偽る嘘はズルくない③
『まず、廊下で待機してる騎士に、お昼ご飯のお願いをするの』
リラの指示通り、廊下で待機している騎士に声をかけたオスタ。少し昼食には早い時間だったが、何の疑いもなく返事をした騎士の一人が頭を下げると、すぐに食堂へ向かった。
約ニ十分後、食事を乗せた銀色のカートを押したメイドが部屋の中に入と、その後に続くステーロは、不審そうにオスタの顔を見ている。その視線に苦笑いするオスタが寝室の方へ目をやった。
アマティから話は聞いているのだろうが、一緒にメイドがいる手前、声をかけるわけにもいかず、寝室からこっそり様子を伺うリラが、テーブルの上に食事を並べるステーロとメイドを見ている。
準備が終わり頭を下げて部屋を出るステーロとメイド。
『で、帰り際にこう言うの……』
部屋を出て行く間際、オスタが声をかける。
「食事が終わったら休みます。食器などの片づけは夕食を持って来るときに……」
オスタはリラが言った通りに、ステーロとメイド、側に立つ騎士に言った。
☆ ☆ ☆
「いつもこんなに食べてんの? 量、多すぎない?」
テーブルの上に並べられたパンや肉、スープや果物を見て驚くオスタ。
「……二人分だからじゃない?」
食事の量が多かったのは、アマティから話を聞いたステーロが気を利かせたのだろう。
笑みを浮かべながらもぐもぐと口を動かすリラを、不思議そうに見つめながらもぐもぐと口を動かすオスタ。隣同士で座り、ひそひそと話しながら食事をする二人。
黄葡萄のジュースを飲み干したリラが「行く?」と少し首を傾けると、背伸びをしたオスタが頷いた。
「先に言っとかないと、声をかけられたとき困るでしょ?」
そう言って浴室の隠し扉を開けるリラを見ていたオスタは、長い王宮生活、きっと同じように隠れて何かをしてきたのだろう。と頷きながら笑みを浮かべる。
中に入った二人は、思ったよりも通路が暗かったので、目を慣らそうと少し待つことにした。
目が慣れた二人は壁に手をやり、ゆっくりと奥へ進んでいる。
前を歩くリラが少し早いのか、後ろを歩くオスタがリラの腕を引く。
「怖くないよ?」
立ち止まったリラが振り向いて声をかけた。
「で、でも……さっきの通路より長いし、侵入者を捕まえるために、落とし穴がずどーんと……」
薄暗い通路、普段より遅い速度で歩いていたとしても二十メートルは進んでいるだろうか。
「それなら王子の部屋に繋がってないと思うけど……」
そう言って溜息をついたリラは前を向くと、少し早く歩こうとした。しかし、またオスタが腕を引っ張るので、ゆっくりと歩くことになった。
☆ ☆ ☆
「でもさ、化粧すると……何か騙してる気がしない?」
女性から男性に顔つきが変わって行くオスタを見ながら話しかけるリラ。美しさを求め続ける王妃の考えに、少し嫌悪していたこともあった。
「そお? 綺麗になってワタシは嬉しいけど? その姿を見て喜んでくれる人がいればもっと嬉しいけどね」
「……でもさ、その人から、じゃぁずっと化粧しておいて、って言われたら何か嫌じゃない?」
鏡の中で目が合ったオスタと目を逸らすリラ。少し驚いた表情を浮かべ、微笑みながら鏡の中のリラを見つめるオスタ。
「別に嫌じゃないよ? 顔や性格、体つきや声だって好みがあるわ。でもそれ以前に、ワタシみたいな身分の低い者が認められるには、駆け引きが必要なの」
「駆け引き?」
「えぇ。相手の気を引くため、化粧をした自分を見てもらう。きっかけがないと何も起こらないでしょ?」
オスタの話を聞いて、納得いかない様子で腕を組むと、難しい顔をするリラ。そんなリラを鏡越しに見て、意地悪そうに微笑んだオスタが化粧をしていた手を止め、振り返る。
「リラは強くなれるから剣を持って、誰かを守るとか、褒められたいから戦うんじゃないの? それと同じよ」
「そう言われると……」
妙に納得したリラは、オスタに笑顔を向けようとするより先に、オスタが自身の胸に手をやった。
「大人のワタシはね、考えてるんだよ!」
☆ ☆ ☆
……今はボクの方が大人だね!
先ほどのオスタの化粧をする姿を思い出し、笑みを浮かべながら前に進むリラ。
あれから三十メートルは進んだろうか。「右に曲がるよ」「少し下ってる」「今度は上りね」オスタに声をかけながら前を歩くリラは、触りながら歩く壁の感触が違うことに気づいた。いつの間にかリラの腰を両手で掴んでいたオスタも立ち止まる。
「……これは……」
多分、銀板――
リラは覚えがある感触に、そう確信を持った。両手で触ると、文字のような窪みも分かったからだ。
……取れない、か……
壁に埋まった銀板は取れない。手でなぞったが、何が書いてあるか分からなかった。
……ろうそくか、大きなライターを持ってくればよかったけど――
リラは後悔したが、後ろで抱き着くオスタを見て、取りに戻れないな、そう溜息をつくと、後でアマティに報告しよう、そう思いながら、また前へ歩き始めた。
無言のまま歩く二人。
先ほどのような、壁に埋まった銀板がどこかにもあるのかもしれないと、少し大きく壁を触りながら進んでいたリラの歩みは遅い。
「……オスタ、あそこ」
更に五十メートルほど進んだところで、前方が少し明るくなっていることに気づいたリラが、オスタに声をかけた。
「あっ、出口……?」
小さく言ったオスタが小さく息を吐くと、リラの腕を取りながら横に並ぶ。
そのままゆっくりと前に進んだ二人は、曲がった通路の先の窓から漏れた光ということに気づいた。
リラのひざ元に位置する窓にはめられた四本の銀の棒。
ゆっくりと膝を付けたリラは、静かに部屋の中を覗くと大理石の床が見えた。その床までは三メートルほど。いつの間にか通路は坂道になっていたのだろう。そう考えていたリラの後ろから「これ、通気口……」と小さく言ったオスタがリラの肩に手をやった。
部屋の中を頷いていたリラが顔を上げると、まだ通路が続いているように見える。
先に行ってみようか――
四つん這いのまま少し進んだリラが、そう言おうとしたと同時に、もう一度、部屋に視線を移した瞬間、目を見開いた。
「お、お父さん?!」
大きな声を出したリラは、銀の棒に手をやり、顔を近づけて部屋の中を覗いた。
「ちょっとリラ! ……えっ? お父さん?」
大きな声を出したリラの口に手をやるオスタも部屋の中を覗く。
「誰ですか!」
リラの声に気づいたのか、奥の部屋から顔を覗かせたメイドが言った。逆手で持った短剣を前に出し、攻撃の意思を示している。
上から見下ろしていたリラは、いかにも素早そうに飛び掛かりそうな、自分と同じくらい小柄なメイドに目をやった。