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【明けぬ獄夜に縋る糸】~少女の愛が届かない 異世界と繋がる人外暗躍復讐譚~  作者: 三十三太郎
2章ー紅天女の黒い華

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愚かな犬神


 「ここは――」


 リンカは薄暗い部屋の中で目覚める。

 

 体を起こそうとするが、黒い糸で縛られ手を使えない。

 意識がハッキリするにつれ、頭痛と眩暈(めまい)が襲ってきた。


 (かす)かに潮風の香り。


 記憶を辿(たど)る。覚えているのは、義瑠土施設で伽藍ちゃんと訓練していた事。

 熱いシャワー。


 そして……裕理さんが私を探していたと聞いて、義瑠土受付に向かった。

 入口の外、ガラス戸の向こうに裕理さんを見つけて近づいて。


 ――裕理さんの魔力を感じない。これは、術式


 裕理さんの姿が(ほど)けていく。

 それだけで無く、彼女の背景も糸状に霧散。


 油断していました。

 黒い糸で縛られ、後ろから布で薬を嗅がされて……真っ暗に。


 「すごいやろぉ、あてのユイロウ流操黒糸術:虚絵(うつろえ)髪糸(かみいと)編んで作った平面の下地にな、術で映すんは幻の絵。触媒()ねとる髪を土台にすると、術の精度保ったまま細かく絵を動かせるんや」


 (ねば)つくような甘い声を、頭の上から()らされる。

 クジャク様を付け狙う、レンメイの顔がそこにあった。


 「……」

 「……反抗的な目つきやなぁ。薄汚れた小娘の分際で」


 体を縛る黒糸が、うなりを上げて締まっていく。


 「くう、う」


 思わず上げた声に、レンメイは愉悦の表情。


 「なあ……なあレンメイ。オレはよくやったろ? これで密売と誘拐に手を貸したこと、上にバラさねぇよな。そういう約束だよな?」


 レンメイの後ろから現れたのは、いつか義瑠土で見た犬神という男。

 裕理さんの同僚で、魔導隊であったはず。


 「――お楽しみの最中に、無粋やわぁ。犬神はんは裕理っちゅう女を殺す仕事が残ってるやろ?」


 「こ、殺すだって? 人殺しなんてしたくねぇ」


 「なっさけない事言うとらんで、さっさと準備しいやっっ」


 レンメイに一喝され、犬神は何かブツブツと呟きながら部屋から出ていく。

 すると入れ替わるように別の男が部屋に入ってきた。


 (おぼろ)げに、見覚えのある……。

 

 「……はーぁ。邪魔ばっかり入って嫌やわぁ」

 「ふざけるなレンメイ。リンカ様を痛めつけるなと、あれほど命じたろうがっ」


 ――リンカ様。


 私をそう呼ぶ人は限られる。

 私がレンメイ様に拾われる前、逃げ出すことになった生家で肉親以外が私をそう呼んでいた。


 それで思い出す。彼はヤツメ家に仕えていた男。


 「ヤツメ=リンカ様。お迎えに上がりました」

 「その名はとうに捨てました。ヤツメ家のリンカは死んだのです」


 山海連邦国ラコウの公家筆頭ヤツメ家の令嬢は、身に流れる高貴な血によるものか、縛られてなお毅然に男と相対(あいたい)す。


 「いいえ。是が非でもヤツメ家にご帰還いただきたく。恐縮ですがゲートが完全に安定し、準備が整うまで“そのまま”でお待ちください」

 「……」


 暗い部屋を照らすのは、縮小と拡大を不規則に繰り返す青い光。

 

 「(気づかなかったけど、これ……転移門)」


 「それで、例の水竜()は持って来れそうどすか?」

 「ああ、その為に門を調節してる。本来ならリンカ様を、すぐにラコウへお連れしたい所なのだが……追ってきそうな邪魔者の掃除が先だと、お前の話を聞いてやったんだ。もう少し待て」


 「なるべく(はよ)ぉお願いしますわ。餌につられてクジャクらが来とる。……驚く顔が目に浮かぶようや」


 ――そんで散々痛ぶって、クジャクを魚の餌にしたる


 憎悪を含んだ冷たい声。

 

 餌とはきっと私のことだ。なんて迷惑を掛けてしまったのか。

 

 「(それに、水竜? そんな……まさか。子供の頃に聞いた、ヤツメ家の切り札)」


 そんなものを日本に持ってきたら、どれだけの被害が……!


 ヤツメ家が特殊な術と技法を用い、内湾で飼いならす鉄刃戦魚(てつじんせんぎょ)

 その中で強靭な個体が、数十年から百年を掛けて竜となる。


 知恵と翼で空を支配する真竜種とは比ぶべくもないが、暴れだせば亜竜を名乗るだけの甚大な被害をもたらす災害。


 レンメイの自信は……ひいては異世界まで続いた絡新婦(じょろうぐも)の追撃は、ヤツメ家の援助があったから。


 リンカは身に流れる血を呪い、唇を噛みながらクジャク達を案じる。

 逃げ出す機会を伺いながら、食い込む黒糸の痛みに耐えた。


 「――しちろうさま」


 想い人の名を、小さく呼びながら。


 ・

 ・

 ・


 「糞、糞、糞、なんだよ! 見下しやがって。オレは裕理に、立場を分からせてヤリたいだけなのに。どうしてこんな事になるんだっ」


 レンメイの体に溺れ、頼まれるがままに軽い気持ちで知っていることを教えた。

 国が管理してる、魔法的価値の高い呪物の場所。

 義瑠土や魔導隊の動きも。

 あのラコウ人を攫うのに、義瑠土内の人間を使って施設外におびき寄せもした。


 「(それをレンメイは感謝もせず、逆に俺を脅す材料にしやがって)」


 ”情報を漏らしたことをバラす”と、脅され始めてから良い様に使われている。

 かといってレンメイを押さえつけようにも、異世界の術に敵う気がしない。


 裕理らには傲慢に振舞いながらも、犬神の状況は悪かった。


 身から出た錆である現在の状況。

 しかしプライドの高い犬神は、自身の危機的な状況を認められない。


 「それにあいつら……烈剣姫(れっけんき)と、妙な男っ。何が‘魔導隊を語るな’、だ。何様のつもりなんだ。俺は魔導隊に選ばれたんだぞ。は、はは――この鎧だって貰ったんだ。これを貰えもしない裕理に、負けるわけねえだろっ」


 犬神がビルに持ち込んだ鎧の装着を始める。

 黒い金属で作られた全身鎧。

 鎧自体に魔力を使用した動力が組み込まれ、障壁と強化を自動で展開した。


 初代魔導隊の鎧と戦闘記録、そして“黒騎士”の黒化顕現を模した魔導隊の次世代主力装備である。


 初代魔導隊を馬鹿にした男は知らずうちに、彼らが(もと)になる装備を悠々と着こんでいった。


読んでいただき、ありがとうございます。

少しでも面白いと思っていただけましたら、

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