積み重ねた思惑が崩壊するとき③
* * *
「ソラ、どうするのかなぁ……」
窓を見つめながら呟くリラ。
ワインにぼんやりと映る自身の姿を見ていたアマティはリラの言葉を聞いて、その姿がソラに見えて来た。
――コンコン
静まり返っていた離れに扉を叩く音が響いた。首を傾げながらアマティを見つめるリラ。
小さくアマティが頷くと、小走りで扉の側に行ったリラがノブに手をかけたところでもう一度アマティを見た。
もう一度、頷いてからほほ笑むアマティ。
ゆっくりと扉を開けたリラが不思議そうに顔を上げて話しかけた。
「あれっ、フィオーレ。今は王子と顔合わせって?」
「ん? あぁ。どうやら、あちらさんは俺たちのことを気にしてないみたいだからな」
そう言いながら部屋に入ったフィオーレがアマティを見つめると、やはり、随分と早かったな、そんな笑みを浮かべるアマティ。
「……話は通してある。西門から出たところで待ってるぞ」
「へいへい……」
笑みを浮かべるアマティに面倒そうに答えたフィオーレ。
「えっ? アマティ、フィオーレと出かけるの?」
「あぁ。まぁ……ソラ王子から依頼された調査だがな」
「ボクも行くー!」
そう言って手を上げるリラ。やはりな、と苦笑いしながら溜息をついたアマティは、フィオーレに目配せした。また面倒そうに視線を逸らしたフィオーレがリラを担ぐ。
「……? えっ! ちょっと! フィオーレ!!」
そのままフィオーレの肩に乗せられ、大きな声を出すリラ。
「じゃぁ、後で」
そう言って暴れるリラを荷物のように右手で担いだフィオーレは、後ろを向いたまま左手を上げると、そのまま部屋を出て行った。
「ねーねー……」
廊下を歩くフィオーレに担がれたリラは、抵抗を止めおとなしくしている。一応、王宮に仕える者としての自覚もあり、騒がしくしてはならないということ、そして城内で目立つのもアマティたちに悪いと思っていたからだ。
担いで歩くだけで目立つのはあるし、どこに行っているのかも分からないが、フィオーレは人目のない廊下を選んでくれているのだろうか? リラはそんなことを考えながらだったが、返事がないことに不安も感じていた。
辺りを見回しながら中央の階段を使い、ゆっくりと下へ降りるフィオーレ。
「あ、稽古場ね。久しぶりに剣術の稽古するんでしょ?」
リラの言葉に少し溜息をついたフィオーレは、一階が見える踊り場で辺りを見回している。
フィオーレの顔は見えなかったが、担がれながらもバカにされたような気がしたリラは口を尖らせた。
忙しそうに動くメイドたちから隠れるように踊り場の奥へ移動したフィオーレが、少しだけリラの顔を見つめる。
自分とリラの身長差はニ十センチ以上。手足の長さも違う。筋力だってそうだ。出会った頃はいい勝負だったが、お互い死線を乗り越えてきたとはいえ今は違う。
……今でも速さは負けるかもしれねぇが……いや、もう本気にならねぇか……
ぼんやりと考えながらもう一度、溜息をつくように微笑んだフィオーレ。
「あっ! 今、笑ったでしょ! ボクは毎日、剣振りしてるんだからね! 負けないんだから!」
少しだけフィオーレの顔を見て、またバカにされたような雰囲気を感じたリラが、フィオーレの背中を叩きながら小さな声で言った。
「…………」
そしてリラは、フィオーレの背中を叩いているうちに、硬く筋肉質なことに気づき、背中から肩を寂しそうに見つめる。
女性を担いで歩くなんて、そう考えながら、自分は女性なんだと落胆するリラ。
ゆっくりと一階まで降り、誰もいないことを確認したフィオーレは、静かになったリラを横目で見ると、もう一度、辺りを見回し、誰もいないことを確認してから、すぐに階段側面の、自身の膝くらいの高さにある出っ張った石を蹴った。
フィオーレの早業に口を開けて見ていたリラは、少し首を傾げゆっくりと口を閉じる。
アマティと一緒に出掛けれないし、女性扱いされていない。おまけに知らない場所を通り、どこに連れて行かれるかも分からない。
「……ねぇ……フィオーレ……」
何に対して怒っているのか分からなくなったリラが少し体を起こし、フィオーレの耳元で囁いた。
「おわっ! なっ……」
焦るように両耳を押さえたフィオーレ。抱えていた腕の力が緩み、リラは両手でフィオーレの肩を押し、両足で着地する。
「どこへ行ってるのよ!」
何となく大声を出してはいけない気がしたリラは、大きく両手を上げ小さな声で言った。
面倒そうにリラを見つめると、頭をかきながら歩くフィオーレ。その態度が気に入らなかったリラは口を尖らせると、早歩きでフィオーレを追い抜いた。
「……あれっ? 行き止まりだよー」
ぽんぽんと行き止まりになった壁を触りながら言ったリラは、口に手を当てると、この通路へ入るときのフィオーレのことを思い出している。
……壁を蹴ったら壁が開いたから……
行き止まりになった、ごつごつした壁を注意深く見つめると、ひとつだけ少し出っ張ったようなところが気になった。
……ここね!
笑みを浮かべるリラがフィオーレを横目で見ると、足を九十度に上げてから壁を蹴る。
「――っ」
しかし、何も起こらずただ、かかとをぶつけたリラは大声を出せず、口を押えると、痛みを感じて来た足を押さえた。
そのまま声を押し殺しながらうずくまるリラの頭を見ながら、笑みを浮かべたフィオーレがしゃがんでからその出っ張った石を外すと、中にあった銀の輪を掴み、三階ノックする。
――カチャッ
中から鍵が開いたような音がした。ゆっくりと石の扉が開く。
「……リラ?」
部屋の中か顔を出したソラが、首を傾げながらうずくまっていたリラに声をかけた。
「……あれ? ソラ……の部屋に続いてるの、ここ?」
見覚えがある部屋を見て立ち上がるリラ。
「僕もこの前アマティに教えてもらったばかりだよ。……中に入ってからは小声でね」
人差し指を口に当てながら話すソラに、何かを察したリラは頷くと、ゆっくりと部屋の中に入る。
「……ソラ王子、後は頼みます」
「うん、フィオーレも。……状況が変わるか分からないけど、アマティに無事を祈ってると伝えてくれ」
ソラは頭を下げるフィオーレに声をかけると、ゆっくりと石の扉を閉めた。
――カチャッ
鍵がかかった音が聞こえると、フィオーレは外した石を元に戻し、来た道を引き返して行った。