婚姻への下準備①
不思議そうにテーブルの上に置かれた物を眺めていたリラが、アマティの袖を引っ張った。
「……ねぇねぇ、ボクの銀板? って無いよね?」
空の箱を指差すリラを見つめながら少し険しい表情になったアマティが、頭をかきながら話す。
「……銀板は……紛失した……」
「それは……リラが困るんじゃないのかい?」
「まぁ……」
ソラの言葉に苦笑いするアマティ。
「……そっか。別にソレが無くてもボクたちは一緒になるから関係ないよね」
そう言ってアマティの手を握るリラ。何か言いたげのアマティが考えているのを見て、大きく溜息をついたフィオーレが席を立った。
「……何か嫌な予感するんで、オレ帰っていいですか?」
「……フィオーレ、これまでの恩義があるだろう? それに俺たちはあと六日、ソラ王子の配下でもある。少なくとも忠義を尽くす義務があるはずだ」
フィオーレの右腕を掴み、視線を合わさず話すステーロ。
「はぁ? ただの王宮料理人のお前が騎士のオレに説教されてもなぁ……」
左手で顔を覆いながら話すフィオーレが笑う。
その言葉を聞き鼻で笑ったステーロが、フィオーレを横目で見ながら言った。
「ただの料理人が作る料理を、下っ端の騎士は喜んで食べているのにな……」
「あぁ?」
睨み合うフィオーレとステーロに不穏な空気が流れている。
ゆっくりと席を立ったリヴェールが睨み合う二人の間に入り、フィオーレとステーロの手を取った。
「ソラ王子の前です。とりあえずこの辺で……。アマティ、ぼくらは、その銀板を見つけるってことでいいんですか?」
そう言ったリヴェールの手を振り払うフィオーレ。
「あぁ。リヴェールは察しが良くて助かるぜ。フィオーレもステーロもよろしく頼むよ」
「僕からもお願いするよ。この国の……民の未来のためにも……」
アマティの言葉を聞いて立ち上がったソラが、そう言って頭を下げた。
「はい……分かりました。俺にできることなら……」
すぐに立ち上がり大きく頭を下げるステーロ。
「……分かりました……ソラ王子。……でも、ただ銀板を探せ、って言われてもなぁ……」
軽く頭を下げ、すぐに頭を上げると、椅子に座ってからアマティを見るフィオーレ。
「それは多分……」
「アバド……」
アマティの話の途中で、口に手を当てて考えていたリヴェールが呟いた。
「あぁ。ヤツは諜報官……。どこか別の場所で何か活動をしているとも考えられるが……」
「聖炎式を控えているのに単独行動はしないでしょう。……恐らくは父の指示。アバドに直接、話を聞かないことには分かりませんが……」
……父から何も聞いていない。もし、内務の仕事でないなら、アバドに外務の調査ということはあり得る。そうすると国秘……
話の途中で無言になったリヴェールを見て、苦笑いしながら話を続けるアマティ。
「……諜報官ってのは補佐官の足だ。オレの招集に応える義務も無い。だから見つけたらでいい、オレに知らせてくれ。どのみち銀板が無くても式は行われる。まぁ、そんな軽い命令なんだよ。今回のはな」
そう言ってソラに目配せするアマティ。何かしらの意思を感じ、目を閉じたソラは何かを思い出しているように見える。
「正直、今の話を聞いてもピンと来ねぇし、結局、オレはドレストで国を作らねぇとならねぇわけだ」
挑発的な目でアマティを見つめるフィオーレが、含み笑いをしながら言った。
ドレストはルチェーレの西側に隣接する国。山から流れる綺麗な水資源と広大な土地に恵まれ、かつてはルチェーレより栄えていほどだ。
「あぁ、そうだな。境界の取り決めはこれからだろうが、そこへ行けば協力者もいる。心配することはないぞ」
笑みを浮かべながら答えるアマティ。
「じゃぁよ……そのドレスト国でオレを……アドレスト家を繫栄させるんなら、嫁が必要になると思うんだが……」
「後々はそうなるんだろうな。まぁ、領主になるんだ。女は寄って来るだろうよ」
アマティを見ながら話していたフィオーレが、腕を組んで考えているリラに視線をやった。
……銀板って、アマティが持って帰ったのかなぁ。そんなの無かった気がするんだけど……
リラは視線に気づかず、空の箱を見ながら首を傾げている。
「……あぁ。だから……影武者だったリラを嫁にしてもいいってわけだ」
そう言って笑みを浮かべるフィオーレに、何かを言おうとして口を開けたまま固まるリラ。
少しうつむいたアマティは、顎に手を当て、同じように考える王子たちを見つめた。
確かに王族同士、身分の問題もない。人口が減少している最中、家系を絶やさないため、貴族の間では政略結婚も多く行われていた。
……それはいい考えだ……
ステーロとリヴェールとソラは同じことを考えた様子で、納得したように頷きリラを見つめている。
「……はぁああ? ボクはアマティと結婚するの! もう六年も前から約束してたんだからね!」
難しい顔をしていたリラが大きな声を出して、アマティの腕にしがみついた。
「どうして会ったばかりのリラに?」
「……会ったばかりじゃねぇだろ! 何度、遠征に行ったと思ってるんだ! 理由は……何となく、だよ!」
リラにしがみつかれたまま少し笑みを浮かべたアマティが聞くと、バツの悪そうな顔をしてそっぽを向くフィオーレ。
「待ってください。フィオーレの言うことが許されるのであれば、俺だってリラと結婚したいと思いますが」
「後ろ盾、という意味では、ぼくも同じ考えです」
席を立ったステーロに続いて、リヴェールも立ち上がった。その様子を見て、笑みを浮かべながらソラも立ち上がる。
「じゃぁ、僕も。……リラのことはもっと知りたいと思ってるから」
「じゃぁ、って何!? みんなボクの話、聞いてた? アマティと結婚するんだよ?」
照れたような、焦ったような表情で全員を見つめ、アマティのローブの袖を引っ張りながらアマティが座る椅子の後ろへ隠れるリラ。
予定外の展開を楽しむように笑みを浮かべるアマティ。
「あー……そうだな……。じゃぁ、アバドを見つけたヤツが、リラに結婚を申し込める権利を持つことにするか」
「えっ! ちょっとアマティ! 何勝手に言ってるの? ボクとの約束、忘れたの!」
そう言ってアマティの膝の上に乗るリラ。
「約束は憶えているが……少し勘違いをしてる。その結婚、というのは……レハール様の遺言じゃないんだぞ?」
「でも……ボクのせいで両親は死んじゃったし……アマティが嫌なら……もう……」
小さな声で話していたが、言葉に詰まり無言になるリラ。溜息をついたアマティがリラの両脇を抱え、隣の椅子に座らせた。
……それも違う。全ては……オルトベラ王の侵攻が無ければ――
アマティがぼんやりと考えながらリラの頭を撫でる。