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疑惑に触れる下準備①

 建国して数百年。山々で囲まれたイセタリブ大陸の全六国は、地形のことを含め、様々な問題を抱えていた。

 例えば、最も東側に位置し北と東側は川を挟み連なる山々で囲まれたルチェーレ。その利点は山から流れる綺麗な水。その水を求めて多くの人々が集まった。西に隣接するドレストも同じ。しかし、人が集まれば住居が不足していく。山があるせいで、もともと少ない農地に家を建てたことで、農業は衰退する一方だった。

 その二国の南に隣接する広大な土地を持っていたのがジェルード。ドレストから流れる川が土地内部まで伸び、湧水やため池が多く点在していたので、農業の発展は群を抜いていた。併せて、水の精製などの研究が盛んに行われていたのは、乾季が続いた時の水不足を考えてのこと。

 南に隣接するスタナ、リレ。その二国に隣接し、一番南に位置するセルモドについては、ジェルードの水資源が必要。そのジェルードについても、ときにはルチェーレの水資源に援助を求めることもあった。

 

「どうした? もうワインに酔ったのか?」

 食事を運び終えたステーロがフィオーレに声をかけた。トレイの上には、自分で作った山盛りのまかない料理が乗っている。

「あぁ……いや、酔っちゃいねぇが……何か、昔のことを考えて……と言っても、憶えてねぇことの方が多いんだが……」

「……俺は遠征のことは分からないし、生まれが遅い分、フィオーレより四年の不利がある。とりあえずは、その昔話から聞こうか」

 笑みを浮かべたステーロは、フィオーレと自分のコップにワインを注いだ。

「オレも憶えちゃいねぇが、周りが言うには八年前らしい……」


 * * *


 ドレストの西に設置した本陣営のテントの中で、テーブルの上に地図を広げ歴史をかみ砕いて説明するオルトベラ王は、椅子に座った十数人の指揮官を前に、和やかに話をしている。

「……同じ大陸にある国同士が手を結び、協力する準備ができた。しかし、今のままでは発展はない。新たな技術、人民を得るための第二次クリアミニ遠征だ。ここで成果が欲しい」

 そう言ってテーブルの上に身を乗り出したオルトベラは、このとき三十六歳。

「……しかし、先鋒の諜報隊が戻ってこないことには、作戦が立てられません。第一次のように、焦っては死者を増やすばかりです」

 二十八歳にして補佐官に昇格したセガノトが、初めての遠征とは思えないほど冷静に言った。

「……一次は四十日待って成果が無かった。もう十日は待ってるのに、五千の先鋒隊が戻る気配はない。次は五十日待つのか?」

 一番離れた席に座り、だるそうに大きな声を出したフィオーレは十二歳。身長と同じくらいはありそうな百六十センチほどの細長い剣を背負っている。

 幼い頃からオルトベラ王に同行し、見よう見まねで剣技を習得してきたフィオーレは数々の死線を乗り越えて来た。

 大口を叩くフィオーレに対し「幼いくせに」と言う者がいないのは、実績が伴っているのもあるが、能力あるものを登用するのに年齢は関係ない、そんなオルトベラ王の意向に賛同しているからだろう。

「……待つ、とも決めていません。白紙の上に文字を書くことは容易いのです。しかし、未知なる国へ侵攻……いえ、交渉するにあたり慎重になるのは当然のこと……」

 フィオーレの言葉を聞き、横目でオルトベラ王を見たセガノトは、変わらない口調で笑みを浮かべる。

「……じゃぁ、アンタはどう見てるんだ?」

 フィオーレも笑みを浮かべながらセガノトに話しかけた。

「……まず、霧のような靄がかかる森を抜けなければならないが、そこを通ると命を落とすことが一つ。その森の木に生っている果物を食べた者は死ぬことから、一帯が毒に覆われていると思われる。そして、森を抜けたとしても正確な道が分からないことには、進軍のしようがない。

 ……この二つの懸念材料のみで考えると、クリアミニへ行く意味は無い。……と私は考えている」

 そう言って大きく溜息をつくと、眉間を押さえるセガノト。

「毎日の調査、ご苦労とは思うが……ジェルードや、ここドレストの森の側の散居村(さんきょそん)は、廃村になって数百年以上が経ち、古書すら残ってねぇ。そもそも、あの霧は何なのか分かるヤツがいねぇし、ここ数か月の研究の成果が死ぬ、ってことだけだ。

 ……死んでるヤツがいるのは分かる。だが、このまま何もしなけりゃ、何も変わらないことぐらいは、子どものオレでも分かるぜ」

 うつむく指揮官たちを見ながら大きな声で話すフィオーレ。

 その話を聞きながら笑みを浮かべるセガノトも、何も言い出せずうつむく指揮官たちを見て溜息をついた。


 張り詰めた空気の中、ひとり席を立って背伸びをするフィオーレ。続いてセガノトも席を立って首を回した。視線が合って、オルトベラ王を見つめる二人。

「……息子のソラは八歳になった。王子としての資質は分からんが、物事を考えることはできていると思う。ここにいる優秀な指揮官たちの協力を得れば、何とかなるはずだ」

 二人の視線に気づき、ゆっくり立ち上がりながら話すオルトベラ王は、指揮官たちを見つめ、大きく笑みを浮かべてから話を続ける。

「……一人だけ結束を乱す者がいるな……。フィオーレ、次鋒の諜報隊に命ずる。ワシと一緒に来い」

「……はい! 喜んで!」

 大きな声で返事をしたフィオーレが、片膝をつき頭を下げると、その場にいた指揮官たちは、溜息をつきながらセガノトの方を向いた。オルトベラ王を見ていたセガノトは視線に気づき、ゆっくりと辺りを見回してから口を開く。

「……皆さんの言いたいことは分かります。オルトベラ王は、いつもの無鉄砲な言動で、結果的にイセタリブ大陸を平定しました。

 しかし、クリアミニは山の遥か彼方の国。いわば別大陸です。二年前から送り続けた使者、諜報隊も未だ戻って来ず詳細は全く不明な国……いえ、それも噂だけであって、本当に存在しているかも分かりません。古書に書いてある、それだけですから……」


 決めたらすぐ行動に移す。馬に乗ったオルトベラとフィオーレは、霧がかかる森の中を走っていた。

『これはまだ試作段階なので……』

 そう言ってセガノトから渡された袋を背負い、その袋から伸びた管を咥え木々の隙間を通り前に進む二人。

 最初に変調を感じたオルトベラ王は、手綱を引くと馬はゆっくりと歩き出した。

 ……体がおかしい……疲れではなく、酔ったようで心地よい。力が湧くような、頭が冴えてくるような、これは……

 自然と笑みを浮かべたオルトベラ王は、みなぎる力を感じ始めていた。その後ろで違和感に襲われ頭を押さえるフィオーレ。

「よし! 行くぞ!」

 フィオーレを気にする様子もなく大きな声を上げると、遠くを見つめ笑みを浮かべながら駆けだすオルトベラ王。その目は血走り、何かを楽しんでいるように見える。返事をすることなく駆けだしたフィオーレは、すぐに後を追った。

 しばらくオルトベラ王の背中を見つめながら走っていたフィオーレは、木々が少し開け道のようになっていることに気づきオルトベラ王の横に並ぶ。

 ……あのオルトベラ王の笑みは何だ? くっ! ……ここは……どこだ? ……いや……コイツは誰だ? わたしは誰なんだ……

 フィオーレは強くなった違和感で意識がもうろうとするなか、走り出す馬の上で倒れたが無意識のうちに、手綱を握る手に力が入っていた。


 * * *


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