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来訪者たち(1)

 

 墨谷七郎はひとり、森と墓地区画の(さかい)にある小路(こみち)を歩いていた。

 

 時刻は夕暮れ時。地平線にそびえ連なる山々の向こうに、陽が沈んでいく。


 茜色(あかねいろ)斜陽(しゃよう)は、華瓶街(けびょうがい)の街並みから墓石まで分け(へだ)て無く、その影を濃く浮き彫りにしている。

 すべてを赤く塗り潰す陽光はしかし森の木々の奥、湿った匂いのする闇を照らすに至らない。

 

 この森は異界だ。

 古くから「山は異界だ」というオカルトは存在するが、霊園山が有する山林に至っては比喩(ひゆ)ではない。


 文字通りの異界迷宮。ダンジョンとも言い換えられる。


 高密度の魔力により、全体が迷宮と化している双山。

 迷宮化しているといっても、場所ごとにその深さは異なる。


 その深い……魔力の影響を強く受けている場所が山中の森と墓所だ。


 魔法元年以前より、水影(みずかげ)山と白捨山が連なる双子山の斜面に、ある程度の敷地面積を持つ霊園はあった。

 しかし双山がダンジョンと成り果ててから、(くだん)の墓所区画は広大な面積へと変わる。


 人為的に広げたのではない。勝手に墓地が広がったのだ。

 建てられた覚えのない管理者不明の墓石が一夜のうちに現れたり、かと思えば霊園山から離れた場所の墓所が、これも一夜のうちに山内の墓所へ移動してきたりする。


 ”死”という概念に連なる物質を、山そのものが引き寄せ増殖させているような有様であった。

 幸いダンジョンの意思活動ともいえる動きは、近年落ち着いてきてはいる。


 「…最近、イヌが多いな」


 義瑠土(ぎるど)白捨山管理支部へ戻ろうとする俺は、歩きながら考える。

 

 時間があれば行っている山中異界での魔物狩り。目的はリソースの確保。

 

 魔物を殺し、魔力の核となる部位を剥ぎ取り収集するのだ。

 魔力の核は、抽出し純粋な魔力に変換するも良し、触媒や魔道具の材料に加工するなど用途は多岐に渡る。

 いくらあっても良い。

 

 普段潜る異界は、通常俺達が立つ世界から入れる深度では無い。空間を超えた先にある。

 

 出入り口が無ければ、異界深部に住むバケモノ共が墓所区画や華瓶街にまで()い出ないのが救いだ。

 しかし異界でなくとも魔力渦巻く山中は、戦闘訓練を積んだ程度の人間には危険度が高すぎるため侵入厳禁である。


 その異界と墓所を行き来しながら、ある違和感を感じている。

 イヌ型の魔獣、魔犬との遭遇率が異常に高くなっているのだ。

 先日、辻京弥(つじきょうや)櫻井桜(さくらいさくら)が遭遇した魔犬の群れの存在も気になる。

 普段は墓地区画にまで魔犬が出てくることは少ない。それも群れとなると……。


 「ぁ--」


 そこまで考えていた時、かすかに聞こえる声に気付いた。


 「すみたーにーサーン!」


 こちらに駆けてくる人影。腰に呪符束を装備する快活そうな女性が、すごい勢いで向かって来るのだ。

 櫻井桜(さくらいさくら)である。


 「ちょっと来てくださいッス!」

 「えっ」


 唐突に腕を掴まれた。彼女は息つく間もなく走り出す。


 「えっなに」

 「とにかくあの()を止めてくださいっス!」

 「どういうことっっぐ!」


 桜はこちらに目を向けず全力疾走だ。

 もはや俺の足は地面を離れ、哀れなおもちゃのように勢いよく引きずられるしかない。


 「おああああああああっご!?」

 

 段差がっ!


 「喧嘩が始まっちゃってっ! あんなカワイイ娘がっ!」

 「んえぇぇぇぇぇぇ!!」


 (ちから)っっ(つよ)―――


 「京弥センパイはッッ! 蹴りっ飛っばっさっれってっ!」

 「がっがっがっがっがっがっ」


 階段ががががががが。


 「止められる人探してっ。でも刀持ってるッスぅぅぅ」


 「ほああああああああ↑↑」


 「京弥センパァァァァァァイ!」


 「いやぁぁぁああああああああああああああ!!??」


 櫻井桜はボロ雑巾のように(けず)れていく男の叫びに気付かず、義瑠土(ぎるど)支部まで駆ける。

 今まさに死地にある辻京弥を救う為に、心の叫ぶまま全力で走ったのだった。


 ・

 ・

 ・


 「つまり?」


 「午後の今日に私よりちっちゃい一団が指した刀がかわいい女の子の烈剣姫で京弥センパイが負けそうで何とかしてもらおう墨谷サンッ」


 「なるほどわからん」


 ――いったん落ち着こう。


 櫻井桜の支離滅裂な説明に頭を抱える。まず桜に落ち着くよう深呼吸を勧めるべきか。


 「すぅーーはぁーーすぅーー」


 俺達2人は義瑠土支部に到着し、正面玄関前で状況を知ろうとしている。

 

 支部の中で何が起きているのだろうか。

 いや、確かに何かが起きているのはわかる。

 衝撃音、そして刃がぶつかり合う音が、支部内にいる人間たちの緊張と動揺に混ざりながら伝わってくるのだ。

 

 「とにかく事態は急を要する。辻くんが危ないんだね」

 「そ、そうっス」

 「暴れているのは?」

 「女の子がひとり…」


 相手がヒト型をしていて、桜が支部を飛び出すまで敵は単独。

 辻と義瑠土支部内にいる他複数人で相手取れているならば、敵対者の人数に変わりはないのだろう。

 

 最低限の把握を行った七郎の手には、いつぞやゴーストの捕縛に使われた黒縄(こくじょう)が握られていた。

 いつ取り出したのか桜には分からなかったが、いまは場の収拾を願うのみだ。七郎の後ろに付き、共に支部内へ続こうとしている。


 「(――行くか)」


 黒縄を手にして勢いよく、されど音もなく支部内へ飛び込む。

 支部正面玄関から入れば、ホールと対応受付を(ゆう)する広い空間があるはずだ。


 飛び込みながら内部の様子を瞬時に確認する。


 把握した。白のパンツ。


 学生服で身を包んだ少女の、小さいながらも十分に女性らしい足が見えた。

 そして足の付け根には丸い尻と、それを覆う白い布。

 スカートは大きく(まく)れ、隠すという役割は果たさない。

 

 さらに、(またた)きほどの刹那に俺は見た。


 「(この()跳躍(ちょうやく)中にこちらを見てから蹴りに切り替えた…!)」


 おそらく跳躍の最中だったの。

 こちらを意図して狙ったものではないのだろう。

 だが学生服の少女は瞬時に対応し、新たな脅威に対する攻撃へシフトしている。

 

 「(やるなぁ)」

 

 少女への賞賛。捲れるスカート。白のパンツ。

 電気信号並みの速さで、自分の下半身の状況を知った学生服の少女。

 

 七郎の視線が、少女の羞恥に染まる顔まで上がったところで-----!


 「アっ!!(高音)」


 少女の跳び蹴り。足刀が顔面に食い込んだことによる、男の短い悲鳴が聞こえたのだった。


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