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黄葡萄と思惑の味②


『熱い……』


 目を閉じたままカートの下段で丸まったリラがうなされている。それは夢のような感覚でもあり、現実のような感覚でもあった。

 目を閉じているから感じているであろう暗闇は、ゆっくりと炎のように赤く変わって行く。


「……お食事をお持ちしました」

「……ありがとう」


 同時に、誰かの話し声も聞こえて来たが、体が動かなかったリラは、熱さを感じながら何かに苦しんでいるように息を荒げた。



「……マンナリ様からです……」

 廊下に立つ騎士に会釈をしながら扉を閉めたメルカダは、中央のテーブルの横にカートをつけると、カートの下段を指差しながら小さな声で話しかける。

 不思議そうに水色の布をめくったソラは、横たわるリラに気づき、そのまま水色の布をかけると、カートを見つめながら腕を組んだ。

 母には意図がある。その上で自分に判断を委ねているのだろう。

 

 ……アマティに師事を仰ぐこともできない。


 テーブルの隅に置かれた書簡に目をやるソラ。


 ……この書簡が母にも送られているとしたら、僕ひとりで判断したことだと分かる……


 自身の母とは言え意図が分からないソラの表情は、徐々に曇って行く。


「ソラ様……大丈夫です……かっ!」

 小さな声で話すメルカダが心配そうにソラを見つめると、ソラは体の前に重ねていたメルカダの手を取った。

「うん……どうするか……」


 笑顔のままソラの手に自分の手を重ねるメルカダ。見つめ合う二人。




「……かはっ!」


 あまりの暑さに、カートの下段から転げ落ちたリラが、肩で息をしながら辺りを見回した。


 手を握り合ったソラとメルカダが目に入ったリラがゆっくりと立ち上がる。

「……えっと……ボクがいちゃ、ダメなところに来たのかな……」

 苦笑いするリラに溜息をつくと、笑みを浮かべながら椅子に座るソラ。「あっ!」と声を上げ、我に返ったメルカダがリラの側に行くと、銀色のカートの上に置かれた銀色の器を指差した。

「こ、このスープが熱いので……」

 そう言って頭を下げるメルカダ。


 先ほど王妃の側では無表情でそっけなかったのに、照れたように焦るメルカダを見て、何かを理解した様子で口元を緩めたリラがソラを見つめる。

「……ボクにも理解できるように、説明してくれるんでしょ?」

 そう言って歩きながら少し真面目な顔をしたリラが、ソラの対面の椅子に座る。

 寂しそうに笑みを浮かべたソラは、少しメルカダに視線を向けると、頷いたメルカダは、カートで運んできた食事をテーブルの上に並べ、二つのコップにワインを注ぎ、ソラとリラの前に置いた。


「……ごめんね、リラ。長く代わりになってもらったのに、騙すとか……裏切る形になって……」

「それはいいんだけどさ、状況が、ぜーんぜんっ……分からないんだよ。どうして王妃と会っていたボクが、ソラと会ってメルカダ? と一緒にいるのかを知りたいんだけど?」

「それは僕のせいだと思う。母から試されているのかもしれない。でも、信じることができなくて……。母でさえも……」

 思いつめた表情で要領を得ないソラの話を聞いて溜息をつくリラ。


 無言のままうつむくソラ。メルカダに視線を向けたリラが話しかける。

「……メルカダはどうしてここに?」

 背中を丸めたソラの後ろに立っていたメルカダは、リラの側に寄ろうとした。

「……すまないリラ」

 そう言って右手を出したソラが、メルカダを制止すると、左手でコップを掴みワインを飲み干してから、勢いよくテーブルにコップ置く。

 その乾いた音を聞くように目を閉じたソラは、大きく息を吐いてリラを見つめる。

「僕が話すよ。でないと、リラにも失礼だよね。……まず、このメルカダは、療養先のジェルードで、ボクの面倒を見てくれていたひとりなんだ」

 ソラは真剣にリラを見つめながら、徐々に顔を赤くしながら話しを続ける。

  

 ジェルードに向かったソラは、遊びたい盛りの八歳。療養といっても体を休める必要は無いが、屋敷から出ることを許されていないので、することと言えば本を読むことくらい。

 ルチェーレの騎士が屋敷を守っては怪しまれるからと、周りの世話をしてくれる二人のメイドだけだった。

 ソラより二歳上のカゾーラはともかく、二歳年下のメルカダは失敗こそすることは無かったが、何をやるにも遅い。

 そんな一生懸命に自分に尽くしてくれる二人を見て、ソラは勉強や屋敷の掃除、料理などをふたりと一緒にするようになっていた。


 数か月後、心を通わせるようになったソラは王族であると身分を明かす。


 ソラの後ろで話を聞くメルカダも顔を赤くする中、真剣に思いのたけを語るソラを見て、リラも真剣に聞き入っていた。



 ☆ ☆ ☆


「……話の途中ですまない。先にひとつ確認をしたいんだが、暗に位を継承してるのはカゾーラだけか?」

 何かを思い出したアマティが、カゾーラの話を止める。

 思いつめた表情をしていたカゾーラは、意を決したようにアマティを見つめた。

「……ジェルアド・カゾーラ。そして、妹のジェルアド・L・メルカダ……」

「おいアマティ……“エル”って何だよ……」


『そうだね。でも……僕と同じ、同じような境遇を持つ子がいた、とすれば?』


 ソラの言葉を思い出し、何となく予想していたことが、カゾーラの言葉を聞き確信に変わったアマティは、驚きを隠そうとワインを口にする。

「おいアマティ……“エル”って何だよ……」

 大きな声で問いかけるフィオーレに視線をやったアマティは、ゆっくりとコップを置いてからカゾーラを見つめた。

「……まぁ、オレたちの話は後にするとして、なるほど……聖炎式のことといい、ジェルードのことを知らせてくれた、ってことか……」

 呟くように言ったアマティを見つめ、頷くカゾーラ。

「……メルカダに心を開いてくれたソラ様から、当時のルチェーレの内情は聞きました。あれから八年経っているので現状は変わっているでしょう。しかし、二人の思いは変わっておらず、姉としてはどうにかしたいと思っていますが……」

「だからエルって何だよ!」

 真剣に話すカゾーラに向かって大きな声を出すフィオーレ。溜息をついたカゾーラは顔を背けた。

「……フィオーレ。軽く聞いてるが、これは国秘だぞ」

「だからそれが何なのかを……」

 言いかけて何かに気づいたフィオーレが、ゆっくりとアマティの方を向く。

「ル、ルチェーレのエル……」

 目を閉じたまま頷くアマティ。

「じゃ、じゃぁ……その、ソラ王子とメルカダって子は兄妹じゃ……」

 焦りながら話すフィオーレを見たメルカダは、口を開こうとしてアマティに視線をやった。

「……ソラ王子はオルトベラ王の子ではなく、メルカダもマンナリ王妃の子ではない」

 フィオーレは状況を整理しているのか固まって動かない。

 

 厳しい表情をしながら話したアマティを見つめ、安心したように口を開くカゾーラ。

「……そこまで事情を知っているのであれば……こっちの騎士は信用できないけど、アマティは信用できそうね」

「あぁん?」

 カゾーラの蔑むような視線に気づいて声を上げたフィオーレの顔を見ることなく、カゾーラが椅子に座る。

「この屋敷は残った王族のために作ったと言いながら、実際は、オルトベラ王が逢引をするために使っていました。だから、町から離れた場所に作られのです……」


 ソラが自分に依頼をしたのは、ここに来て現状を理解させるためだろう。カゾーラの話を聞きながら腕を組み考えるアマティ。

 

「で、妹のメルカダって子はどこにいったのさ」

 そう言ってワインを飲むフィオーレ。

「一週間くらい前に、マンナリ様の使いが来られて連れて行かれたわ。王宮で働かせるから、って……」


 続くカゾーラの話を聞きながら徐々に理解してきたアマティは、顎を触りながらワインが入ったコップを手にする。


 ……理由は分からないが、聖炎式を中止にしたのはセガノトだろう。それと同時にやってきた新しい影武者。何かに気づいた……察した王妃はソラ王子の思い人であるメルカダを呼び寄せた。

 ……対抗策だろうが、その理由も分からない。だが、少なくとも、何らかのオルトベラ王とジェルードの所業を知っていて、ソラ王子の療養地としたことは間違いないだろう……


 ぼんやりと考えながらワインを口にしたアマティは、初めて王妃と会ったことを思い出していた。


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