第7話 村上宗隆選手の物語
村上宗隆選手は我が熊本県が誇る、日本プロ野球史上最年少の三冠王である。
三冠王というのは1シーズンに1人の打者が、「首位打者」、「本塁打王」、「打点王」の3タイトルを同時に獲得すること。
打つ確率が恐ろしく高くて、ホームランも打ちまくって、チャンスにめっぽう強いという、日本最強打者の証である。
2022年シーズン。
村上選手はこの三冠王に輝いただけではなく、日本人としての1シーズン最多ホームラン記録も更新している。
まだ23歳という若さなのに、無双状態だ。
神がかり的な活躍から、「村神様」と崇められるまでに至る。
当然のようにWBC2023年大会において、日本代表チームに選出された。
我々ファンは、浮かれていた。
「村神様が日本代表にいるんなら、世界一はもらったな」
「大会中、何本ホームラン打つんだろうか?」
「村上と大谷と吉田が同じ打線に居るなんて、反則やろwww」
「ああ~。村上宗隆が、世界に発見されてしまう~。まだメジャーリーグに連れて行かないで~」
などと、キャッキャウフフとはしゃいでいた。
そして2月終盤。
日本代表チームは集結し、まずは大会前の強化試合が始まった。
相手は日本のプロ野球球団。
村上選手の打順は4番。
チーム最強打者が務める、責任重大な打順だ。
愕然とした。
村上選手は、びっくりするほど打てなかったのだ。
「きっとまだ、調整が充分じゃないだけだ」
「大会が始まれば、打ってくれるやろ。なんせ去年の三冠王なんだし」
周囲はそう期待して、本調子になるのを待った。
3月に入り、WBC本戦が始まった。
まずは1次リーグで、4カ国と総当り戦。
日本は1、2番打者が、毎回のように出塁。
3番打者が、怪物じみた強打を連発。
5番打者が頼りになり過ぎる打撃を見せるなど、ドリームチームらしい凄まじい攻撃力を発揮していた。
野球においては6~9番打者を下位打線と呼び、さほど攻撃面での責任を負わない。
だが、その下位打線まで打ちまくる。
そんな中で、4番の村上選手だけが打てていなかった。
――違う。俺らの知っている、村神様じゃない!
村上選手の抱えている不調が長く、深刻なものであると、ようやくファン達は気付き始めた。
村上選手は真面目で、責任感が強い性格なのだろう。
4番打者としての使命を果たせないことで、精神的に追い詰められていった。
神などと呼ばれても、まだ23歳の若者なのだ。
年齢やプロ経験年数の少なさに反して、周囲の期待はあまりに大きい。
日本代表ベンチの雰囲気は常に明るいのに、村上選手の周りだけ空気がよどんでいた。
表情が強ばっている彼を、周囲の仲間達は必死で元気づけようとする。
だが結果が出なければ、本人の心は絶対に晴れないのだ。
去年の三冠王。
日本人最多ホームラン記録保持者。
推定年俸6億円の男。
大き過ぎる期待が逆転し、ネット上は村上選手への誹謗中傷で溢れ返った。
「打てない奴を、なぜ使い続ける?」
「準々決勝からはトーナメント、負ければ終わりの1発勝負なんだぞ?」
「栗山、村上と心中する気か?」
村上選手だけでなく、4番として起用し続ける栗山英樹監督にも非難が集まっていた。
さすがの栗山監督も、準々決勝からは打順を入れ替えた。
絶好調の吉田正尚選手と入れ替わりで、5番に下がる村上選手。
だが5番も重要ポジション。
3番4番と並んで、ランナーの掃除屋と呼ばれる。
まだ栗山監督は、信じているのだ。
村上宗隆という選手が、いかに凄いのかを。
ここで終わるバッターでは、ないということを。
故障により無念の出場辞退となった鈴木誠也選手もまた、村上選手を信じた1人。
鈴木選手の励まし方は、鬼畜だった。
インスタグラムにおいて、村上選手のイジり動画を投稿したのだ。
打てなくて凹む、村上選手のモノマネだ。
それもコミカルに誇張しながらの。
これだけではただの畜生だが、鈴木選手は動画の最後で「顔を上げて頑張れ!」と、爽やかに激励している。
信頼関係のある2人ならではの励まし方。
村上選手もこのモノマネ動画を見て、「すごく元気出ました」と語っている。
ファン達だって悪口を言いながらも、内心では期待していたはずだ。
村上選手の大復活劇を。
WBCという大会は、奇跡のような復活劇が起こりやすい。
2006年大会では福留孝介選手が。
2009年大会ではイチロー選手が。
それぞれ絶不調から復活し、大会終盤の重要な場面でチームを救っている。
「またあの時のような奇跡を、俺達に見せてくれ!」
2006年大会、2009年大会を知るファン達は、祈るような気持ちで村上選手の復活を待った。
そして迎えた、準決勝メキシコ戦。
ここまでの相手とは、格が違った。
メキシコ代表チームは数多くのメジャーリーガーを有する、優勝候補の一角だ。
選手達は母国への思い入れが強く、チームとしての団結も固い。
日本は序盤に失点してしまい、何とか追いついてはまた突き放されるという試合展開。
敗色濃厚だ。
1点差で負けている状態のまま、9回裏最後の攻撃を迎える。
この回、先頭打者の大谷翔平選手が打った。
ヘルメットを落としながら、鬼気迫る激走。
彼は二塁に到達すると、ベンチに向かって吠えた。
みんな! 俺に続け!
とばかりに。
このパフォーマンスに、球場が――
そしてテレビの前で観ている、世界中のファン達が湧いた。
日本代表チームは、まだ誰も諦めてはいない。
続く吉田選手は絶好調。
相手チームからも、激しく警戒されている。
まともに勝負してもらえず、四球で出塁となった。
誰がメキシコ代表の監督でも、そうするだろう。
なんせ次の村上選手は、今大会絶不調なのだから。
吉田選手は一塁に向かう前に、村上選手を振り返り指差した。
お前が決めろ。
今大会絶好調の強打者は、悩める若き強打者を信じ、勝利を託したのだ。
村上選手を信じたのは、吉田選手だけではない。
栗山監督は村上選手に代打を出さず、バントの指示もしなかった。
それだけではなく、吉田選手に代走を出す。
これは延長戦まで持ち込むつもりはないという、意思表示。
お前のバットで、逆転勝利をもぎ取れという指令。
負ければ全てが終わるという試合でも、栗山監督の信頼は揺らいでいなかった。
そして、若き三冠王は目覚めた。
村上選手らしい、恐るべき速さのスイング。
打球は美しい軌跡を描いて飛び、外野フェンスを直撃。
走者が2人還って、侍ジャパンの大逆転勝利だ。
歓喜に湧く、日本代表チーム。
もちろんチームの勝利への喜びもあるだろうが、それよりも村上選手が復活したことへの喜びを強く感じた。
皆が群がり、若き強打者を祝福する。
まるで自分が打ったかのような喜び方だ。
吉田選手や栗山監督だけではなかった。
チーム全員が、村上選手の復活を信じていたのだ。
奇跡の大逆転勝利から一夜明けて、日本は決勝戦を迎える。
相手はアメリカ代表。
チーム全員がメジャーリーガー。
選手達の年俸を合計すると、日本円にして500億を超えるという銀河軍団だ。
2回表に豪快なホームランを浴び、侍ジャパンは先制されてしまう。
アメリカ代表の強さに、日本人ファン達が息を呑む。
その回の裏だった。
若き三冠王のバットが火を噴く。
打球は観客席2階に突き刺さる、特大のホームラン。
打った瞬間に「入る」と分かった村上選手は、悠々と一塁に歩いていく。
日本で散々見せてきた「確信歩き」を、アメリカでも披露したのだ。
ベンチで自信無さげに縮こまっていた男は、もうどこにもいない。
自信に満ちた表情と立ち振る舞いは、王者のそれだ。
苦しみを乗り越えた若き三冠王は、そのバットで世界一を引き寄せた。
WBCが終わり、村上選手は日本に戻ってきた。
日本プロ野球の試合で、早くもホームランを打っている。
WBC序盤の不調は、何だったのかという活躍だ。
きっとスランプを乗り越えたことで、さらなる進化を遂げたのだろう。
筆者は村上選手の母校前を通り過ぎる際、掲げられている横断幕に向かって拝むのが習慣になっている。
「今年も打ちまくって、俺達に夢を見せてくれ、村神様」
と――