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 潮風の香り。沈みかけた夕日が照らす水平線。

 その美しい空と海の境は、旧い港に数多(あまた)建てられた倉庫によって(さえぎ)られる。


 倉庫群は軍事基地もかくやといった様相の鉄柵で囲まれているが、魔力で体を強化できる人種にとっては無意味に等しい。

 破ろうと思えば、簡単に突破は可能。


 しかしクジャクら一行は、倉庫群と外界を仕切る門の正面に立っていた。

 堂々と正面門から内部に進むつもりなのである。


 「やはり魔導隊の支援は却下されました。私達だけで動くことになります。……せめて藤堂さんに連絡が繋がれば良かったのですが」


 多くの犯罪組織に顔が割れている灯塚裕理(ひづかゆうり)は、倉庫群外縁で外の様子を見はりつつ待機。

 こちらの合図で内部に突入する手はずだ。


 ちなみにフレイヤは、最後までリンカを案じながら仕事に向かった。

 1人アパートに残されるよりは安全であろうと裕理も許可を出している。


 「養父(とう)さんの事だから、“伽藍の力で乗り越えることが重要”って修業の一環にされそう」

 「リンカが囚われてるんです。まさか…………いやそんな事は……」


 「此処に居ない、伽藍の養い親っていうヤツのこと話ても仕方ないだろ。今はこの先に用がある」


 裕理と伽藍の会話を遮り、カルタが門の先を睨むように見据える。

 

 秘密裏に侵入すれば、待ち構えるレンメイの意表を突けるかもしれない。

 だが侵入が露見すれば、密売コミュニティの全てを敵に回す結果となる。


 「ならレンメイと関わりのないヤツらに喧嘩売ることは無いよ。堂々と客として入ってやろうじゃないか」


 レンメイがコミュニティ内部に居るとはいえ、それぞれの思惑を持つ集団が混じる組織全てを支配下に置くことは出来ないだろう。

 無駄な争いで消耗するより、入れるところまでは何食わぬ顔で入ってやるつもりだ。

 結果的に敵地の中心で囲まれても、クジャクに恐れる理由はない。


 大事な娘を奪われて、黙っていられるか。

 もとより多数を相手取る戦いは得意とするところ。


 ――囲まれようが、ぜんぶ焼き切ってやる


 クジャクの手には、敵を焼く瞬間を待ちわびるように、赤い糸が火照(ほて)っていた。


 俺は紅蓮の女主人……その凶悪な顔を横目で見つつ、鉄柵に作られた門を開ける。


 奪ったモノを返せと。手あたり次第を破壊し、叫びたくなる激情を押さえて。

 

 ・

 ・

 ・


 門を開ければ、すぐに密売コミュニティの警備と(おぼ)しき男に呼び止められた。

 俺は(ふところ)から出した札束を握らせ、男に中の案内を頼む。


 札束を渡すのを見て、伽藍(から)がぎょっとしていたが無視。


 男は警戒しながらも俺達を倉庫群の一角へ導いた。古びたビル群が近くに見える、比較的小奇麗な倉庫内部。

 テーブルとソファー、その(ほか)雑多に棚や椅子が置かれた薄暗い部屋に通される。


 「なんだぁ、あんたらは? 見ない顔だ。えらい別嬪(べっぴん)さんに、妙に暗い目のあんちゃん……学生服のガキもいるじゃねぇか……それに、その肌に耳……異世界人か?」


 室内には、数人のガラの悪い男たちがたむろしていた。

 各々ソファーにもたれかかる者や、壁に寄りかかり酒を舐めていたりと、どこか物騒な雰囲気である。


 「……へぇ、随分気前がいいじゃねぇか。まあ座ってゆっくりしてけよ」


 ここまで案内した下っ端らしき人物から札束を見せられ、ソファーに座る男の眼が見開く。


 「そんなヒマ無いんだよ。用があるのはもっと奥だ。……あんたら、レンメイっていう異世界人は知ってるか」

 「…………どうだったかな」


 凄むカルタに対し、要領を得ない答えが返ってくる。どうやらソファーに座り煙草を灰皿に押し付けている男が、この集団のトップらしい。

 

 室内の男達がカルタの威圧感に動揺する中、ソファーの男だけが眉を動かすに留まる。

 敵と分かれば此処で戦い始めるつもりのカルタ……ラコウの“本職”相手に動じない、肝の据わった様子。


 「そうだなあ。俺達とチョットばかし酒に付き合ってくれたら、奥の‘会場’まで案内してやる。儂への通行料の代わりだ」


 「会場? なにそれ?」

 「密売品の取引所だろ」


 「そうだ、お子様は帰んな。俺はそこの別嬪さんと酒が飲みたい」


 伽藍とカルタが’埒が明かない’と前に出ようとした時、おもむろにクジャクが男と会い向かいのソファーに座る。

 クジャクは男が空にしたグラスに洋酒の瓶を傾けると、注いだ琥珀色の酒を一気にあおった。


 「やるねぇ」

 「で、お兄さん。此処にレンメイって真っ黒な女が居るんだろ。何か知らないかい?」


 お返しとばかりに、クジャクがグラスに酒を注ぐ。

 ガラスの丸い縁には、女主人の(くち)を彩る赤い(べに)がついていた。


 ――ん……くは。……割と最近だな、あの黒女が此処に居ついたのは

 ――へえ……兄さんたちはレンメイと商売したんですか?


 重ねられる杯。


 ――儂はあの女、いけ好かん。妙な黒装束連れて、妙な術使いおってからに

 ――でも此処の景気は随分良くなったって聞きましたよ


 お互い、度数の強いストレートの酒を水のように飲み干していく。


 ――まー、あの女に使われとる奴らは羽振りが良い

 ――兄さん達は、此処に居ていいんですか

 ――ふん。儂らが従わんから、こんな端っこに置かれたんだ

 ――レンメイは奥の高い建物の方に居るんですね

 ――ああ。この倉庫群の奥。そのまた一番奥の、海に面した一番高いビルだ


 「あたし()はソコに用があるんですよ。案内頼めませんかね」

 「…………」


 考え込む男。

 レンメイに不信感があるとはいえ、門番のような役割を担う以上、軽率に案内などしたくないのだろう。


 俺は酒を飲み干し合う2人が、まったく酔う(てい)を見せないことに感心していた。

 特に男の方は日本人ながら、魔力の扱いに長けた人物であると察する。


 「(内臓に魔力を回して強化している)」


 現代日本の魔力適合者において、魔法を義瑠土などで正式に学ぶ人間には、身体強化は身近な技術である。

 しかし内臓の強化というのは、思いのほか非常に難易度が高い。

 意識下で力を調節できる四肢の筋肉と違い、無意識化で神経がコントロールする内臓に魔力を纏わせるのは至難の業なのだ。


 「……あんたがコレを飲み干せたら案内してやるよ」


 そういって男が棚から取り出したのは、透明な酒瓶。

 それを見た取り巻きの男たちが、悪い顔で笑っている。


 「1人で無理なら、お仲間が手伝ってもいい」


 瓶には外国語のラベルがあるが、アルコール度数の表示は難なく読むことが出来る。


 アルコール度数、脅威の97%。

 もはやジョークグッツの(たぐい)である。


 グラスに注がれた酒の香りに、クジャクが眉を(ひそ)める。

 伽藍とカルタも酒の内容を察し、敵意を高ぶらせていく。


 ――もうここから始めるか


 2人の表情はそう物語っていた。


 リンカの身の安全を考えれば、序盤での派手な騒ぎは避けたいところであるが……。

 クジャクもリンカを思うが故か、席を立たずグラスに手を伸ばした。

 

 その手を後ろから止める。


 「旦那」

 「なんだあんちゃん。あんたが先陣切るのか――」


 俺はグラスの中身を一気に飲み干した。

 本来なら酒精が喉を焼くのだろうが、殆ど何も感じない。


 「ちょっと……! 大丈夫? いくら身体強化があっても97%なんて、平気なワケ……」


 室内の男たちは驚いた顔となり、伽藍も心配そうに七郎へ声を掛ける。


 「……」


 グラスを置き、次に手に取ったのは酒の入った瓶。

 そのまま瓶を傾け、中身を飲み干す。


 「あんたの‘強化’すげぇな。儂でもそりゃ飲めん」

 「そんなの他人に勧めないで」

 「悪かったな嬢ちゃん。こっちだって本気じゃない、少し驚かせたかっただけで――」


 

 バリンッガシャリッ!

 

 

 瓶が割れ、砕けた音。

 瓶を落とし割れたのかと思い、全員の視線が音の方向へ。


 ガリン……ガチャン……。


 視線が俺の口元へ集まる。

 瓶を咀嚼し、飲み込む音だけが室内に響いた。


 「は? ……は?」

 「あなた、何して」


 瓶底を残し、腹に納めていく。


 もうたくさんだ。時間の無駄だ。

 忍耐を試すようなマネをされても、俺はもう……耐えられるほどの余裕がない。


 烈剣姫を始めとした全員の青い顔を尻目に、男の目の前、憤りを込めて瓶の余りをテーブルに突き刺す。

 

 怯えた顔で汗をかく男。


 「さあ案内してくれ。……早く……俺は約束は守ったろう?」


 ――でないと、瓶の次はオマエの頭だ


 座る男は恐怖で表情を歪めると、急いで立ち上がり準備を始めた。


 「だ、旦那?」


 クジャクは七郎の瞳の奥に光を見る。炎のような揺らめき。

 それはおそらく、十字を(かたど)っていた。


読んでいただき、ありがとうございます。

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