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婚姻への下準備③

「フィオーレ……。俺はリラのことは知らなかったけど、ソラ王子が二人いることは知ってたんだよ……」

「あぁ? どう言うことだよ……」

 ステーロの言葉を聞いて、フィオーレの腕に力が入る。

 

 やはり幼い頃に保護されたステーロは、男は戦うべしという考えのオルトベラ王には賛同できず、半ば幽閉に近い形で自室に閉じこもっていた。

 しかし、毎日笑顔を向けてくれるメイドから運ばれる料理の美味しさに心打たれたステーロは、騎士たちを内から支える料理人として王宮に仕える決意を伝え、オルトベラ王も了承する。

 ひた向きに努力するステーロは、十歳になる頃には、王宮内の高貴族の各部屋に食事を運ぶことを任されていたが、いつしか王子の部屋へ食事を運んだとき、不思議そうに見つめ合うソラとリラの姿を見ていたのだ。

 さきほどステーロに笑顔を向けたソラは、久々の再会に照れていたのかもしれない。

 数日の後、別のところで暮らすとソラから聞いたが、次の日からもずっと王子の部屋へ、もう一人のソラへ食事を運んでいたことを誰にも言わずにいたステーロ。

「それが影武者だったなんてね……」

「……それこそ国秘じゃねぇか。今となっては誰も信じねぇだろうが」

 小さく微笑んだステーロは少し考えた様子を見せる。

「……俺は今から昼食の準備で厨房に入る。後で食堂で話し合おう。リヴェールより先に、フィオーレと話がしておきたい」

 小声で話すステーロの組んでいた肩を離したフィオーレが笑みを浮かべる。

「……いいぜ。お互い正々堂々、嫁を賭けての勝負と行こうか」

「えぇ……。じゃぁ、後で」

 そう言ったステーロは食堂へ、フィオーレは自分の部屋へ、別々の方向へと歩いて行った。


「オレはソラ王子を送って行く。リラは先に……いや、部屋はもう使えねぇな。ここで待っていてくれ。後で食事を持って来る」

「はーい。ご飯食べるときに、銀板のこととか教えて欲しいことがあるからね!」


 リラを部屋に残し、ゆっくりと廊下を歩く二人。階段を降りた途中の踊り場で立ち止まったソラは、外を眺めながらアマティに話しかけた。

「……父がいなくなったら……僕はどうなるのだろうか……」

「……後のことを聞いていませんか?」

「……僕が帰ってきても、父も母も会ってくれないということは……やはり、何かあるのだろう……」

 アマティの問いに、ソラは思いつめた表情をしながら無理に笑う。

 秘密裏に王宮へ戻るには仕方ないにしろ、八年ぶりに戻った子に言葉をかけない親がいるのだろうか。

 表情を悟られないように頭を下げたまま、言葉では否定しなかったアマティ。

 聖炎式が終われば、オレとリラは解放されると思っていたが、体調が優れない王はともかく、マンナリ王妃の口からは何も話は無いとなると、やはり何かの企みが……

 真剣な表情をしたアマティが顔を上げる。


 ……僕は……父と母に望まれていないのに、どうしてここへ来たのだろう……

 寂しそうに、窓からジェルアドの方向を眺めるソラ。その様子を横目で見たアマティが話を続ける。

「……オレは銀翼の魔人と恐れられた、オルトベラ王を知っています。しかしそれは、イセタリブ大陸を平定するという、ルチェーレの民の願いがあったからですが……」

 難しい顔をしたアマティを見たソラが、優しそうな目で微笑みながら口を開く。

「……正直、国のことはどうでもいいんだ。僕は母の言う通りにしかできない。結婚に関しても……」

「そのようなことは……」

 口ごもるアマティ。

「……この国を作ったのはリラ。受け継いだところで、民を欺いているような気持になるよ。だから……リラが羨ましくて……それを側で見たい、そう思ったんだ……」

 リラはお前のために、嫌々と僕の影を引き受けたのだろう? そう言いたげに目を閉じるソラ。

「そんなことはありません! オレたちは王の……」

 手に力を入れ大きな声を出したアマティが、大きく息を吐き、言おうとしたことを飲み込んだ。

……民のためだからと侵攻を正当化しては、王子の価値観を壊すかもしれない。その事実が知られるにせよ、できるだけ先延ばしできれば……

 ソラを見つめながら考えていたアマティが、もう一度、息を吸ってから話を続ける。

「……リラはいい子です。ですが……まだ子ども。ただ……大人の……事情を知らない。知れば心変わりもあるでしょうが……」

 それはソラ王子を含め、ほかの王子たちも同じことが言える。そう含ませながら話したアマティは自身の真意を隠す。

 アマティの言葉を聞いて、ぼんやりと窓の外を眺めるソラ。

……王子なのに、僕は事情を知らない。これでは、どちらが影か分からないな……

 ソラは含み笑いをすると、頭を下げているアマティに気づく。

……ソラ王子が知らない……オレですら知らないことが、聖炎式から始まろうとしている……。マンナリ王妃は、何をお考えになっているのか……

 頭を下げ続けているアマティの肩に触れたソラは、笑顔を向けゆっくりと歩き始めると、静かに考えていたアマティは顔を上げ、寂しそうなソラの背中を見ながら後を追った。


 奥の部屋にある小さな風呂に入り、木製の椅子に座って頭を洗うリラは、石けんがついた自分の髪を鼻に近づけた。

「……うーん……自分だと匂いって分からないからなー。石けんの匂いだし……」

 銀製の浴槽から木製の桶で汲んだお湯を頭にかけて頭を振る。それを四回繰り返して泡を流し終えた。

 前は十回くらい流していたが、髪が短くなったからその半分くらい流せばいいか。

そう考えたリラは、鼻歌を歌いながら泡のついた髪をお湯で流し終え、湯気で曇った鏡を手で拭くと、自身の顔を眺めている。

 軽く左右を向き、短くなった髪を確認したリラは、湯船につかろうとして難しい顔をすると髪を持って鼻に近づけた。

「……もう一回、洗ってからにしようかな……」

 そう呟くと、木製の椅子に座り、石鹸を手に取ってから頭を洗い始めた。


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