第4話 チェコ代表チームの物語
スポーツの試合で盛り上がるには、魅力的なライバルの存在が不可欠だ。
スーパースター軍団のアメリカ代表や、これまで何度も国際試合で死闘を演じてきた韓国代表、チアガールの可愛さ世界一の台湾代表など、強敵は今大会に沢山居た。
そんな中、日本の野球ファン達の心を鷲掴みにした異色のチームがあった。
チェコ代表だ。
チェコはヨーロッパに位置する国。
ヨーロッパでは、驚くほど野球の認知度が低い。
日本で暮らしていると信じられない話だが、世界的に見ると野球はマイナースポーツなのだ。
当然チェコ国内でも、競技人口は少ない。
とても野球で飯が食えるお国事情ではないのだ。
教師、消防士、不動産業、営業職、学生。
チェコ代表のチームは、本業を別に持つアマチュア選手集団。
全員プロ野球選手の日本代表チームと当たれば、虐殺されるのは必至。
一方的でつまらない試合になると、誰もが予想したことだろう。
だが、そうはならなかった。
マウンドに上がったチェコ代表のピッチャーは、本業電気技師のオンドジェイ・サトリア選手。
球速は120km/h台。
160km/h台を投げる怪物ピッチャー達が集うWBCの参加投手としては、あまりに遅い。
そんなサトリア選手の投球に、世界中が度肝を抜かれた。
侍ジャパンの一番槍、ラーズ・ヌートバー選手が三振。
出塁の鬼、近藤健介選手が三振。
そしてメジャーリーグのスーパースターである大谷翔平選手をも、凡打に打ち取ったのだ。
遅い球なのに打てない。
タイミングが合わない。
バットに当たっても、凡打になってしまう。
サトリア選手の姿はまさに、マウンドの魔術師。
おまけに3回には、大谷選手を見事三振に討ち取っている。
片手でホームランを打ってしまうような規格外バッター、大谷選手をだ。
ネット上では、「世界最強の電気技師現る」と騒ぎになった。
観客を湧かせたのは、ピッチャーのサトリア選手だけではない。
現役大学生のマレク・クラップ選手は、佐々木朗希選手を相手に二塁打を放っている。
この時、佐々木選手が投げた直球の球速は163km/h。
160km/h台を連発する佐々木選手が打たれて、最速でも120km/h台のサトリア選手が打たれないのだから、野球というスポーツは奥深い。
他にも守備のファインプレーがあったり、チェコ代表チームは躍動していた。
東京ドームに詰めかけた、4万人を超える大観衆の前で。
不思議な光景だった。
チェコの選手達は、このような大舞台は初めてのはず。
なのに緊張で動きが固くなっている様子は、見受けられない。
チェコ代表チームが遺憾無くポテンシャルを発揮できたのは、その練習方法に秘訣があった。
彼らは大舞台に呑まれることのないよう、日本球場の音声を流しながら練習を積んだというのだ。
大観衆の中でのプレーは、幾度となくリハーサルを行ってきたもの。
理にかなった、頭脳的練習方法だ。
さすが監督の本業が、医師というチーム。
さらにはチェコ代表は、グラウンド上での立ち振る舞いも素敵なのだ。
試合中、佐々木選手の投げた162km/hの剛速球が、ウィリー・エスカラ選手の膝に直撃してしまうというアクシデントが発生した。
悶絶するエスカラ選手。
だがしばらくすると彼は起き上がり、プレーを続行する意志を表明したのだ。
さらに死球を当ててしまった佐々木選手を気遣ってか、全力ダッシュを披露して無事をアピール。
ナイスガイ過ぎる男である。
エスカラ選手の優しさとガッツに、東京ドームが湧いた。
昼間は仕事をこなしながら、限られた時間で練習に打ち込む。
創意工夫と技術、熱い魂をもって、格上の相手に食らいつく。
これはもう、スポーツ漫画の主人公達である。
この試合、日本代表チームは完全に敵役のポジションだった。
最後には地力で優る日本が勝利したが、「チェコ代表凄ェ!」と何度も叫びたくなる試合だった。
気付けばみんな、チェコ代表チームが大好きになっていたのである。
残念ながら1次リーグで敗退となったチェコ代表チームだが、彼らの功績は計り知れない。
国内での認知度はイマイチだったが、WBC出場により野球が注目されるようになったのだ。
チェコ史上初となる野球のテレビ中継が放送され、WBCの熱い試合を国民達は目にすることとなった。
代表選手達の戦いぶりを観たチェコの子供達は、「野球ってカッコイイ!」、「野球って楽しそう!」と思ったことだろう。
彼らの中から次世代のスター選手が生まれ、チェコの野球はもっと発展していく。
そんな未来を、夢見ずにはいられない。
チェコ代表チームは、新たな歴史を作った。
それは単に試合で勝つことよりも、偉大なことなのかもしれない。