積み重ねた思惑が崩壊するとき④
時間を空けて、別々に西門から出たアマティとフィオーレは、少し北に行ったレレス湖で落ちあった。そこから更に西へ位置するレスアド川へ行くことをフィオーレに説明するアマティ。
どうせ用件を詳しく聞いても教えてくれないだろうと「へいへい」と面倒そうに返事をしたフィオーレは、先に行くアマティの背中が見えなくなると、大きく背伸びをしてから後を追った。
焼却場へ続くこの道は整備され、馬を走らせ約一時間の場所。
そのレスアド川の上流にある森の側で馬を降りたアマティとフィオーレは川辺まで歩いている。地面から見える銀だまりに流れ込んだ川の水を飲む馬たち。
川辺まで歩き、南側に見える焼却場の煙突から上がる煙を見ていたアマティが、少し離れたところに立ったフィオーレに声をかけた。
「どうだ?」
「ついて来るヤツはいねぇぜ。アマティの考えすぎじゃねぇのか?」
そう言って川の水を手ですくい、顔を洗ってから水を飲むフィオーレ。
「そうか……」
辺りを見回し小さく息を吐いたアマティは、透き通る川の水を眺めると、そのまま上流に向けて歩いて行く。
森へ入る手前の少し小高い丘や地面には、大小さまざまな穴がいくつも開いていた。地面に見える銀だまりもそうだが、この辺り一帯の山々は銀脈があり、採掘された跡の穴、手つかずの銀脈が作り出した穴などだ。
豊富な水資源と銀。至る所に開いた無数の穴。この場所を最初に見て考えを巡らせた者がいた。
《銀のパイプライン製造 ルチェーレ・オルトベラ》
この場所から優先して銀を削るように採掘させ、その穴を使いルチェーレにパイプのような役割として水を引く。
「まぁ、一つくらい潰れたところで他の穴を整備すりゃぁいいことだろ? 水も綺麗でうまい。今更、調査する必要もねぇよ」
銀のパイプに掘られた文字を読みながらフィオーレが言った。
……これも銀板と言われるとそうだ。ほかにオルトベラ王の功績があればそこにも……
「そうだな……。じゃぁ、行くか」
銀のパイプに掘られた文字を見ながら答えたアマティはその場を後にした。
焼却場の側まで馬を走らせたアマティとフィオーレは、目の前の濁っている川を見て呆然としている。
「いや、これは……ひでぇなんてものじゃ……」
目の前に広がる光景を見ながら、先ほど自身が言った言葉を思い出しうつむくフィオーレ。
焼却場の側に作られた駐屯場は、更に増築する工事が行われている。広さだけでいえば、ドレストにある砦と同じくらいの規模に見えた。
焼却場を守る騎士だけでも五千人近くいるだろうか。
「焼却場、駐屯場の工事、そして騎士たち。あらゆる廃棄物が全て川に流されている……」
巡回する騎士たちを見ながら言ったアマティは、大きく溜息をついた。アマティの側に歩いてきたフィオーレは、申し訳なさそうに話しかける。
「……正直、アマティから声をかけられたときはその、リラのことかと思ったんだが……すまない。これを見たら、オレでも状況が良くないことが分かると言うか……」
「まぁ、リラのことも含めて……ソラ王子の依頼なんだよ……」
そう言ってフィオーレの肩をぽん、と叩いたアマティは、汚れた川を見つめながら話を続けた。
* * *
「セガノトがそんなことを……」
大きな暖炉の前、広い部屋にそぐわない質素な木製の椅子に座ったソラの後ろでアマティが言った。
『明日の聖炎式は内容を変更し、ソラ王子の新しい影武者が演説を行います。何かあっては困りますから……』
中央に置かれた大きなテーブルの上に並ぶ朝食を見つめながら、その食事を持ってきたセガノトが、含み笑いをしながらした話を説明するソラ。
「えぇ。すぐにでもアマティには知らせた方がいいと思って……」
……セガノトは動いたのか? それとも王妃と……
頭を下げたまま考えるアマティが大きく息を吐くと、ゆっくりと顔を上げ、部屋の隅に置いてある書棚に目をやった。
「……王妃とは……」
綺麗なままの暖炉を見つめたまま首を振るソラ。
聖炎式の内容は変更になった。ならば、自身の考えていたことは全て無駄になるだろう。
歩きながら腕を組み、書棚の前に立ったアマティは壁を見つめている。
「それともう一つ……」
ゆっくりと立ち上がったソラは、中央のテーブルの前に置かれた椅子に座ると、対面の椅子に手を向け、アマティに着席を促した。軽く頭を下げたアマティがゆっくりと椅子に座る。
ソラは少し微笑んでから、用意されていた二つのコップにワインを注いだ。険しい顔をして立ち上がったソラが手を伸ばし、アマティの前にコップを置く。
頭を下げたアマティが、ワインを少し口にした。
ソラはアマティがコップを置くと、ゆっくりと着席し、口を開く。
「アマティが探す銀板か、それが書簡なのかも分からないけど、多分……ジェルードにあると思うんだ」
「ジェールドに……」
やはり、そんな風に相槌を打つアマティ。
ジェルードはソラが身を寄せていた場所。身分を隠していたとはいえ、高貴な風を感じた者たちがいれば自然と話が出るはず。
火の無いところに煙は立たないが、煙が立つところには何かある。それが罠だとしても。
……追手があるにしても、振り切って調査に行くべき、か……
口に手を当て考えるアマティ。
「……アマティは、もう一人の建国者のことを知ってるかい?」
「……ジェルードの王子は、王ともども、ルチェーレの侵攻によって亡くなったと聞いています。その土地に住む高貴族も財産を含め、様々な権利の保障と引き換えにルチェーレに下っているはずですが……」
「そうだね。でも……僕と同じ、同じような境遇を持つ子がいた、とすれば?」
* * *
「で、ジェルードに行かず、どうして焼却場へ来なきゃならないんだよ」
「……あそこに、川が分岐してるところがあるだろう?」
そう言って川の少し下流に見える橋が架かっている方を指差したアマティは、少し考えている。
このレスアド川より分岐した水流は、ジェルードの南を流れ大陸中央にある湖が終点になる。途中、小さな水路はあるが全て農業のため。南に位置するリレ、スタナに水を送ることはできない。
「じゃぁ……ジェルードの人々はこの汚れた水を飲む……」
濁った川から目を逸らしながらフィオーレが言った。
少し笑みを浮かべたアマティは「そんなことはない」と話を続ける。
古来よりジェルードには、ぽつぽつと水源はあった。当然、そのままでは飲料できないので、それをろ過する研究は、他の国と比べてもかなり進んでいた方だ。
しかし、大量の資金をつぎ込み成果が出ない研究よりも、レスアド川の分流を作った方が有益との進言があり工事に着手。多数の工夫を雇い、半年足らずで完成した分流に皆、喜んだ。その結果、水資源の研究施設の閉鎖が審議されていく。
「……その数か月後にルチェーレの焼却場が完成した。そして、この川を綺麗にしようと、更に研究を加速させて行ったんだ」
黙ってアマティの話を聞くフィオーレ。
それよりも問題は、最下流に位置するセルモド。水資源は元より技術もない。ならば国を捨て、ジェルードやドレストへ移住する。
アバドの話を聞いての調査であったが、とりあえずそのことをフィオーレには伏せておいたアマティは、直接ジェルードに入れば怪しまれる。だからソラからの依頼を、聖炎式のために稼働を抑えていた焼却場の調査にして、それに紛れてジェルードに入国する。
アマティは馬を引きながら焼却場の横の駐屯場へ向かう最中、ソラから依頼された話をフィオーレに説明した。
《焼却場の使用に問題ありません。しかし予想以上にレスアド川の汚染が酷く、最下流のセルモドまで調査が必要と思われます。完了次第、追ってご連絡いたします アマティ フィオーレ》
駐屯場で書いた書簡を騎士に持たせ、ソラとセルモドに届ける旨を伝えたアマティとフィオーレは馬に乗り、少し下流に架かる橋を渡ると身を隠すように東の森の中に入りジェルードへ向かった。