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【明けぬ獄夜に縋る糸】~少女の愛が届かない 異世界と繋がる現代暗躍復讐譚~  作者: 三十三太郎
2章ー紅天女の黒い華

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浮嶽滅相


 「な、」


 ビルの屋上、そのフェンスからやや離れた上空。

 

 黒く、機械的な重厚(じゅうこう)さを持つ鎧が浮いていた。

 鎧の背から魔力の噴出光が見える。


 「いぬが――」

 「隙ありぃぃぃぃっ」


 気障(きざわ)りな同僚の声。

 裕理は一瞬、壊滅的な状況を目の当たりにした犬神が改心し、助勢に駆け付けたのかと期待した。

 その心の隙が、犬神の攻撃を許してしまう。

 

 「――がっ!!」


 魔力推進による体当たりが裕理を吹き飛ばす。

 細い体は数度地面にバウンドしながら転がった。


 「裕理ちゃん馬鹿だねー、謹慎無視するとか終わってんじゃん」

 「い、いぬがみぃぃ!」

 「うるせぇよ烈剣姫。レンメイが来いって伝えたんは異世界人の女2人。それにあの陰気な男だけだぜ? あの男どうした? 死んだ?」


 ゲートを擁するビル、その床が崩壊した時から墨谷七郎の所在は知れない。

 伽藍も心配しているが、探す余裕は無かった。


 「ぐう、ぅ……いぬ、がみ……状況が、わかって……」


 腹を押さえながら立ち上がる裕理。しかしその後ろから巨大な牙が(せま)る。


 「!!」


 怒り狂った“崩天(ほうてん)”の強襲。辛うじて跳びあがった裕理を含め、全員が付近のビルに散る。

 “崩天”は尚もコンクリートをかみ砕き、ビルを崩していく。


 「んなバケモノ、連れてくるなんて聞いてねぇぞ……まあオレはこの鎧が有りゃあ、いつでも逃げれるしな。今は――」


 犬神は膝を付く裕理に狙いを定める。

 先程と同じく、魔力推進で浮遊したまま突撃! 一直線に裕理の首を掴み、彼女を持ったまま上昇した。


 「く、ぐ」

 「オマエずっとムカツクんだよ裕理! オレが弱いから、任務から外せとか言ってたらしいじゃねぇか!」

 「あの、時は……、魔法……戦闘が出来ないアナタでは、命の……危険が」

 「余計なお世話なんだよっっ。見ろよっ、オマエよりオレは強ぇよ?」

 「それは……その鎧の――」

 「ああ!? やっぱり裕理ちゃん、一回分からせてやらなくちゃだな。裕理ちゃんが弱い女だってこと。しっかり理解して大人しくすんなら、オレが守ってやるよ――へへ」


 犬神は装甲を纏う手で、裕理のシャツに手を掛けた。

 ボタンがはじけ飛び、下着と肌に風が当る。


 「このっ、最低男ぉぉっ! オマエなんか魔導隊じゃないっ!!」


 犬神に捕らえられる裕理を見た伽藍。

 怒り心頭で上空の犬神へ斬りかかるべく、ビルの壁を駆け上がる。

 

 だが動き出した“玉眼(ぎょくがん)”の刃鱗(じんりん)が眼前に迫り、退避を余儀なくされた。


 「裕理さんっ! 裕理っ!!」


 必死に姉代わりの名を呼ぶも、届かない。


 「言えよ。‘私は犬神様に守られなきゃいけない弱い女です’って。‘助けてください犬神様’って。立場が分かってしっぽ振りゃあ、これから可愛がってやる」


 「誰が、言うか」


 「……この鎧があれば、あのバケモノ何とか出来るかもしれないぜ? 誰かは知らないが、異世界人の子供助けなきゃいけないんだろ? 言えば、戦ってやるよ」


 「こ、の――外道」


 首を絞められる裕理が苦しむ間にも、2頭の竜は倉庫群を破壊している。

 クジャク達が奮戦するも光明は見えない。


 ――だけど確かに、この鎧があれば……


 「う、う˝」

 「あ? なんだ裕理」


 裕理は唇を噛み、そしておもむろに口を開いた。


 「わ、わたしは……」

 「! へ、へへへ」


 恥辱に耐える裕理を挑発するように、犬神の手が裕理の下着に触れた。

 金属の冷たい指が、胸の形を変える。


 「い、いぬがみ、さまに――まも」


 裕理の屈辱と犬神の興奮が頂点に達した時。

 暴れまわっていた“崩天”に異変が起こった。


 ・

 ・

 ・


 怒りに任せ暴れていたのが、何かに縛られるように停まる。

 クジャクの糸による、物理的な拘束ではない。


 なにかに、操られているような……。


 「! こいつを使役する術師がいる!?」


 元“金冠級”冒険者、異世界人であるクジャクは水竜に浮かぶ刻印を見て察する。

 

 「(コイツらはおそらくヤツメ家のゲートを渡ってきた。頭の悪そうなコイツらがゲートを大人しく(くぐ)るってことは……、操ってるヤツメ家の術師が、コッチの世界に来てる? ならたぶんそいつが居るのは、リンカが取り残されてるゲートの近く!)」


 ヤツメ家の人間がゲートを渡ってきたのなら、リンカはもうラコウに連れて行かれたかもしれない。

 その不安がクジャクの脳裏に(よぎ)るが、続く水竜の様子に顔を引きつらせることになった。


 「冗談じゃないよ……カンベンしとくれ」


 ・

 ・

 ・


 夜を裂く青白い光。それは電流にも似た魔力の奔流(ほんりゅう)


 「なんだよ!! いいところでっ――……?」


 2頭の内、体の大きな竜がビル群前の海上を舞っている。空を泳ぎ、(ほとばし)る魔力が音を立てて凝縮されるのが分かった。


 「な、なんだ、あれ?」

 「いぬがみ、離しなさ……あっ」


 異様な竜舞に、今更ながら恐怖を感じる犬神。呆然としながら腕の力を抜いた。裕理は解放され、すぐ下のビル屋上へ着地。

 裂けたシャツで胸元を隠しながら、裕理も円を描き飛ぶ巨躯に釘付けとなる。


 あれは詠唱なのだ。言葉の代わりに、舞っている。

 根拠のない確信が裕理に(はし)る。


 「伽藍!! クジャク達も! 距離を取りますっ 走って――」

 

 裕理の叫びは間に合わなかった。

 

 青の嵐のなか舞い踊る“崩天(ほうてん)”。

 その顔は海へ、その下の海底へと向く。

 

 鉄刃戦魚(てつじんせんぎょ)の成れの果て。竜に(のぼ)るも故郷は同じ。

 

 水底で見た(きら)めく海面。命育む色の海底。

 どちらも海に相違なし。


 (すが)る手足は必要ない。母は全てを包んでくれる。

 

 こたび奉ずるは海の地平。我ら栄える世界の半身。

 猛り、貫き、我らの故郷を育み給え。


 

 急激に魔力が(たかぶ)り、応えるように海底が輝く。

 地殻変動のエネルギーが魔力を通し、海底から光となって海面を照らしていた。

 一瞬の静寂。


 そして襲い来る轟音。


 海面から巨大な(とげ)が突き出した!

 山のような棘が次々と隆起している。その地殻超変動の波は、隣り合う陸地へ。


 「あ、ああ」

 「――裕理さんっ!」


 裕理は動けない。駆け付けた伽藍も、絶望の表情で裕理にしがみ付いている。

 港を埋めながら、槍が眼前へと迫り――………………。


 …………。


 「――――?」


 そして止まった。


 「なにが、おこって」


 「ははっ……ははははははははは! 助かったぞ! そうかっ、オレが襲われないよう、レンメイがなにか細工したんだな!? オレがおまえらを助けたんだっ感謝しろっ」


 呆然とする裕理に伽藍。その傍で見当違いな持論を(なく)し立てながら興奮する犬神。

 レンメイは既に死んでいる。

 可能性があるのは術者による制止だが、おそらく違う。それは竜の様子から推し量ることが出来た。


 災害を放った“崩天”、宙を泳ぐ“玉眼”、2頭は隆起の(あと)、その先端を凝視している。

 丁度、伽藍たちの目と鼻の先。

 “崩天“には感じ取ることが出来た。海を広げる隆起の波は‘あそこ’で押しつぶされたのだ。


 海底を上へ持ち上げる力が、()()に負けて死んだのだ。


 “崩天”は竜としての力、絶対の自信を脅かされ隆起の止まった場所へ飛ぶ。

 確かめなければと、本能のままに。それが恐怖だと自覚しないまま。


 「ははっ来やがった。バケモノっオレに従え、オレは味方だ。わかるんだろ?」


 先端の無い隆起の山。大量の海水が吹きこぼれている。

 犬神は山の頂上に降り立ち水竜と向き合う。“崩天”にとっては、煩わしい羽虫が騒いでいるに過ぎない。


 しかし“崩天”はそこから動けなかった。

 羽虫の近く、山頂の水が引くにつれて……膨張する殺意に当てられて。


 犬神は違和感を感じ、目を凝らした。

 水の滴る音だけが場を支配する。

 眼前の岩……俯いていた首がゆっくりと(かお)を上げ――。


 十字の瞳が、男を射抜く。


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