積み重ねた思惑が崩壊するとき②
笑顔のまま部屋を出ていったリラは、小さな礼拝堂に来ていた。父レハールが生きていたことを隠していたのは、アマティの考えがあるはず。
「でも……」
二人で考えれば何とかなったのかもしれない。ぽつりと呟いてから大きな溜息をついたリラは、礼拝堂の下から聞こえる声に気づきこっそりと下を覗いた。
二つの穴を塞ぐように組まれた木のやぐらが見える。その側で楽しそうに笑顔を向けながら話す人々。
「…………」
きっと聖炎式の準備をしているのだろう。その様子を無言で見ているリラは、自然と笑顔になっていることに気づいた。
ルチェーレに暮らす、それ以外の土地で暮らす民を思ってのこと――
「大人の事情、か……」
そう思いながら顔を上げ、円柱にもたれかかったリラが呟いた。知っていても何もできない辛さ、もし自分が知っていたら意地でも何か行動を起こしたに違いない。
「……何でも好きだけじゃ、ダメね、きっと」
改めてアマティに信頼を寄せたリラは、遠くから歩いて来るフィオーレたちの姿に気づいた。
笑顔を向けるリラに、思ったより元気そうだと笑みを浮かべながら歩くアバドが銀の盾を持ち替える。その後ろから大きく背伸びをしながら歩くフィオーレ。辺りを見回しながらステーロがその横を歩いている。
三人は小さな礼拝堂へ向かうため、少し細くなった外壁を曲がろうとしたそのとき、キィィィィン、と甲高い金属音が反響した。
すかさず、音が響いている西側へ目を向けるリラ。
「危ない!」
そこから光るものがリラ目掛けて飛んでいることに気づいたアバドが叫んだ。
それを目で捉えていたリラが、右手を腰にやった。
……あっ、剣を持ってないんだ
剣を抜こうと思い自然と体が動いたが、剣が無かったことに気づくと、腰のあたりを見つめながら諦めたように目を閉じたリラ。
「貸せっ!」
歯を食いしばり走ろうとするアバドから銀の盾を取り上げたフィオーレが、リラを見つめながら放り投げた。
縦方向に回転しながら真っ直ぐに飛ぶ銀の盾。口を開けたままそれを見つめるアバドとステーロ。
「リラ! 動くなよ!」
フィオーレの声に、目を閉じていたリラの肩が揺れ背筋が伸びると、すぐに円柱に銀の盾が刺さった。同時に、飛んで来た細長い光が銀の盾に刺さる。
「大丈夫か!」
フィオーレの声に、ゆっくりと目を開けたリラの視線の先にあった銀の盾に気づき大きく息を吐くと、フィオーレたちに笑顔を向ける。
「大丈夫だよー。ありがとう!」
リラの声に照れるより先、西側の教会の屋上に目を向けたフィオーレとアバドは、人影が動いたような気がした。目を細め、その場所を眺めているステーロ。
「アバド……」
「はい。もう大丈夫でしょうが……」
小さく声を掛け合ったフィオーレとアバドが、手を振るリラを見つめながら息を吐くと、リラの側へと向かった。その後からゆっくりと歩いて行くステーロ。
リラは円柱に刺さった銀の盾を抜こうとしているがびくともしない。
「……礼拝堂の柱を傷つけて、怒られませんかね……」
リラの後ろに立つと、苦笑いしながら円柱に刺さった銀の盾を両手で持ち、引き抜こうとするアバド。
「あぁ……その、遺品なのに、銀の盾もすまない……」
「それは仕方ないですよ。自分には思いつきませんでしたから……」
リラは邪魔にならないように一歩右へ動くと、聖炎式の準備をしている人々の声が気になった。
円柱に刺さった銀の盾を引き抜いたアバドはそれをしっかりと持つと、フィオーレに目配せをする。
それに気づき、刺さっている一メートルほどの棒に手をかけ、力を込めて引き抜くフィオーレ。
軽々と棒状のものが抜け、バランスを崩し三歩後ろへ下がったフィオーレが転ぶ寸前で体制を立て直した。
「……っと。……これは……矢か?」
フィオーレの言葉に銀の盾に刺さっているのは銀の矢だったことに気づいたアバド。リラはこっそりと礼拝堂から下を覗き、音の正体を探している人々を見ている。
「この盾も純銀だろ? なのに銀の矢が刺さるって何だよ、コレ……」
右肩を回しながら話すフィオーレが、引き抜いた矢を鼻に近づけてからアバドに渡した。
銀の硬度はそれほどでない。同じ銀製の矢とはいえ、弾く、もしくは傷がつく程度だろう。銀の盾の純度が低いとも考えられない。
……それなのに銀の盾に刺さるのは……
不思議そうに矢を隅々まで見ているアバド。
肩を回していたついでに、腰や足を回すストレッチを始めたフィオーレは、静かに考えるアバドを見つめている。黙ったまま腕を組み、西側の教会に視線を向け考えているステーロ。
その様子を見ながら何かに気づいたリラは、アバドが手にしていた銀の矢の柄の部分に鼻を近づけた。
「……これ、黄葡萄の匂いがするね。黄葡萄の木から作ってるのかな?」
「……そう言われると、そうですね」
リラと同じく匂いを嗅いだステーロが冷静に言った。
「腐敗を防ぐとか、他の意味もあるのかもしれませんが……」
そう言ったアバドは、このように羽根がついてない矢は見たことが無い。そんな視線をフィオーレに向ける。
「まぁ、これが槍だとしても、こんな短いのは見たことがねぇし、そもそもあそこから放り投げるのは無理だ。矢だとしても同じだが」
「そうですね。恐らく、弓が必要でしょう……」
これを二百メートル先の教会の屋上から真っ直ぐに飛ばすには、人力では無理ということは分かる。ならば強い弦を張った弓だろう。加えて、そのような特別製の弓矢を扱える技量。
西側の教会の屋上を見つめながら考えるアバドとフィオーレ。
ふと、手元に日差しが当たったアバドは何かに気づき、矢じりの部分を手にした。
「日陰で気づきませんでしたが、コレは白金のような……」
「……白金は銀より硬度はありますが、装飾で使われる方が多いのでは?」
光に当たって輝く矢じりを見ながら話すステーロ。
「そんなことはねぇぜ? 白金だけじゃないが、銀と混ぜて作る剣もある。が……」
「そうですね……」
フィオーレの言葉に相槌を打つアバド。
しかし、加工はともかく、白金と銀の武器として使うための配合は難しい。この小さな矢じりは尚更のこと。
無言で矢じりを見つめたまま、どうしてリラを狙ったのかも考えるアバドは、腕を組みぼんやりとしているステーロに声をかける。
「ステーロ、どうかしましたか?」
「あぁ、いえ……白金は王族専用の食器に装飾されるくらい高価ですし、この矢、一本ならともかく、作る意味は分かりませんが、作られる人は、加工技術にしても限られるというか……」
「自分もそう思います。ただ自分は、この矢を作った意味から考えたい、と……」
「そんな意味なんか考えて仕方ないだろう? 誰が誰を狙ったか。元を叩かなきゃ意味がねぇよ」
フィオーレの言葉に苦笑いするアバドに、円柱に寄りかかり聖炎式の準備する人々を見つめるリラが見える。
「……とりあえず部屋に戻って、アマティに報告しましょう」
そう言ってリラの側に寄ったアバドも聖炎式の準備をしている人々を見つめた。
「あぁ、リラが狙われてるのかもしれないしな」
そう言ってリラの方を向くフィオーレ。
「……またアマティに心配かけちゃうね……」
寂しそうにつぶやいたリラの頭をぽん、としてから腕を伸ばしたフィオーレが歩いて行くと、少し口を尖らせたリラも後ろを歩いて行った。
「……しかしフィオーレは躊躇、無かったですね」
「戦場をかけて来たフィオーレ、リラもそうですが、どう判断したところで、一瞬の躊躇があれば命を落とすこともある。どうせ矢に当たるのなら、と考えたのでしょう……」
「そんなものですかね……」
フィオーレとリラの後姿を見ながら、アバドとステーロもゆっくりと歩き始めた。