聖炎式の下準備③
「じゃぁ、一人ずつ持ってきた物をテーブルの上に置いてくれ」
三人の緊張を解くように、足を組んで話すアマティが笑顔を向ける。
「オレの質問に答えてもらってませんが……」
まず、ボロボロの長剣をテーブルの上に置いて男が椅子に座りながら言った。
「……すげぇ刃こぼれだな。こんな剣で戦いをしてたのか?」
ボコボコとへこみ傷だらけになっている金属製の鞘から、ゆっくりと剣を抜いたアマティが言った。
「お前が! ……アマティが王子のためだって言ったんだろ!」
そう怒鳴りつけた男は机を叩いて立ち上がると、リラの驚く顔を見てゆっくりと椅子に座る。
「そう怒るなよフィオーレ、感心しただけだ。……この魔気も十分すぎる。……リラ……」
笑みを浮かべたままリラを呼ぶアマティ。
「……?」
着替え終わってベッドに座り、足をぶらぶらさせていたリラは、返事をする代わりに首を傾げた。アマティの視線の先に気づくと、石の長椅子の下に置いてある箱を取りに行く。
「あぁ! ……コレ、ね……よいしょ!」
少し重そうな長い箱をテーブルの上に乗せるリラ。
「だから、王子をリラってどういうことだよ!」
大きな声を出したフィオーレを横目で見たアマティが含み笑いをすると、テーブルの上に置いた箱の中から細長い剣を取り出した。
「まぁ、待てって。話さないわけじゃねぇよ。順番があるだけだ。じゃぁ、次は……年功序列にするか。ステーロ」
そう言って細長い剣をフィオーレの前に置くアマティ。
「はい。俺は、包丁の代わりに使っていましたが……」
ステーロは少し驚いた様子で返事をすると、リラを見ながら机の上に刃こぼれがひどい小刀を置いた。
「あぁ……どう使ってもいいんだ。これも十分な魔気が溜まってるようだな……。ご苦労だった」
アマティの言葉に安心したステーロが、微笑みながらゆっくりと椅子に座る。
「じゃぁ、最後にリヴェール」
そう言いながら、箱の中の小刀をテーブルの上に置くアマティ。
「はい……」
ぼそりと感情が読み取れないような返事をしたリヴェールは、リラを横目で見ながら机の上に黒くぼさぼさになった羽ペンを置いた。
「……長さも半分くらいになってるな……仕事のしすぎだろ、これ……。魔気、溜まり過ぎだぞ。セガノトに言ってやろうか?」
「いえ……父は、ぼく以上に忙しく働いています。少しでも力になるのなら、と思ってるので」
「……まぁ、ほどほどにな。若いうちから仕事漬けだと、ろくな大人にならないからな」
アマティはそう言いながら、銀色の装飾が施してあるペンを机の上に置くと、リヴェールはそれを不思議そうに見つめながら椅子に座る。
全員が座ったことを確認したアマティは、後ろに立っているリラを見つめ、隣の椅子を引き、ぽんぽんと座面を叩く。
それに気づいたリラは嬉しそうに笑顔を浮かべると、アマティの右側の椅子を少し近づけてから座り、手にしていた髪をテーブルの上に置いた。
笑顔のままアマティを見つめるリラ。三人は真剣な顔でアマティとリラを交互に見ている。その三人を見ながら頭をかくアマティ。
――コンコン
小さく扉を叩く音がした。
「……リラ、頼む」
そう言って笑顔を向けたアマティが立ち上がった。リラは少し考えた様子で扉に駆け寄ると、何かに気づき微笑みを浮かべている。
「……? あぁ! 分かった!」
顔を見合わせていたリヴェールが席を立つと、ステーロも席を立った。フィオーレは面倒そうに座ったまま体を扉の方へ向ける。
「どうぞお入りください」
そう言って頭を下げたアマティを見てから扉を開けるリラ。
「ソ、ソラ王子?!」
そう叫んでから立ち上がろうとしたフィオーレの椅子が倒れた。慌てて頭を下げるリヴェールとステーロ。顔を上げたアマティは、何かを言おうとして溜息をついた。
「やあ、お邪魔するよ」
すぐに椅子を直し、頭を下げるフィオーレに手を上げて答えたソラは、微笑みながら部屋の中へ入り、アマティに小さく会釈した。すぐに頭を下げるアマティ。リラはゆっくりと歩くソラに微笑みを向けると、扉を閉めて鍵をかけた。アマティの左側の椅子に座るソラ。それに気づき顔を上げたアマティたちも椅子に座る。少し遅れたリラも笑顔を向けながら椅子に座った。
対面に座る三人を見てから笑みを浮かべたソラの視線に気づき、微笑みながら話しかけるアマティ。
「……ソラ王子、お帰りなさいませ」
「うん、ただいま。アマティと会うのも久しいけど……変わらずだね。若いままだ。……リラは髪、切ったんだね。……髪の長い姿も見たかったな」
「コイツ等との話が終わってから到着すると思いましたので……。リラは王名も無くなりますし、王宮内で長髪のままというわけにもいきませんから……」
アマティの言葉を聞いて、リラを見つめるソラ。
「……遠征の話を聞く限り、リラには騎士である証、短い髪の方が似合っているのかもしれないね」
アマティがテーブルの上に置かれたリラの切った髪を指差すと、ソラは寂しそうに見つめながら言った。
「この方は……本物のソラ王子……」
混乱した様子でソラとリラを交互に見ているフィオーレたち。
「あぁ。……ソラ王子、リラの……この状況を最初から説明すると一日では終わりませんし、俺の口から言えないこともあります」
「分かっているさ。……母はともかく……父はアマティのことを信頼しているからね。……いつか聞かせてくれるように頼んでみるよ。それで……リラの話を……」
寂しそうな笑顔から不思議そうにリラを見つめるソラに頭を下げてから、アマティが口を開いた。
「まず……ここにいるリラは、ソラ王子の影武者だ」
「……この女が武者……」
そう言って、舐めるようにリラを見つめるステーロ。
「料理人のオメェは知らないだろうがコイツは強いぜ。馬上で戦う剣技は武者そのものだ……」
リラを見つめ、何かを思い出したのか悔しそうに小さく拳を握るフィオーレ。
「……騎士のフィオーレが言うのなら、大した実力なのでしょうが……それにしても……」
目を細めリラを見つめるステーロ。
「そもそも影武者というのは、戦うばかりでなく、内務、外交、民心の掌握など、国の主として仕切らなければなりません。今更、女だった、と言われても……」
付け加えるように話すリヴェール。
「……っ」
全員の視線に気づき、何かを言おうとして口ごもったリラは、恥ずかしそうにうつむいてからアマティの袖を掴んだ。