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黄葡萄と思惑の味①


 ☆ ☆ ☆


「……あれがジェルードか?」

 先に森を抜けたフィオーレは、平原の中に現れた巨大な壁を見つめながら手綱を引き、走る速度を落とした。

 追いついたアマティは、フィオーレの横に並ぶと、外壁にかかる小さな橋を目指し、ゆっくりと馬を歩かせる。


「これはまた……すげぇ壁だな……」

 ジェルードの町に入ろうと、外堀にかかる橋の前で立ち止まり、馬に乗ったまま巨大な外壁を見上げていたフィオーレが言った。

 馬から降りたアマティは、馬を引き橋を渡りながら左右に伸びる外壁を見回す。

「……囲郭都市、か……」

 ぽつりと呟いたアマティは、正門の前に立つ女性に気づくと、その女性は頭を下げた。


「……あの女性は?」

 会釈したアマティの後ろから声をかけるフィオーレ。

「いや……」

 十数年前、この女性の幼い顔を思い出し、何となく会ったような気がして、歩きながら考えていたアマティは、名前が思い出せず、フィオーレの手綱を持つと、背中を押し女性の前へとやった。

 ……この目は……

 フィオーレは目の前に立つ女性の、勝気の中にも臆病に見える瞳を思い出そうと首をかしげると同時に、黄葡萄の匂いを感じ、女性の髪に鼻を近づけようとしたが、すぐに何かを期待しているような瞳で見つめる女性に気づき、思い留まる。


 女性の顔をまじまじと見つめるフィオーレと、少し照れたようにうつむく女性。そんな二人の顔を交互に見るアマティ。


「いや、憶えてねぇなぁ……ほら……」

 侵攻した際の記憶は所々、失っていたフィオーレは、それを説明しようとした。

「……初めまして! ジェルード代表のカゾーラです! 初めまして!」

 引きつった顔をしながらフィオーレを見つめていたカゾーラが大きな声を出すと、苦笑いしながら頭を下げるアマティ。フィオーレは、訳が分からない様子で「あぁ」と頭を下げた。


 ……代表……ここは高貴族の集団統治だったはずだが……

 頬を膨らませているカゾーラを不審そうに見つめるアマティ。


 


 イセタリブ大陸の中央に位置するジェルード。南にある三つの国へ進行する際、拠点として重要な国だったため、真っ先にルチェーレの標的になった。

 ルチェーレから侵攻を通告されたジェルードは、すぐに使者を送り、補佐官による会談が行われる。

 両国の妥協点を探る話し合いは難航し、一カ月にも及ぶ会談の結果、王政の廃止、金品や技術などの提供が盛り込まれた、ジェルードが条件付き降伏することで一致し、平和的に会談が終わった。

 そんな争いを回避した唯一の国でもあり、以後、ルチェーレの共同国としての役割を担ってきた国でもある。


 正門で馬を預け、中に入ってすぐ大きな屋敷があった。ルチェーレの城と同じような造りに見える建物を眺めながら中に入り、豪華な装飾品が並ぶ貴賓室に案内された二人。室内もまた、ルチェーレと似たところは多かった。


「この装飾品は、ほとんどが粗悪品ですね。遠くから見ると、綺麗には見えますけど」

 そう言って、室内を眺めるアマティとフィオーレに笑顔を向けるカゾーラ。


 ……ん?

 椅子に座り、カゾーラの話を聞きながらワインを飲むフィオーレは、何となく頭に響いている言葉があった。


「ソラ様が、ご療養いただくとのことで、この屋敷を使えるように改修して……」

 カゾーラの話は続いている。


 ……しかし、この雰囲気は……

 大きな屋敷にはメイドらしき人影もなく、人の気配すらない。カゾーラから話を聞きながら、ワインを口にしたアマティも、妙な違和感を覚えていた。


「それで、ソラ様は……」

「カゾーラの代表、というのは……」

 心配そうに聞いたカゾーラと、笑顔を向けたアマティの話が被る。


 頷いたカゾーラは、じゃぁ私から、とアマティに笑顔を向け、ジェルードの内情を付け加えるように話し始めた。

「ここに、今、わたし一人で住んでいるのは……」

「中に入らねぇと分からなかったが……この屋敷の場所もそうだが、町自体の造りが変だな」

 カゾーラの話の途中で、不審そうな顔を向けたフィオーレが言った。


 高い外壁から中に入ると、すぐに見える大きな屋敷。その数百メートル後ろに見える低い壁の中に町があった。

 平坦な地形は戦闘に不利。だから町を守るため、大きな外壁を作ったのだろう。そんな視線をアマティもカゾーラに向けると、その視線に気づき、息を吐いたカゾーラは、アマティとフィオーレに笑顔を見せ話を続ける。

「ここは王族の別館として建てられたそうです」

 ……話を変えた?

 少し声のトーンが下がって話すカゾーラを見ながら腕を組むアマティ。

「別館? あっちに見えるでっかい建物が王城じゃねぇのか?」

 窓から見える高い建物を指差すフィオーレ。

「……はい。本城は町の中心部一帯に位置しています。今はジェルードを統括する高貴族の方々が住んでいますが……」

「……なぁ、アマティ。これは昔……」

 ……そういえば、南方侵攻のときも、ここが拠点になったことはあったが……

 フィオーレはアマティに話をしようとしたが、何かを思い出したように腕を組んで考え始めた。

「昔……?」

 小さく呟いたカゾーラが、考えるフィオーレを見つめている。その二人の姿を見ながらワインを口にしたアマティの頭に、酔ったような感覚が襲った。

「……どうか……しましたか?」

 頭を押さえるアマティの側により、覗き込むように声をかけるカゾーラ。

「……あぁ、いや……ジェルードのワインは、ルチェーレのものと比べて、少し味が違うというか……。いや、飲みなれてないからかもしれないが……」

「その、品種の違いは分かりませんが、作り方が違うのもあるかもしれませんね」

 アマティの言葉に考えた様子を見せると、少し寂しそうに話すカゾーラ。

「そんなんで味が違ってくるのか? これは昔に飲んでいた黄葡萄のジュースに似てるぜ」

 ワインを見つめていたフィオーレが言うと、アマティも頷いてからカゾーラの話を待った。


 その視線に気づきながら、ワインの瓶を手にしたカゾーラは、空になったアマティとフィオーレのコップに、ゆっくりとワインを注いで行く。

 

 テーブルの上にワインを置くと、ゆっくりと椅子に座るカゾーラ。


「……お二人は、クリアミニ侵攻に同行したと思いますが、いつ頃からでしょうか?」

 うつむいたまま口を開いたカゾーラを見つめるアマティとフィオーレは、突然の話に顔を見合わせる。

「わたしは生まれていませんでしたので、真実は分かりません……」

 そう言いながら席を立ったカゾーラは、部屋の隅にある書棚の引き出しの中から取り出した書簡をテーブルの上に置いた。

 

 カゾーラに視線をやったアマティは、所々焦げていた書簡をゆっくり広げると、ボロボロの紙は穴が開き、文字もにじんでいるので読むことは難しい。


「《調査に同行したジルベット王は、騎士軍と一緒に焼き払われた……あれは仕組まれた罠だった》」

 ボロボロの書簡の文字を指差しながら読んで行くカゾーラ。


「ジルベット王は、わたしの父。王妃である母のお腹には、すでに私がいたそうです。オルトベラ王はそのことを知ると、後にジェルードから王族を追放しました。そのとき、マンナリ王妃の機転でこの屋敷が作られたそうです。以来、王族が暮らして来ましたが、わたしたちが最後になってしまいました」

 カゾーラの話について行けない様子のフィオーレが頭を押さえている。

「それが本当なら……オルトベラ王も……いや、お前はさっき平和的に解決した、そう言っただろ?」

「……あなたたちは知った上で、話を聞いているのかが分かりませんでしたが、ワインの味の違いを知っているのならひょっとして、そう思ったからです」

「……これの意味も含めて教えてくれるんだろう?」

 アマティが書簡を指差して言った。


 少し考えた様子を見せたカゾーラは、フィオーレに目をやってからアマティを見つめる。

「…………ルチェーレ軍によってジェルードの西側一帯の黄葡萄の森は焼き払われた、そう書かれています。それは調査……森の伐採だったと聞いています。もちろん、言い伝えられたことが真実とは限りません。しかし、そうまでしてこの焼き焦げた書簡を偽装する意味も分かりません。

 ……その後、十年以上かけて再生した黄葡萄の森で取れた実は味が変わったのか、その森に埋まる騎士たちの怨念で味が変わったのかは、分かりませんが……」

 そう言って寂しそうに笑みを浮かべるカゾーラは、すぐに言ったことを後悔したのか、はっ、と我に返ったように目を開くと、肩を落としてうつむいた。


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