黄葡萄と思惑の味③
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クリアミニ遠征から帰国したセガノトは、一連の出来事を報告するため、アマティと二人、貴賓室で王妃が来るのを待っている。
……医術に対する知識もそうだが、交渉術、おいては内政に対しても先見の明がある。この者はルチェーレにとって有益になるだろう。
せわしそうに体を動かすセガノトは、アマティと協議したことを思い出しながら大きく息を吐いた。
☆ ☆ ☆
ルチェーレへと戻る馬車の中は、レハールの看病をするアマティと、それを見つめるセガノトの三人だけ。
アマティとレハールが人質であることは変わりない。自身に何かあれば、馬車もろとも攻撃する命令を出していたセガノト。リラはフィオーレと一緒に、別の馬車に乗せていたのは用心のため。
レハールを心配そうに見つめるアマティに、セガノトは今後の対応を求める素振りを見せる。
そのためアマティは、セガノトに対して様々な助言を行うことで、レハールとリラの身を守ろうと、自身の知識を巡らせていた。
手際よくレハールの包帯を替えるアマティを見つめながら考えていたセガノトが口を開く。
「……アマティ、お前の案はどれも素晴らしい。素晴らしいが故に、私は選ぶことができない……」
「できれば三人を助けて欲しい。その為の案だ。その結果、王妃がオレの命を差し出せと言えば差し出す。そのための助言でもある。その代わり、王妃にもレハール様とリラを守ることを約束して欲しい、オレの望みはそれだけだ」
そう言ったアマティは、セガノトや王妃について、どのような人物かを知らなかったが、古書などを通して得た、かつて大国と呼ばれた国々で起こった内情を、ルチェーレに当てはめながら、セガノトへ助言を行っていた。
アマティが最初に目をつけたのは、主従関係である王妃とセガノトが異性ということ。長い歴史のなか、大国を築いて来たのは人だが、その根底を揺るがすのは、いつも位の高い異性たち。
そんな異性がそれぞれ持つ、野心にも似た心情を利用した助言だった。
☆ ☆ ☆
「各地より集まった医術者たちにより、オルトベラ王の容態は安定しております」
「分かった。明日ルチェーレに帰還する。準備を進めるよう通達しておけ」
「はっ!」
本陣営のテントの中、後ろで腕を縛られたアマティは、外へ出る騎士を見送ると、セガノトに視線を移した。
報告に来た騎士に指示を出したセガノトは、アマティに背中を向けたまま話しかける。
「と、言うことだ。レハールの容態は分からん。ルチェーレに戻る際はお前に看させる。リラという子も無事。さて……これからどうすればいいと思う?」
後ろで手を組み直したセガノトは、笑みを浮かべながら前を向くと、アマティの側へ寄り返答を待った。
「……助言を求めるのか? じゃぁ、ここからは対等だ。まずはこの縄を切ってくれ。それから着席して、ワインでも飲みながら交渉と行こうじゃないか」
セガノトを見上げながら笑みを浮かべるアマティ。
……なるほど。予期せぬ出来事に余裕がないのは、どちらも同じということか……
きっと数々の死線を乗り越えてきたのだろう。アマティのすがる様な、挑発するような瞳を見つめ視線を逸らすセガノト。
「守るべきものがあるのは同じ。机上の空論だとしても、同じ卓につかなければ、真意は分かるまい」
そう言ったセガノトは、一瞬どこか遠くを見つめると、腰にかかった小刀を抜き、アマティを縛っていた縄を切った。
椅子に座ったアマティは、注がれたワインを飲むことなく対面に座るセガノトを見つめると、すぐに話しを始める。
「すでにこちらの手札は示した。もちろん対価がそれ以上ということは理解している。ならばオレにできることはセガノト、アンタへの助言だけだ」
「ルチェーレに対してならまだしも、クリアミニへの遠征でもなく私への助言だと? 冗談を言うつもりか?」
アマティを見つめながら口元を緩めるセガノトは、テーブルの上に両肘を置き手を組むと顎を乗せる。
「冗談? 圧倒的にこちらが不利なのに? そう感じるとしたらオレからはもう何も言えない。処刑でも何でもしてくれ」
そう言って立ち上がったアマティは両手を上げ、セガノトに背を向けた。
「……対等な者同士の駆け引きとしては妥当なところか。話を聞こう……」
セガノトの言葉に笑みを浮かべながら振り向くと、椅子に座りワインを飲み干したアマティは、違和感を覚え頭を押さえた。それが、ひどく乾いた喉を潤したからなのか、ワインの味が酷かったのかは分からないまま、少し顔を歪めながら口を開く。
「ひとつは、どこかの国の間者のせいにする……最南のセルモド辺りに……」
その話も想定内。妥当なところだな、と口元を緩めながら目を閉じるセガノト。それを見たアマティも口元を緩め話を続ける。
「で、アンタはどうするか? これまで通り王の代わりをするのか……王の代わりになるのか、だ」
アマティの言葉を聞き、セガノトは目を細めると、体を起こし背もたれに寄りかかった。
「それによって、王の死因に対して報告の仕方も違ってくる。オレはルチェーレの内情を知らないし、アンタと王妃の間柄も知らない。ただ、多くの古書に書いてあることは同じ、ということ。これに対してオレは詮索するつもりもない。要は、王妃の捉え方ひとつで通用しないこともある。なら、対応は重ねておかねばならないだろう?」
セガノトは腕を組み、難しい顔でアマティの話を聞いている。
……確かにクリアミニ遠征の成果は何一つない。内務で指示ができるからと言って、侵攻は同じではなかった。外洋を知らなさ過ぎたのだ。それを知ることが先決。王妃との間柄をどうこう言う場合ではない。そうであれば、私が上に立つのもまた、時期尚早……
「分かった。アマティが考える筋書きを聞こう……」
これは負けたのではなく、対等であるが故の譲歩。決して自身の考えを曲げたわけではない。セガノトはそう考えながら、低い声で言った。
軽く頷いたアマティが口を開く。
「まず、オルトベラ王は間者に討たれた。しかし、割って入ったレハールという者は、オルトベラ王と容姿が似ている。これを利用しない手はない……」
☆ ☆ ☆
アマティの言葉通り、王妃に報告をするセガノト。
「まず騎士たちに、王は生存してる旨を伝えます。その間の遠征は、このアマティが引き受けるとのこと。今後はマンナリ様が全権を握り、思いのままにルチェーレをお作り下さい……」
椅子に座った王妃は、長々と続くセガノトからの報告を聞きながら、蔑むような目で床に跪くアマティを見つめている。
「もちろん、マンナリ様の公務は変わることはありません。これまで通り、美を追求していただければと思います。次にクリアミニ遠征の報告と次遠征の対策ですが……」
四人しかいない貴賓室にセガノトの声が響く。いくら規則とはいえ、何回も繰り返される話を聞いたところで結論は無い。それより先に、すべき話があるだろう。
目配せをする王妃に気づかず話を進めるセガノトは、手にした書簡を見つめ、話を続けている。
テーブルの上に置かれたコップを手にして、中を覗きながら口にすると、顔を歪め大きく溜息をついた王妃は、泣き疲れて床の上でうずくまって眠るリラに視線を向けると少しだけ口元を緩めた。
「……あの子は……」
「その費用は……は? レ、レハール子らしく、リラと言います。後はこの書簡をお読みになってください。く、詳しくは、このアマティから続きを……」
リラを見つめていた王妃の声に気づいたセガノトは、つまらなそうな王妃の顔を見て、焦ったように答えながら書簡をテーブルの上に置く。