最終話 大谷翔平選手の物語
2023年WBC。
何人もの選手が、熱いドラマを見せた大会だった。
物語の主人公みたいな選手が、数多くいた。
そんな中でも一際強い輝きを放つ、主人公中の主人公が存在していた。
大谷翔平選手だ。
WBC2023年大会は、彼のためにあったと言っても過言ではないだろう。
高校時代から大谷選手は、注目される存在だった。
投げては当時の高校生最速である、160km/hを記録。
打っては高校通算56本のホームラン。
投手としても打者としても、非凡な才能を見せていた。
プロ入りしたらどちらの道を選ぶのか、注目を集めたものである。
そう。
どちらかを選ぶのが、普通である。
投手と打者では、必要なトレーニングが異なる。
両方は無理だ。
「え? そうなの? エースで4番とか、よく聞くじゃん」
と、思われる方もいるだろう。
だがそれはあくまで、アマチュアレベルでの話だ。
運動神経に恵まれた選手が、学生時代までは投打に渡って活躍。
プロ入りするとどちらかに専念するというのが、これまでの常識だった。
北海道日本ハムファイターズに入団し、大谷選手が選んだ道は「両方」。
ピッチャーとしてもバッターとしても活躍する「二刀流」に、プロの世界でも挑戦すると表明したのだ。
これには野球界が荒れた。
「どちらかで生き残るだけでも大変なのに、二刀流なんてふざけている! プロの世界を舐めるな!」
「どちらも中途半端な成績になる可能性がある。偉大なバッターになれる才能があるのに、勿体ない」
「いや、それよりピッチャーをやらせろ。160km/h投げれる奴なんて、そうはいない」
「とにかく、どちらかに専念すべき 。怪我をしてからでは遅い」
といった風潮だ。
「まだ前例がないのだから、やる前から無理だと断定するのはおかしい」
「二刀流? 個性的でいいじゃない! やっちゃえ!」
という、二刀流賛成派は少数。
そんな少数派の1人が、当時ファイターズの監督だった栗山英樹氏。
そもそも二刀流を勧めたのは、この栗山監督と球団なのだ。
今の大谷選手があるのは、栗山監督と日本ハムファイターズのおかげと言ってもいいだろう。
二刀流反対派を、大谷選手は結果で黙らせた。
投手としても打者としても、素晴らしい成績を残していく。
2018年からは海を渡り、メジャーリーガーとなった。
ここでもやはり、二刀流に対する冷ややかな視線は少なくなかった。
「日本プロ野球よりレベルの高い、メジャーで二刀流? 有り得ないね」
だが皆、あっという間に手の平クルリだ。
むしろ日本にいた頃より、怪物じみた記録を連発する大谷選手。
怪我で手術することになったり、不調に陥ることもたまにあるが、不屈の精神と努力ですぐに第一線へと戻ってくる。
天才。
現実離れした存在。
スーパーマン。
サイボーグ。
野獣。
化け物。
地球外生命体。
なんだか酷い言われようも混ざっているが、それぐらい非常識な活躍をしたのだ。
人間扱いしてもらえないことは、甘んじて受け入れるべきだろう。
大谷選手は、スーパースター中のスーパースターになっていた。
ダルビッシュ有選手からも、「全てを手に入れた男」と評された大谷選手。
だがそんな彼にも、まだ果たせていない夢があった。
大谷選手は高校時代から、「人生計画ノート」を付けている。
そこに記載されている、27歳時点での目標。
「WBC日本代表入り」
「そこで最優秀選手を獲得する」
大谷選手は現在28歳。
新型コロナウイルスによる開催延期で少しズレたが、計画を実現させる時が来たのだ。
日本代表チームの監督は、栗山氏。
「二刀流」への道を提案し、育て、世界に解き放ってくれた恩師と共に、大谷選手は世界一を目指す決意をした。
日本代表チームと合流する大谷選手。
彼は大会前の強化試合から、異次元の打撃を見せた。
変化球で体勢を崩され、膝を突かされたのに、そのまま片手でホームランを打ってしまう。
かと思えば、詰まらされた当たり(バットの根元近くで打ってしまうミスショット)にもかかわらず、スタンドに放り込んでしまったり。
あまりの規格外っぷりに、ツイッターでは「大谷バケモン」のハッシュタグがトレンド入りしたという。
大会本戦が始まってからも、大谷選手の活躍はとどまることを知らない。
東京ドーム観客席上部にある看板に、ホームランを直撃させる。
それも自分の顔が映っている広告看板にブチ当てるのだから、演出過剰もいいところだ。
豪快なバッティングばかりかと思えば、意表を突いたセーフティバントを敢行したり。
塁に出れば瞬足を生かし、盗塁を決めたり。
おまけにピッチャーとして登板しては、MAX164km/hの剛速球と、物理法則を無視したかのように曲がるスライダーを投げる。
もう、やりたい放題である。
お前はなろう主人公か!
筆者は野球漫画が好きで数多くの作品を読んできたが、ここまでチートな主人公などいなかった。
編集者から「ダメ! フィクションだからって現実味が無さすぎる!」と、ボツを食らうレベルである。
大谷選手の存在はフィクションではなく、現実なのだが。
縦横無尽な活躍で世界中を驚かせた大谷選手だが、彼の魅力は成績だけではなかった。
実に生き生きと、楽しそうにプレーするのだ。
ベンチでは元気よく声出しをしてチームを鼓舞し、仲間のファインプレーには派手に喜んで称える。
その姿はまるで、ただの野球少年。
大谷翔平という選手は超一流プレイヤーでありながらも、ハートはピュアな野球少年のままなのだ。
楽しそうに無双する大谷選手だったが、ライバル達も超人揃い。
準決勝メキシコ戦で、ピンチが訪れた。
日本が1点リードされた状態のまま、最後の攻撃を迎えたのである。
メキシコ代表は強く、日本は敗色濃厚に見えた。
そんな中で、大谷選手は打った。
ホームランとはいかなかったが、チャンスを生み出す二塁打だ。
ここで大谷選手は、鬼気迫る力走を見せた。
あまりに激しい走塁だったため、ヘルメットが脱げ落ちてしまったほどだ。
二塁に到達した大谷選手は、ベンチに向かって激しく吠えた。
――みんな! 俺に続け!
とばかりに。
結果は知っての通り、日本が奇跡の大逆転勝利をもぎ取る。
大谷選手がチャンスを作り、仲間を鼓舞しなかったら勝てなかっただろう。
今大会中、彼はいつだってチームを引っ張ってきた。
プレーで。
言葉で。
態度で。
決勝戦の相手はアメリカ代表。
主将を務めるのは、メジャーで3回もの最優秀選手獲得経験があるマイク・トラウト選手。
現在メジャーリーグで、最強の打者と言われる男。
大谷選手と共にロサンゼルス・エンゼルスに所属する、チームメイトでもある。
普段は同僚ゆえに戦うことのない2人が、世界一をかけて激突するのだ。
決戦の地、ローンデポ・パークのグラウンドに選手達が入場してくる。
アメリカ代表チームの先頭で、星条旗を掲げるのはトラウト選手。
日本代表チームの旗手を務めるのは大谷選手だ。
球場内の観客達が。
テレビ中継を観ている世界中の野球ファン達が、息を呑む。
「これからとんでもないことが起こる」と、直感して。
――本音を言うと筆者は、ちょっと冷めた目で見ていた。
メディアが「大谷とトラウトの直接対決!」と騒ぎ立てているが、別に大谷選手が投げるわけではない。
WBC決勝戦が終わったら、すぐさまメジャーリーグのオープン戦が始まってしまう。
所属するエンゼルスが、登板許可を出すはずがない。
実際エンゼルスの監督は、「準決勝・決勝で大谷は投げない」と発言している。
直接対決と煽られていたが、「どちらが打者としてより打つか」みたいな対決になるだろうと予想していた。
決勝戦は、緊張感溢れる展開になった。
日本は若い投手陣の活躍により、スーパースター揃いのアメリカ打線を最小失点に抑え込んでいく。
大谷選手も指名打者(投手の代わりに打つ、打撃専門の人)として活躍するも、なかなか点は入らない。
点差は僅か1点。
かろうじて日本がリード。
5回。
信じられないことが起こった。
大谷選手が、投球練習を開始したのだ。
「ウソだろう!? 投げるのか!?」
「指名打者が抑え投手に回るなんて、聞いたことがない!」
「エンゼルスの監督も、投げないって言ってたじゃん!」
筆者もテレビの前で震えていた。
こんなの前代未聞過ぎる。
そもそも大谷選手は、先発タイプの投手なのだ。
試合の最初から登板し、ペース配分をしながら長い回数を投げ抜くのが仕事。
試合終盤に駆り出され、短いイニングを全力で投げ切る抑え投手とは、求められる能力が異なる。
9回。
本当に大谷選手が、マウンドに登った。
打者として出塁し、スライディングを行ったため、ユニフォームは土で汚れている。
「泥だらけの抑え投手なんて、初めて見ました」
リポーターを務めていたタレントの中居正広氏は、こう語っている。
通常、抑え投手は出番までベンチで待機しておくもの。
二刀流である大谷選手以外では、ありえない状況。
マウンドに登った「泥だらけのストッパー」は、遺憾無くその力を発揮する。
凶悪な火力を誇るアメリカ代表の打者達を、ダブルプレーに打ち取った。
これでツーアウト。
あとひとつアウトを取れば、世界一だ。
ここで登場する相手が、マイク・トラウト選手。
普段のチームメイトであり、現在のメジャーリーグ最強打者。
誰もが夢見つつも、実現しないだろうと思っていた対決が、実現してしまった。
投手大谷翔平と打者マイク・トラウトによる、正真正銘の直接対決。
筋書きを書いた野球の神がいるのなら、こう言いたい。
「漫画かっ!!」
メジャーリーグのスーパースター同士による、フィクションを凌駕するドラマチックな対決。
大谷選手の160km/hを超える剛速球に、トラウト選手はフルスイングで応える。
身の毛もよだつようなスイングだ。
力と力、技術と技術、魂と魂のぶつかり合い。
最強打者のトラウト選手相手に、甘い球は投げられない。
ストライクゾーンを外したボール球も増え、勝負はフルカウントまでもつれ込んだ。
球場を破壊しそうなほどに、「USA」コールが鳴り響く。
最後の1球。
トラウト選手のバットが空を切った。
直接対決を制したのは、大谷選手。
日本代表チーム、14年ぶりの世界一だ。
皆が歓喜を爆発させる。
チームのメンバー達。
日本から現地に駆けつけていた、応援団。
テレビ中継を食い入るように観ていた、筆者をはじめとする世界中の野球ファン達。
アメリカ代表の敗北に、最初は意気消沈していたアメリカ人達も、拍手で日本を賞賛してくれている。
世紀を越えて語り継がれるであろう戦いを、私達は目の当たりにした。
WBCが終わってから、早くも2週間が経過した。
日本代表チームは解散し、選手達はそれぞれが所属する球団に戻っている。
WBCで大会最優秀選手を獲得した大谷選手も、ロサンゼルス・エンゼルスに戻っていた。
開幕から、活躍している。
ここ数年、エンゼルスの成績は低迷中。
大谷選手やトラウト選手、メキシコ代表として日本を苦しめたサンドバル投手まで所属しているのに、勝てないのは不思議だ。
しかしそこがまた、野球というスポーツの面白さであり、奥深さでもあるのだろう。
強い「個」がいるだけでは、勝てない。
そんなエンゼルスだが、2023年シーズンは順調な滑り出しだ。
開幕したばかりなのに言うのは時期尚早だが、今年は期待できるかもしれない。
ぜひともメジャーリーグナンバーワンを決める、ワールドシリーズまで勝ち進んで欲しい。
「いや、無理だろ?」
と、誰もが思うことだろう。
それでも、大谷選手がいればひょっとしたら……。
そんな夢を見てしまう。
大谷選手は、世界中の人々を魅力するスーパースターだ。
ホームランを数多く打ったり、剛速球を投げるからというだけで、スター足り得るのではないのだろう。
いつだって彼は、多くの人々に夢を見せてきた。
「不可能」と言われた二刀流を実現し、誰も歩いたことのない道を突き進むことで。
人々に、「できるかもしれない」と夢を見せられる。
それこそが、スーパースターの条件なのかもしれない。
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