第8話 嫌われ者の働き方
僕は基本的に敵を作るのが得意だ。というよりもそうしないと、世界のほうが破綻してしまう。しかしことバイト先となると、客相手に直接的な暴言を吐いたり、店長相手に無茶苦茶を言うと職を失う。それ即ち、ライフラインが途切れることに直結する。ではどうすればいいのか。
案その1。仕事の出来ない徹底的な無能に徹する。これは嫌われるというより疎まれることになるし、そのうえ無理なオペレーションを振られることもない。完璧な作戦だった。と思われたが、前のスーパーのバイトではこれを理由にクビになっている。正規雇用でないので、切るのも簡単なのだ。却下。
案その2。僕は一般人よりは力がある。だからどうしたという事もないのだが。格闘技なんてものは人を傷つけるためだけのものだ。何の役にも立たない。大事な人を護る為なんて高尚な理由も僕には無い。しかし、もしもこの才能が役に立つのならば、荒事でも起こればいいと思っていたが。僕が今現在働いている喫茶店は個人経営でそんな輩はそもそも現れなかった。ついでに言うともう二十歳を超えているので暴力沙汰は捕まる。警察に。というよりその前にクビだ。却下。
案その3。一度初心に立ち返ろう。勘違いしているかもしれないが、僕は嫌われる必要はない。ただ、そうしないと好きになるのが怖かったから嫌われ者になっているだけである。僕の事を有象無象に思われてさえいれば、僕はそれらの人々に特別な感情を抱くこともないのだ。無関心に徹しよう。飽くまでビジネスライクの関係。カフェの店員として常連客に「兄ちゃん今日も愛想悪いね」などと笑われながら、「申し訳ありません」と無表情に返すのだ。採用したのはこれだった。
飲み会も断り、雑談も最低限しかしない。そしてそつなく仕事をこなせば案外アルバイトというのも苦にならなくやっていけるのだ。
「店長、ちょっと交通事故に遭いまして……二週間ほど入院します」
「そう……」
一言だけ返ってきた。これがきっと本城さんなら根掘り葉掘り聞かれるのだろうが、店長は仕事ができる僕を重用しているだけで、それが無ければ無関心なのだ。好きの反対は無関心とはどこの誰が言った言葉だろう。まさしくそれだ。完璧な付き合い方じゃないか……あとはとっとと電話を切って……。
「……栄養、ちゃんととれよ」
「ッっ!!」
これだ、僕は不意の優しさに弱いのだ。違う。これは僕を案じた言葉などでは断じてない。そうだ、きっと近くに本城さんがいるんだな。だから可愛い彼女の前でいい格好をしようと、しているわけだ。このスケベ親父め。その魂胆なんかお見通しなんだぞ、こちとら。
「……ありがとうございます」
結局悪態の一つもつけずに僕はスマホの通話を終了した。僕の中では店長は悪人だった。嫌うべくして嫌っていたはずだ。不良が子猫を助けるとそのギャップで途轍もない善人に見えるとかそういう事だろうか。たまにいいことをする悪者が、真面目に生きている人間よりもいい人だなんてことはあり得ないのだ。僕はそんな錯覚には騙されないぞ。
でも、お礼くらいは言っておいても損はないだろう。なんといってもお礼は大特価の0円均一。こんなに安い贈り物で済むならば1つや2つ贈呈しておいてやる。
通話を切った後の部屋には静寂が訪れる。何故か知らないが僕は大した怪我でもないのに、芸能人でもないのに、こんな大きい個室を割り当てられた。孤独感が余計増すだけだろう。尤も相部屋だったとしても仲良くなれることはないだろうが。
まあ、きっと部屋が余っていたのだろう。退屈な入院生活が始まったぞ。
■■■
と、思ったのもつかの間。白鳥希子が病室を訪ねてきた。おいおいアグレッシブにもほどがある。高々、一言二言話した人間相手にここまで優しくされたら、中学男子でなくたって勘違いをしてしまうぞ。そうやって勘違いさせた男子を何人涙目で敗走させたのだ。この女は。どうなんだ、おい。
そして、丸ごとフルーツを置いていくなよ。食べ物は残したらダメなんだから僕一人で平らげないといけないんだぞ。体格は多少大きいが、別段胃袋が大きいってわけじゃないんだ。贈答用だろ、このフルーツの盛り合わせ。この一週間で、漸く看護師さんに嫌われるのに成功したってのに、今度は手のひらを返して「果物の剥き方を教えてください」「あと包丁貸してください」って頼まなくちゃいけなくなった。
一体全体、どういった嫌がらせだよ。まあ、渋々だが、看護師さんは果物の皮を剥いて出してくれた。フルーツも美味しかった。お礼の一つでも言いたい気持だった。そう、あくまで気持ちだけ。人格破綻者はお見舞いに来てもらっても「ありがとう」の一つも言えないのだ。感謝を求めていたならば、残念だったな。他をあたってくれ。
■■■ 喫茶「アプロ」
二週間ぶりに僕はバイト先に顔を出した。人生初の松葉づえをつきながら。それを見た店長は慌てて、駆け寄ってくる。肩を貸されて少ない席数の椅子に座らされる。
「阿礼君。別に仕事に来なくても良かったんだぞ?」
「え? でも僕がいないと本城さんいないとき店長ワンオペじゃないですか」
「正直、今の君にできる仕事は多くない。それに新しくバイトも雇ったから、人数は足りている。いつも閑古鳥が鳴いているしね」
自嘲気味に笑う店長を見て、僕も言われてみればそうだと思い至る。この店で主に重労働になるのはコーヒー豆の袋を移動させる力仕事だ。後は掃除と、常連の接客。確かに今の僕では役に立たなそうだ。ん?
「新しいアルバイト、ですか? よくそんなお金ありましたね」
「僕が会社の退職金を切り崩して趣味でやっているような店だ。儲けはちょっとでいい」
ああ、それって。
僕が人に好かれることの次に恐れていたことが起こってしまった。ライフラインの喪失。馬鹿だな、僕は。
不愛想で、可愛くないアルバイトなんて、有能であるという一点が失われたら庇護する義理などどこにもない。完璧だと思っていた、「案その3」にも明確な欠点があったわけだ。不慮の事故に遭った時のケースなど想定していなかった。
「あ、誤解しないでくれよ阿礼君。君をクビにはしない。有能なバリスタは何人いてもいいからね」
「バリスタだなんて大層な、ただのアルバイトですよ」
「すぐに卑下する癖は良くないな。ただでさえ君は勘違いされやすいんだから」
店長は顔がきく。骨折している僕を助けようとしない人々も、大学で僕の噂をしている学生も。良い顔はしない。当然耳に入るだろう。僕の悪評も。それが勘違いされやすいの一言で済むわけがない。そんな鼻つまみ者を働かせてくれているだけで、頭が上がらないのに、これ以上優しくされたら……。
「店長……」
「どうした?」
「ぶん殴ってもらってもいいですか?」
「どういう思考プロセスかわからないね……。でもせっかく出向いてきてくれたのに追い返すというのもあまりに酷だ。時間もちょうどいい、一杯淹れてくるから座っていてくれ、11時半には来るそうだから」
「と言うとどういうことなんです?」
エスプレッソを入れながら店長は背を向け答える。鼻腔を香ばしい珈琲の香りがくすぐり。それだけでもう満足だ。僕の大好きなコーヒーが注がれている。
「こないだバイトに応募してくれた子が今日から入るんだよ。君には指導係を頼みたい。当然給料は満額出すよ」
「ええ、いいんですか? それだけでお金をもらっちゃっても」
「ああ」
テーブルの上に二人分のコーヒーが置かれる。どうぞ、と促され僕はそれに口をつける。
「いや、すまない」
「何を謝っているんですか?」
「……言う機会が無かったから、今日は本音を話そうか。男二人水入らずでね」
「それは本城さんがいると悪口を言ってしまうから、でしょうか」
改めて思う。この店のバイトは物事をはっきり言いすぎる。もうちょっとオブラートに包むことを勉強した方が良いかもしれない。僕も彼女も。
「ああ、当然聞こえていたよね。その、なんだ。言い訳がましいが、話してもいいだろうか」
あれ? これってもしかしてヤバいやつなんじゃないのか? 彼が裏で陰口を言うクソ店長だから。僕がそう思っていたから。今日まで彼の身には何事も厄災が降りかからなかった。
でもここで、何か正当な理由。例えば、僕を雇っていることで店に損害が与えられているなどを言われてしまえば、いよいよ、僕には手札が無くなる。だからここは仕方がない……。笑顔で最高に最悪なセリフを。
「聞きたくありません。飽くまで業務の範囲に支障が出ないならばこれからも、陰口をたたいてくれていいんですよ」
店長の顔が悲痛に染まっているのを僕は直視できなかった。また僕の笑顔は人を不快にするのだろう。でもこれが最善だ。そう言い聞かせるしかない。
「コーヒー冷めちゃいますよ。飲みましょう。店長のコーヒーは旨いんですから」
「……すまん」
謝らなければならないのはこっちの方だ。きっと店長も内心を吐露して、楽になりたかったのを僕が強引に阻止した。ああ、コーヒーは何て落ち着くのだろう。
「こんにちはー」
からんからんと入り口の鐘が鳴る。僕はゆっくりと振り返る。
「ああ、紹介しようか。本日より入ってくれた……」
聞き覚えのある声、明瞭で快活で、ずっと聞いていたくなるような。
「白鳥希子くんだ」
天真爛漫を人の形にしたような。好奇心の塊の彼女がそこに立っていた。




