愚かな犬神
「ここは――」
リンカは薄暗い部屋の中で目覚める。
体を起こそうとするが、黒い糸で縛られ手を使えない。
意識がハッキリするにつれ、頭痛と眩暈が襲ってきた。
微かに潮風の香り。
記憶を辿る。覚えているのは、義瑠土施設で伽藍ちゃんと訓練していた事。
熱いシャワー。
そして……裕理さんが私を探していたと聞いて、義瑠土受付に向かった。
入口の外、ガラス戸の向こうに裕理さんを見つけて近づいて。
――裕理さんの魔力を感じない。これは、術式
裕理さんの姿が解けていく。
それだけで無く、彼女の背景も糸状に霧散。
油断していました。
黒い糸で縛られ、後ろから布で薬を嗅がされて……真っ暗に。
「すごいやろぉ、あてのユイロウ流操黒糸術:虚絵。髪糸編んで作った平面の下地にな、術で映すんは幻の絵。触媒兼ねとる髪を土台にすると、術の精度保ったまま細かく絵を動かせるんや」
粘つくような甘い声を、頭の上から垂らされる。
クジャク様を付け狙う、レンメイの顔がそこにあった。
「……」
「……反抗的な目つきやなぁ。薄汚れた小娘の分際で」
体を縛る黒糸が、うなりを上げて締まっていく。
「くう、う」
思わず上げた声に、レンメイは愉悦の表情。
「なあ……なあレンメイ。オレはよくやったろ? これで密売と誘拐に手を貸したこと、上にバラさねぇよな。そういう約束だよな?」
レンメイの後ろから現れたのは、いつか義瑠土で見た犬神という男。
裕理さんの同僚で、魔導隊であったはず。
「――お楽しみの最中に、無粋やわぁ。犬神はんは裕理っちゅう女を殺す仕事が残ってるやろ?」
「こ、殺すだって? 人殺しなんてしたくねぇ」
「なっさけない事言うとらんで、さっさと準備しいやっっ」
レンメイに一喝され、犬神は何かブツブツと呟きながら部屋から出ていく。
すると入れ替わるように別の男が部屋に入ってきた。
朧げに、見覚えのある……。
「……はーぁ。邪魔ばっかり入って嫌やわぁ」
「ふざけるなレンメイ。リンカ様を痛めつけるなと、あれほど命じたろうがっ」
――リンカ様。
私をそう呼ぶ人は限られる。
私がレンメイ様に拾われる前、逃げ出すことになった生家で肉親以外が私をそう呼んでいた。
それで思い出す。彼はヤツメ家に仕えていた男。
「ヤツメ=リンカ様。お迎えに上がりました」
「その名はとうに捨てました。ヤツメ家のリンカは死んだのです」
山海連邦国ラコウの公家筆頭ヤツメ家の令嬢は、身に流れる高貴な血によるものか、縛られてなお毅然に男と相対す。
「いいえ。是が非でもヤツメ家にご帰還いただきたく。恐縮ですがゲートが完全に安定し、準備が整うまで“そのまま”でお待ちください」
「……」
暗い部屋を照らすのは、縮小と拡大を不規則に繰り返す青い光。
「(気づかなかったけど、これ……転移門)」
「それで、例の水竜共は持って来れそうどすか?」
「ああ、その為に門を調節してる。本来ならリンカ様を、すぐにラコウへお連れしたい所なのだが……追ってきそうな邪魔者の掃除が先だと、お前の話を聞いてやったんだ。もう少し待て」
「なるべく早ぉお願いしますわ。餌につられてクジャクらが来とる。……驚く顔が目に浮かぶようや」
――そんで散々痛ぶって、クジャクを魚の餌にしたる
憎悪を含んだ冷たい声。
餌とはきっと私のことだ。なんて迷惑を掛けてしまったのか。
「(それに、水竜? そんな……まさか。子供の頃に聞いた、ヤツメ家の切り札)」
そんなものを日本に持ってきたら、どれだけの被害が……!
ヤツメ家が特殊な術と技法を用い、内湾で飼いならす鉄刃戦魚。
その中で強靭な個体が、数十年から百年を掛けて竜となる。
知恵と翼で空を支配する真竜種とは比ぶべくもないが、暴れだせば亜竜を名乗るだけの甚大な被害をもたらす災害。
レンメイの自信は……ひいては異世界まで続いた絡新婦の追撃は、ヤツメ家の援助があったから。
リンカは身に流れる血を呪い、唇を噛みながらクジャク達を案じる。
逃げ出す機会を伺いながら、食い込む黒糸の痛みに耐えた。
「――しちろうさま」
想い人の名を、小さく呼びながら。
・
・
・
「糞、糞、糞、なんだよ! 見下しやがって。オレは裕理に、立場を分からせてヤリたいだけなのに。どうしてこんな事になるんだっ」
レンメイの体に溺れ、頼まれるがままに軽い気持ちで知っていることを教えた。
国が管理してる、魔法的価値の高い呪物の場所。
義瑠土や魔導隊の動きも。
あのラコウ人を攫うのに、義瑠土内の人間を使って施設外におびき寄せもした。
「(それをレンメイは感謝もせず、逆に俺を脅す材料にしやがって)」
”情報を漏らしたことをバラす”と、脅され始めてから良い様に使われている。
かといってレンメイを押さえつけようにも、異世界の術に敵う気がしない。
裕理らには傲慢に振舞いながらも、犬神の状況は悪かった。
身から出た錆である現在の状況。
しかしプライドの高い犬神は、自身の危機的な状況を認められない。
「それにあいつら……烈剣姫と、妙な男っ。何が‘魔導隊を語るな’、だ。何様のつもりなんだ。俺は魔導隊に選ばれたんだぞ。は、はは――この鎧だって貰ったんだ。これを貰えもしない裕理に、負けるわけねえだろっ」
犬神がビルに持ち込んだ鎧の装着を始める。
黒い金属で作られた全身鎧。
鎧自体に魔力を使用した動力が組み込まれ、障壁と強化を自動で展開した。
初代魔導隊の鎧と戦闘記録、そして“黒騎士”の黒化顕現を模した魔導隊の次世代主力装備である。
初代魔導隊を馬鹿にした男は知らずうちに、彼らが基になる装備を悠々と着こんでいった。
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