が声を潜めて話し出す。
「実はなぁ……監査なんてのは”向こう”が見栄張った建前で、異世界ギルドのな……お偉い方の無茶ぶり聞いたご機嫌取りってのがホントのトコらしい」
さらに続く話を要約すると、こうだ。
どうやら発端は、ゲートをくぐり来訪した異世界ギルドからの使者なのだそう。
使者は、まあ言うなれば出世コースに乗ったエリートで、日本へは出張のような形で来訪したらしい。
海外出張ならぬ異世界出張。世界を飛び越えた規模の大きい話である。
この使者からの要望に無理難題が多く、日本政府の橋渡し役も胃を痛める毎日だという。
今回の件も使者が「日本の大規模魔力力場の管理方法について評価する」と、ずいぶんな上から目線で押し通したのだそうだ。
また使者本人が、異世界で大きな母体を持つ宗教組織【ノルン神教】幹部の血縁者であるということが、政府をより神経質にさせる。
なにせ本人が自身の出自を吹聴して回っているのだ。
ギルドの人間でありながら、ご丁寧にノルン神教の紋章が施されたローブを身に着けて。
受付女性もノルン神教については、ある程度の知識を持っている。義瑠土職員として採用されるためには必須の、異世界の世界史に関わる内容であるからだ。
ノルン神教は二柱の、運命の女神を信仰する。
人の生は二柱の女神による思し召しであり、生死の円環を神に委ねるべしとの教義……だったか。
異世界には女神それぞれが司る超常的な加護が存在し、信徒は加護により女神の実在を信じ、広く信仰を集めているらしい。
「で、”評価する”なんて言ってた使者本人にさぁ、具体的な調査内容とか準備について話を聞いたら………何も無し」
「何も無しって……どういう意味ですか?」
「そのままだよ。評価に必要なデータ種類の選定も、期間設定も無い。無計画。政府の橋渡し役も賓客対応を忘れて、これには苦笑いだったらしい」
「じゃあ今回の監査は」
「ああ……使者にしては、日本義瑠土への顔通しと物見遊山程度のつもりってわけだ」
「監査っていう名目も、異世界ギルドへの体裁ってわけですか……」
ここで会話を一区切りつけ、上役男性2人は踊り場から上の階へ戻っていく。
話を聞くまでもなく耳に入れてしまった受付女性の口から、溜息と共に虚しい愚痴がこぼれた。
「なによぉ。あの忙しさはなんだったのぉ」
数日前に偶然知った裏事情。
短くない期間の、とても忙しかった毎日を思い出すたびに怒りが湧いてくる。
しかし、来訪する監査人が異世界からの賓客であることは事実だ。自分も組織の人間として真面目に業務に当たろう、と心の内で気合を入れ直す。
外が慌ただしくなり話し声が聞こえだした。どうやら噂の一行が到着したようである。
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「ようこそ、遠路はるばるお越しくださいました」
出迎えた白捨山義瑠土支部の案内役がにこやかに挨拶した。
案内役の男は、異世界人に会うのはこれが初めて。ファーストコンタクトが異世界で立場ある人間ということで非常に緊張している。
ただし表情には出さない。
到着した一団の先頭に立つ、ローブを身に着けた男が一歩前に進んでくる。
どうやら彼が、今回の監査の中心人物である異世界人――。
「ライル・サプライです。ふん……サプライ家の者を案内するんですよ? それがこんな……はぁ。失礼だとは思わないんですかぁ?」
なにか失礼があっただろうか。
「え、いや」
初対面の印象が悪いことに焦る案内役の男。冷汗が額を伝う。
「いえっいえっその、ここはかなり田舎の縣ですから!……。我々の教育が行き届いていないようでっ申し訳ありません!」
ここで間に入ったのが、監査一行にいたスーツの男である。
気弱そうな印象そのままに、焦りの表情でローブの男………ライル・サプライに謝罪する。
「まあ、いい。それと次はこんな坂道を歩かせないでほしいものです。ほら、あの……クルマとかいった乗り物。あれはいい。用意しておくべきでは?」
ローブの男の提案に、スーツの男が気弱に答える。
「申し訳ありません……。魔力が多く渦巻く力場では、電子機器……いえ、車は動かなくなってしまうことが多いのです」
「そうです、か。……ではさっそく、責任者のもとへ案内しなさい」
「は、はい。どうぞこちらへ」
案内役の男が異世界ギルドからの使者ライルを、支部の上階まで案内していく。
スーツの男もライルの後に続いた。
受付女性はライル達が階段を上っていく様子を見ていたが、同時に近づいてくる人影があることに気づく。
小柄な、学生服を身にまとった少女だ。
「ねぇ」
「あ、はい、なんでしょう」
「ここに墓守って呼ばれてるヒト……いる?」
「は、かもり……。ええ、はい、霊園山の墓地区画を巡回する義瑠土登録者が、そう呼ばれることがあります」
墓地を巡回する登録者は、義瑠土の内外に問わずそう呼ばれることも多い。
単純に役割をイメージしやすい為、墓守の呼び名が使われている。
「ちがう。墓守って呼ばれてる個人。たぶん、そういう二つ名なんだと思う」
おそらく日本義瑠土特有の、優秀な登録者の特質性を現す二つ名のことだろう。
”墓守”と、表立って二つ名が共有されている人物はいない。
でももしかしたら、霊園山で一番古参の人間。
危険なアンデッドダンジョンとなり果てた墓所区画を、ヒトの世界に取り戻した最初の人物。
受付に座る彼女には心当たりがあった。
「おそらく……墨谷七郎のことではないかと」