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偽る嘘はズルくない④


 背筋を伸ばしたオスタは息を殺し、手をやった壁と同化している。

 

 姿は見られていないにしろ、寝室に隠れる場所がない以上、通気口(ここ)にいることはバレているだろう。

 ……ゆっくり引き返してもいいけど……

 そんな顔をしながら、壁に頬をつけているオスタに声をかけようと思ったリラ。

「……ここには私とメルカダ。そしてオルトベラ王しかいません。どのみち鍵を開けなければ中に入れませんから、まずは名乗ってからどうするか決めましょうか」

 奥の部屋から歩いてきた王妃がメルカダを制止し、オルトベラ王が眠る寝室に入る。

 

 顔を見合わせるリラとオスタ。小さく溜息をついたオスタは「任せるよ」と言ってリラに笑顔を向けた。


「……リラです。敵意はありません。あと、もうひとりここに……」

 そう言って考える様子を見せたリラは、双剣を取り出しながら靴を脱ぐと、双剣の上下それぞれに靴をかぶせ、靴紐で結んだ。それを通気口にかかる銀の棒の間から無理矢理押し込んで下に落とす。


 どさっ、と音を立てて落ちた物を拾いに行くメルカダ。それを手にして戻ると、王妃に見せる。


「分かりました。そこから前に進むと、真下に降りる階段があります。そこから入りなさい」

 そう言った王妃はメルカダに向け小さく頷くと、気づいたメルカダは靴紐をほどき、双剣を王妃に渡す。

 小さく頭を下げたメルカダは、ゆっくりと寝室の角に歩き、リラの靴を揃えて置くと、目の前の姿見を少しずらし、短剣を手にした。


 階段を下りたオスタは、少しだけ光が漏れていた小さな穴に気づく。そわそわと壁を見つめるリラは気づいていない。

「そこに穴があるので、壁を左に押してください」 

 メルカダの声に気づき、しゃがんだオスタが壁の側に手をやり壁を横に押す。

 少しだけできた壁の隙間に手をやったリラは、その横を通り過ぎようとしたが、すぐに立ち止まった。

 リラの腹に短剣を当てるメルカダが、下に置いた靴に目をやる。


 少しぶっきらぼうな表情を見せながら自身の靴を履いたリラと、無理に笑顔を作るオスタは、短剣を持つメルカダに急かされ、隣の部屋にある直径二メートルはありそうな、円形のテーブルの前に置かれた椅子に座る王妃の前に連れてこられた。

 寝室をちらちらと見ているリラ。

「それでは用件を聞きましょうか」

 そう言った王妃が着席を促すと、短剣を鞘に戻したメルカダが、王妃の右側の椅子を引く。

 顔を見合わせたリラとオスタがゆっくりと席に着くと、メルカダはそれを見てから王妃の後ろへ立った。

「えっと……」

 不機嫌そうなリラとワインを注ぐメルカダの顔を交互に見ながら口ごもるオスタ。

「……その子が新しい影ですか。化粧で誤魔化しているようですが……」

 少し小馬鹿にしたように言った王妃が笑う。

「王妃は化粧、好きなんでしょ? ソラに似てると思うけど、ダメなの?」

 不機嫌そうな顔をしたまま意外そうに聞くリラ。

「ちょっ、リラ!」

 王妃に対して平然と話すリラの腕を掴むオスタ。

「……構いません。リラとは以前、話をしているのです。今更、隠すこともありません」

 王妃の言葉に笑みを浮かべたリラは、オスタを横目で見ながら軽く肘打ちをすると、大きく息を吸ったオスタは立ち上がり、頭を下げた。

「ワタシはセガノト様より登用されましたオスタです。ご挨拶が遅れ、申し訳ございません、王妃」

 声を震わせながら言ったオスタが顔を上げる。話を続けなさい、と言うように笑みを浮かべる王妃と目が合ったオスタは、緊張しているからか、少し体がよろけた。胸を押さえるオスタの体を支えるリラ。

 大きく深呼吸をしたオスタがゆっくり椅子に座ると、代わりに席を立ったリラが寝室の方へ目をやった。

「お父さん、ですか……」

 そう言って王妃を睨むリラ。


『……これで知ることは全てです。レハール様の安全の保障と、リラにはレハール様は亡くなったと言ってください。オレが話すまで、口外しないことを希望します』


 アマティの言葉を思い出し、緩む口元を隠すようにワインを口にした王妃は、寝室の方へ視線を向けた。

「アマティから話を聞いたのなら、隠す必要もありません……」

「えっ……えっ!?」

 王妃の言葉に理解できない様子のオスタはリラを見つめる。その視線に気づき、小さく頷いたリラは、また王妃を睨みながら口を開く。

「……騙すことも……大人の事情、ですか?」

「騙す……ですか。それはリラに対してではなく、民のうちの一人として捉えれば、大人の事情と理解できるはずです」


 リラは王妃の言うことを理解したつもりだった。オルトベラの王がイセタリブ大陸平定という志半ばにして命を落としたとなると、全ての民への動揺もそうだが、新たな争いの火種にもなる。

 父レハールは、オルトベラ王の代わりとして礼拝堂に立ち、演説をしていたと聞いた。しかし、それはいつもリラとアマティが遠征していたときに行われていたこと。

 ……いつも隠して……ボクのお父さんなのに……

「ボクは八年間、このルチェーレのために尽くしてきたよ! でも、もう終わったんだから、解放してくれてもいいじゃない! お父さんと……アマティと、静かに暮らしたいんだよ!」

 怒りを抑えきれなくなって叫ぶリラ。王妃の後ろから、短剣を手にしたメルカダが前に出ようとするのを、王妃が右手を出し静止する。

「……私はあなたたちのことなど考えていません。イセタリブに住む民のために私は生きているのです。だから、ルチェーレの王制を崩壊させてはならない。これが私の責務です」

「じゃぁ……これからもずっと、王妃は自分のためだけに生きて行くだけじゃないか! そんなのズルいよ!」

「リラ! ……リラ、それは違うよ」

 大きな声を出したリラの腕を掴んだオスタが、リラを見つめたまま立ち上がった。ゆっくりと手を離してから話を続ける。

「リラはずっとアマティと一緒に暮らしてた。そしてお父さんがいたことを知って希望を抱いてる。それは王妃と同じことなんだよ」

「どう言うことっ!」

 オスタの言葉にそっぽを向き、機嫌悪そうに聞き返すリラ。

「だって、王妃もルチェーレに嫁いできたんでしょ? 希望を見出すために」

 

 ……希望……

 リラはゆっくりとオスタの方を向くと、一瞬、王妃に視線を移し、うつむき考えている。


『……ただの移住民を優しく迎え入れてくれた恩義に応えようとしても、自然の摂理には勝てなかった。相性、そんな言葉で片づけられた挙句、見向きもされなくなった女にどんな価値があるのか……リラ、あなたは分かりますか?』

 

 ……王妃は言ってたけど……


「犠牲って言葉は好きじゃないけど、自分のためだけに頑張って来た、って言うのは違うんじゃないかと思うよ」

 ぼんやりと考えるリラに声をかけるオスタ。


『……でも……それでもボクは……アマティと一緒にいたいな、って思います。子がいなくても、ずっと一緒に……』


「でも……ボクはアマティと一緒に暮らすために、ルチェーレで……。それだって、王妃たちの都合なんだよ! ボクたちは巻き込まれてるだけなのに、違うって言うの!」

 リラがまた大きな声を出した。

「生まれながらに決められた将来もあるの。……ワタシみたいに。生きる保障がある、そんな国があるのなら、素晴らしいことだと思うわ」

 寂しそうに笑いながら話すオスタの顔を見て、目を見開くリラ。


『そうでしょうね。それは民であれば、二人で幸せに暮らせるでしょう。しかし王族はそうはいきません。家系を絶やすわけにはいかない。だから子を産まなければならないのです。国のために……』


 ……国のために我慢しなきゃいけないなんて……


『まぁ、そう言うことだリラ。良い、悪いじゃない。自分が信じる方へ進むしかないんだ』


 ……それを、アマティも知ってて、王妃のために……


『だから、ルチェーレという名を保護し、高貴族の位も守ると決めた。それも、大人の事情よ……』


 ……でも、大人はみんな好きなことをやってるのに、お父さんは……

「でも、やっぱりそんなのズルいよ! お父さん!」

 涙を浮かべ、歯を食いしばったリラは寝室に向かおうとした。

 駆け出そうとするメルカダ。


 少し怒った顔をしたオスタは、駆け出そうとしたリラの腕を掴み、首の後ろに手刀を入れた。「ぐっ」と上を向くリラと、倒れこむリラを見て「あっ」と、口を開けるメルカダ。

「……ごめん、リラ」

 小さく呟いたオスタは、そのままリラを寝かせる。

「リラ……誰かのためになる、そう言い聞かせないと生きていけないの。だから自分のために偽るのよ。……オスタと言いましたか? これから……」

 視界が歪み、頭がぐるぐるしてきたリラは、王妃の言葉が聞こえていない。


「メルカダ、リラを連れて行きなさい……」

 オスタとの話が終わった王妃が少し寂しそうに言うと、小さく頭を下げたメルカダは、部屋の隅にあった少し大きめの銀色のカートを押してきた。

 カートの下段にリラを寝かせるオスタ。メルカダは上段に置いていた水色の布をカートにかけると、ゆっくりと銀色のカートを押し、部屋を後にした。


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