第3話 吉田正尚選手の物語
吉田正尚選手は、存在自体がロマンの塊だ。
身長173cmと、プロ野球選手としては小柄。
なのに大男達に混ざって、ホームランをかっとばす強打者。
特にフォロースルー(バットを振り切った動作)が、豪快かつ芸術的。
筆者もバッティングセンターでは、吉田選手のフォームを真似ていたりする。(そして全然似ていないと言われ、凹んでいる)
そんな吉田選手だが、今年から海を渡りメジャーリーガーとなった。
……そう。
メジャー1年目という重要な年ながら、WBCに参加してくれたのだ。
WBCはシーズン開幕前に行われる大会のため、参加してしまうとシーズン前に怪我を負ったり、開幕までの調整が上手くいかないなどのリスクも出てくる。
それらを理由に、参加を見送ったメジャーリーガーは多い。
日本代表チームの指揮官である栗山英樹監督は当初、吉田選手に「今回はやめておいたほうがいい」と言ったらしい。
WBCに出ることで負担が増し、大事な1年目を棒に振る可能性を心配したのだ。
しかし吉田選手は、「メジャーでやるのも夢だったけど、今回のWBCも本当に夢だったんです」と答えた。
その熱き魂に、栗山監督は心を打たれたと語っている。
某人気少年漫画で「魂で余は殺せぬぞ」とのたまった大魔王様がいたが、吉田選手は世界の大魔王級投手達相手に無双した。
打って打って打ちまくる。
大会中32打席に立って、三振は1回しかない。
13打点を上げ、WBC大会記録を更新。
最優秀賞選手でもおかしくない、大活躍である。
1次リーグでは5番打者だったが、前を打っていた村上宗隆選手の絶不調もあり、準々決勝からは入れ替わりで4番に抜擢された。
※4番は重要な打順であり、チーム最強打者が務めることが多い。
これだけ活躍すれば、相手チームからも警戒される。
準決勝メキシコ戦。
日本が1点差で、リードされている状況。
9回裏、最後の攻撃。
追いつけなければ、全てが終わる。
打席には、絶好調の吉田選手。
当然ながら、勝負を避けられた。
相手投手は、まともなストライクを投げてこなかったのだ。
吉田選手に続くバッターは、今大会絶不調の村上宗隆選手。
絶好調の吉田選手より、安全に打ち取れそうな相手だった。
四球で出塁した吉田選手は一塁に歩いて行く際、村上選手を指さした。
「お前が決めろ」
誰の目にも、吉田選手の言いたいことは明らかだった。
悩める若き強打者を信じ、勝利を託したのだ。
さらに吉田選手には代走が出され、ベンチに引き上げることになった。
1度引っ込んだ選手は、もうその試合に出ることはできない。
それが野球のルール。
同点に追いつき、延長戦に持ち込んだとしても、吉田選手抜きで戦わなければならないのだ。
チームメイト達に全てを託し、ベンチで試合の行く末を見守る吉田選手。
その眼前で、バットが閃いた。
村上選手の放った打球は、外野フェンスを直撃。
日本代表、大逆転勝利である。
もちろん、不調を跳ね除けて打った村上選手は凄い。
だが、吉田選手の「お前が決めろ」が、村上選手を目覚めさせたきっかけのひとつになったのも間違いないだろう。
仲間を信じて託すことの大切さを、吉田選手は教えてくれた。
そんな漢気溢れる吉田選手だが、面白エピソードには事欠かない。
今大会中も、ベンチですかしっ屁をこいて大谷選手やヌートバー選手を悶絶させたり。(しかも最初は知らん顔で、誤魔化そうとしている)
チームが優勝した瞬間も、ベンチ前の柵を乗り越えようとして動物園のパンダみたいな転び方をしていたりする。
頼り甲斐と愛らしさを兼ね備えた強打者は、WBCを通じて世界にその名を轟かせた。
この調子で、メジャーリーグでも存分に活躍して欲しい。
小柄な体格から繰り出される豪快なホームランは、きっとアメリカでも多くの人々に夢を与えるだろうから。