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積み重ねた思惑が崩壊するとき①


 ☆ ☆ ☆


 滞りなく聖炎式が終わろうとしている。アマティの言いつけ通り、民衆は穴の上に作られていたやぐらから少し離れたところで静かに王子の演説を見守っていた。

 いつもと少し違う様子の王子にどよめきが湧いたが、それは目の前で起こった真実として捉えられる。

 

 いつの間にか王子の演説に聞き入っていた民衆は、側にいた者たちと顔を見合わせ、驚きと喜びの表情を浮かべながら歓声を上げた。


 その様子を、離れから見ているリラとアマティは難しい顔をしている。

「アマティ……」

 面白くなさそうに口を尖らせているリラが話しかけた。

「…………」

 無言のままリラに目をやったアマティは、すぐに小さな礼拝堂に目を向ける。

「……ボクは知らなかったし、その、さ……ルチェーレを出て、ひとりで暮らしても……」

 ぼそぼそと話すリラの頭に手を乗せるアマティ。リラは涙をこらえている。


 演説を終えた王子は笑顔のまま手を振り、長い髪をなびかせながら真っすぐと歩いて行くと、アマティとリラがいる離れとは別の方へ通じる扉を開けて城の中に入った。

 

 アマティは小さく息を吐くと、頭をかきながら椅子に座る。後ろを歩いていたリラが、テーブルの上に用意されていたワインをコップに注ぐ。リラに目をやり、コップを手にしたアマティがワインを飲み干した。

「今から王子たちの顔合わせだろう。……まぁ、急ぐな。この事態はルチェーレにとっては厳しいが、オレたちにとっては気にすることじゃない」

 今のところ、だが……

 また最初から考えればいいだけ。アマティはそう思っていたが、また数年後を見据えたとしても、これだけ大きく環境が動いてしまった今、何をしていいか全く分からなくなっていた。

「うん……」

 小さく頷いたリラは、難しい顔をして言ったアマティのコップに、またワインを注ぐ。


 魔気が宿った品を燃やし、その代わりに受け取った聖品を証として見せつけ、それを手にした王子たちが独立を宣言する聖炎式。それを見た民衆たちが、どのような声を上げるか聞きたかったアマティは、当日、セガノトから内容の変更を聞き、他の王子たちと同じく聖炎式に出ることはなかった。

 前日の夜、やぐらに火をつけ、それが燃え尽きた次の日に行われたルチェーレ王子としての演説を今、見届けたアマティ。費やした六年間が無駄になってしまったと溜息をつくと、昨日のことを思い出しながら眉間を押さえ、もう一度大きな溜息をついた。


 * * *


 おおよそアマティが話すことについて「間違いねぇ」「それは憶えてる」とフィオーレが相槌を入れながら話が進む。

 涙を浮かべながら聞き入るリヴェールと自身にも知らないことがあったと驚くアバドは、クリアミニ遠征が偽りだったことにも驚きを隠せなかった。

 しかし、それ以上に疑問に感じたリラのことについて、皆は回答を待っている。


「じゃぁ……今のオルトベラ王が……私の、お父さん……」

「あぁ、そうだ……」

 どこか遠くを見ながら呟いたリラに小さく答えるアマティ。

「それで、前、と……」

 納得したようにアバドも呟くと、他の者たちはゆっくりとうつむいた。

「オレはセガノトに慈悲を求めた。レハール様とリラを助けるためだ。治癒の銀板も渡したし、自分が知り得ることも書簡として残した。……その結果は王と王子の代わりを……影を立てることだった……」

 オルトベラ王が亡くなったと知ると、それを守秘命令としたセガノト。レハールとリラを人質として影武者に仕立て、側に置くことで、思いのままアマティを操る。銀板のことを知りたかったのだろう。

 もちろんアマティもそのことを理解した上で、王妃やセガノトのためではなく、レハールやリラのためと動いてきた。

「そして、各国の侵攻にも参加した。しかし王妃やセガノトが目指す先、レハール様についても何も知らされない。だから、聖炎式を考え、どうにかしようとしたが……」

 そう言って視線を落とすアマティ。セガノトには銀板を渡し、それに目を向けさせ、王妃の考えは不老などを含め、誘導していたと思っていた。

 しかし、実際にはもっと大きなことを考えていると分かったのが数日前。いつの間にか王妃とセガノトの間に、見えない亀裂があると感じたのも同じ。

 レハールとリラは、ルチェーレに人質に取られたのであろう。だからアマティは身を粉にして仕えている。

 皆がそう結論付けるのに時間はかからなかった。


 アマティの話に偽りはないはず。ならば自分たちにできることは何だろうか? それぞれが同時に頭に浮かんできた思いを考えている。

 

 ならばルチェーレに反旗を――


 フィオーレとアバドは意を決した瞳でアマティを見つめた。その視線に気づいたアマティは、その思いにも気づいたのかゆっくりと首を振る。

「じゃぁ」

 どうするんだよ――

 そう言おうとしたフィオーレと同時に、リラが口を開いた。

「あっ、えーっと……難しい話で疲れたし、散歩……そう、小さい方の礼拝堂に行ってくるね!」

 そう言って少し寂しそうに笑ったリラは、フィオーレに『ごめんね』と目配せすると、アマティを見つめながらゆっくりと後ろ向きで歩き部屋を出て行った。


 父はあのとき死んでいたと思っていたリラ。アマティからもそう聞かされていた。しかし、オルトベラ王としてずっとルチェーレにいたことが分かり複雑な思いを抱えているのだろう。

「……お前たちも外の空気を吸ってきたらどうだ?」

 もう少し話す順序があったのかもしれないと大きく息を吐いたアマティは、フィオーレたちに声をかけた。

 察したように、すぐに席を立ったフィオーレとステーロ。それに続きリヴェールを見ながら席を立つアバド。顔を見合わせる三人は、座ったままのリヴェールを残し部屋を後にした。


「……ぼくは王妃の子だから要職に就き、これからも国のため、父の言う通りに生きればいいのでしょうか……」

 最後に部屋を出て行ったアバドがゆっくりと扉を閉めると、力なくリヴェールが言った。大きく息を吐いたアマティは、溜息をついたように唸る。

「……オレは十年、二十年先を見ている。フィオーレたちはともかく、お前に関しては、話は別……そう思っていたんだが、王妃の考えはセガノトとは違う方向へ行っているのだろう。だから聖炎式が終われば何かしらの動きがあると思っている」

 そう言って席を立ったアマティは、窓から小さな礼拝堂を見ると、下を覗き込んでいるリラが見えた。


 少し微笑みを浮かべたアマティは、うつむいているリヴェールに視線を戻してから話を続ける。

「正直、オレはお前の扱いは分からない。だから、何かしたいことがあるんならセガノトに聞くのもアリだ。王妃のことは、オレから聞いたと言ってもいい。ただ……指示……命令が出れば、オレは何もできないことを分かってくれ」

 自分で先のことを考えてから決めろ。アマティの話がそう聞こえたリヴェールは同時に、お前ならできるだろう? と挑発されているようにも聞こえた。


 ――コンコン


「誰だ……」

 ノックに気づき、考えるリヴェールをみながら席を立ち、扉に近づいたアマティが低い声で言った。

「アマティ様、ソラ王子の使いです。できれば部屋に来て欲しいとのこと」

 少し考えた表情をしながら扉を開けたアマティは、直立する騎士と目が合う。

「今すぐ……なのか?」

「はい、無理なら都合の良いときにまた、とも……」

 部屋の中のリヴェールに目をやるアマティ。

「あぁ、ぼくが残ってるし、フィオーレたちには言っておくから大丈夫だよ」

 視線に気づいたリヴェールが言った。

「……分かった、頼む。じゃぁ、ソラ王子の部屋へ……」

「はっ! ありがとうございます。では!」

 大きく声を出して答えた騎士は、姿勢を正したまま方向転換すると、ゆっくりと前へ歩き始める。リヴェールに向け小さく頷いたアマティは、扉を閉め後に続いた。


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