水竜(2)
銀伽藍は全力の跳躍を繰り返し、紙一重で“玉眼”の大太刀を避ける。
「このっ魚のオバケめ!?」
水魔法による遠距離攻撃。巨躯と刃が暴れまわる。
他の顔ぶれも伽藍と同じような状況であった。
巨体ながらも素早い2頭の竜に翻弄され、まったく攻勢に出れない。
辛うじてクジャクの炎が“崩天”の鱗を焼くも、それだけ。
怒りを増長させたのみで、逆に勢いづいた竜の突進に、糸の防御を破られ吹き飛ばされる。
「クジャク様っっ!」
駆け寄ろうとするカルタだが、“崩天”の残忍な刃が阻む。
ひとつの油断で肉塊に変わる。そんな危機的な状況に全員が晒されていた。
「(突破口を開かなければ!)」
“あかいくつ”が唸りをあげる。
身体強化を最大にし、ビルや地面を蹴り2頭の周囲を疾走。
ブーツが纏う赤い光は、裕理の驚異的な移動速度によって残光を引いた。
―― ! 弦弾くは魔の9矢……
裕理の動きに反応し、伽藍が詠唱を開始。
「(裕理さんの一撃……少しでも助ける!)」
赤い残光に視点が定まらない竜達。
“玉眼”の宝石色の片目、その正面から伽藍の魔矢が放たれる。
魔力の光に目を細める“玉眼”であるが、回避もせず魔矢を顔面に受ける。
――G、ギィィ!
着弾の痛みに、のたうつ様に頭を振る。
「あいつ……片目が良く見えてない?」
“玉眼”の意識が乱れ、裕理は警戒対象を“崩天”に絞ることが出来た。伽藍の援護に感謝し、“崩天”の死角、竜の背面で飛び上がる。
月を背にたなびく、彼女の編まれた長髪。
――頭だ。大きくても生きてる魔物
頭部は弱点のハズ!
「(伽藍達と合流した時、頭に蹴りを入れた竜は痛みを感じているように見えたっ)」
効いている。ダメージを与えられていたのだ。
なら今度は、さらに魔力を込めた全身全霊の一撃を叩きこむ!
裕理の全身を足から包む、魔力の赤光。
“あかいくつ”灯塚裕理は、第2世代の魔法使いである。
それも魔法詠唱に適性のない、肉弾戦に特化した魔法使い。
特異であったのは、彼女の魔力の質。
彼女が体内で生成する魔力は、他者と比べ純度が高く、彼女自身の魔力操作に呼応すると飛躍的に運動性が高まる。
魔力自体の運動性。
肉体の強度増強のみならず、体の表面を回転するように覆い、鎧と同時に武器となる。
「てえぇやあああああああああああああっっ」
全身に漲る魔力の殆どを右足に集中する。
竜の頭蓋に狙いを定めた殺意ある落下速度と、凝縮魔力による破壊力。
間違いなく、灯塚裕理最強の一撃。
振り向く“崩天”は回避も、水魔法による防御も間に合わず、赤い弾丸を頭部に受ける!
――Go、お、オ˝お˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝
悲鳴を上げる巨躯の竜。
反動でバランスを崩しながらも、ビルの屋上に着地する裕理。
2竜の連携が無い隙に、クジャクとカルタ、そして伽藍が裕理の元に合流する。
「日本の魔法使いもやるじゃないか! 竜を蹴り倒すなんて、出来る人間は早々居ませんよっ」
「凄かった! でも平気? 裕理さん」
「手ごたえは、ありましたが……」
「すげぇな裕理っ……でっ? 次はどうするっ?」
カルタの言葉に、全員が竜に視線を戻す。
裕理としては、頭蓋を割るつもりで叩きこんだ一打。
伽藍の魔矢を受けた“玉眼”は此方を警戒したまま。
問題は、蹴り込まれた“崩天”のダメージが如何ほどであったか。
頭を下げ、俯く竜の目玉。その瞳孔が縮み、明らかな怒りを充血させる。
亜竜の命を奪うには、威力が全く足りなかったらしい。
「……私達が逃げるわけにはいきません。この竜が自由に暴れまわれば、倉庫群に居る人々は死ぬ。それどころか、もっと内陸の町を襲いう可能性だってあります」
竜の激怒を感じながらも、自らを奮い立たせるように裕理は語る。
「ま、そうですねぇ。今更しっぽ巻いて逃げるんじゃあ、カッコが付かないってもんです」
「付き合ってもらって、申し訳ありませんクジャク……リンカを安全に助け出す為にも、なんとしてもコイツらは倒さなければ」
「元はあたしらの世界の問題だ。謝るならこっちですよ」
戦意は高いが、状況は悪い。
密売コミュニティの主だった魔法使いは、既に倉庫群から逃げ出している。
たった4人で、2頭の竜を相手取るのは絶望的と言ってもいい。
あまりに巨大な存在に4人の意識が奪われていた時。
「おい裕理」
後ろから、男の声が掛かった。
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